拾われにきた獣〜氷の獣人公爵〜

明日葉

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3 森でした

2日目 昼下がり

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 午前中のルーシェの提案をすんなりと栞里が聞き入れることはなく、やれやれ、とルーシェは栞里の手を引いて立ち上がる。午前いっぱい、彼女の取り留めもない問いかけに答えていた。楽しかったが、午後も続けて、というのは気が進まず、提案を飲んでくれる様子もないのであれば、仕事を片付けるか、と。


「少し、仕事を片付ける。来い」

 偉そうだなぁ。いや、話を聞く限り偉いんだろうけど、と栞里は手を引く美術品のような顔を見上げてうなずく。どこに行くのか知らないけれど、連れて行ってもらえるのであればありがたい。ここにずっといるのは、飽きてしまうし。それに窓から見える外はとてもきれいな景色で、実は出たかった。まあ、外に行くのかわからないけれど。仕事というから、どこか仕事部屋に行くのかもしれないしと、がっかりしないように予防線を心に張り巡らす。



 何かを思っている様子の栞里の手をそのまま引いていこうとすると、さらりと抜き取られた。思わず見下ろすが、当たり前のような顔をして先に進めと促してくる。


「だから子供じゃないんですってば。お手てつないでもらわなくて大丈夫。ちゃんとついていきますって」


 それはそうだろうが。なぜこんなに信用できないのだろう。



 と感じた自分の直感を、ルーシェはつくづく見事だと思う。
 普段は調薬をしたり魔道具を作ったりして、それを売り捌いている。もちろん、市井に出回って良いレベルのものだけだ。ここだけで賄うには不便な、衣料品や日用品をそれで買っているが、正直収入の方がはるかに上回る。だからそれほど真剣に取り組んではいない。
 のだが、薬についてはそういう事情ではなく必要があるからと求められれば納めるしかない。正直、別に在庫がないと突っぱねても構わないが、手慰みにちょうど良い作業というのもある。


 そして、薬草を集めに外に出たのだが。

 手を取らずとも、云々、などと偉そうに言った娘は、何かに気を取られるとふらふらと足を向けてしまう。そのまま歩き続ければ、そのうち気付いて小走りに追いついてくるが。


「…手を繋ぐ必要はないと、偉そうに言っていた成人女性はどこにいる」
「…ぐっ」




 そそっかしいのか、注意力散漫なのか。まあ転ばずにいたがよく躓く。ぶつかる。
 そして、ルーシェを追いかけようと不用意に振り返る勢いのまま走り出した先にある木に衝突しそうになったのを、さすがにルーシェが止めた。そのまま、呆れた目で見下ろす。


「ふらふらするな。中には、近づけば危険な植物もある。ここは完全に安全なわけではない。この中にいる動物がお前を警戒して襲わない保証はない」

 森が、住人とみなした時点で、その心配はないが、脅す方が良いとルーシェは判断する。実際そのようなことがあった場合、森からはじき出されるのはその襲った「何か」の方だろう。


「すみませんでした。ありがとうございます」
「ちゃんと礼が言えるじゃないか」

「何っか、悔しい」
「面白いやつだ」


 ルーシェの笑顔に悪寒が走り、栞里は大人しく、ルーシェの服の裾を掴んだ。

「シワになる」
「大丈夫」

 何がだ、と呟きながらそのままにさせ、先に進んだ。







 所々で、植物を採取しているルーシェの姿を眺めながら、栞里は首を傾げる。
「ルーシェは調停者、なんでしょう?」
「そんなに頻繁に出番があるわけではない。暇をしていても仕方ないからな。ここは質の良い薬草が多い」
「薬剤師さん、みたいな?」

 栞里の言いたいことは伝わり、栞里の場所での呼び方なのだろう、とそんなところだ、と適当に返事をする。少し、採取方法に神経を使うものを取り扱っていたからなのだが。不意打ちでガシッと、腕を掴まれて危うく手元が狂いそうになる。うっかり粘膜に触れたら大変なことになるぞと叱りつけようとすると、思いの外真剣な目が見上げていて、言葉を飲み込んだ。


「ルーシェ、提案に乗る!こっちの植物とかに詳しくないとできないことがあるの」
「唐突だな」
 呆れた声を向けるが、夢中になると聞こえない質なのか、栞里は先ほど手渡した四角いものを触る。
 よかった、とかなんとかぶつぶつ言いながらしばらくして見せてきたものに、ルーシェは顔をしかめた。
「その文字は、読めないな」
「そう…言葉が通じてよかったと思ってたけど。なんか音だけ自動変換でもされてるのかなぁ」
 ぶつぶつと栞里は言いながら手元を自分で見る。そういえば、ヴィルも話せても文字はダメだったな、と思い出しながら。
「これ、調べてきたいろんな薬品の精製方法なんだけど」
 それも、色々な周辺技術の進んだ現代ではなく、もう少し時間を遡って。ヴィルから話を聞く限り、現代の方法ではここで応用できそうもなかったから。
「どんなものかを話すから、そういうものがここにあるのかないのかを教えて。それで、ないもので、必要なものがあれば、それをルーシェに話すから。そもそもの素材がこっちで手に入るかわからなくて。似たような成分の植物とか、なんか、色々。そういうの、ルーシェならわかりそう」


「なかなか、無理難題をさらりという女だな」



 娘、ではなく、女、とルーシェは言い。
 とても楽しげに笑みを浮かべた。面白い考え方をする。そしてそれが、獣人公爵をこちらで助けようとする気持ちから探り出していることがわかり、そこはなんだか、少し、面白くない。




 善は急げ、とばかりにルーシェは軽々と栞里を抱き上げる。慌ててルーシェの頭につかまると、片腕に栞里を座らせるような抱え方で、少し先の木陰に歩いていく。


「ここで、話を聞こう。採取できるものがあれば、帰りがけに採って帰っても良い」



「気の早いエルフだね。長生きなのに」
「お前がいついなくなるかわからんからな」


 さらりと言われた台詞で、栞里は帰る、ということがすっかり頭から抜け落ちていた自分に気づく。
 よくしてもらっているからだ。


 ただ、ヴィルのことが気がかりなのは、ずっとだ。だから事あるごとに思い浮かべるし比べてしまう。




 ちゃんと食べてるかな、と、ルーシェの頭を抱え、艶々とした髪に顎を乗せながら小さく息を吐き出した。





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