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4 獣人公爵、大学に行く
我慢がまん…
しおりを挟むヴィルは栞里を連れ帰りながら、戯れるように懐く少女をしっかりと抱え込む。電車の中では、混んでいて座ることができず、しっかり自分に掴まれというと、いつもなら照れて服や腕に手を添えるだけなのが、腰に腕を回してしがみ付いてきた。眠いのか、胸に頬を当てたまま目を瞑っている。うっかり転がらないように腰を支えてやると完全に身を委ねられて、深くため息を吐いた。
あの日。
栞里が消えた日。
栞里を見失ったと気づく手前まで、完全に箍は外れていた。経過した時間の違いでできた温度差や、そもそも見失ったことへの恐怖感で忘れていた熱が戻ってくる。いやむしろ、よくここまでもったと我ながら呆れる忍耐力だ。
おそらく、知識としてある程度はあるのだろうけれど。実体験を伴わない知識で、栞里はいろんなことがわかっていない。気付いていない。
ヴィルの国では一緒に入浴するのは珍しくないのだと話せば、なぜか納得をした。そのことに腹が立って、何があったのか聞き直しても、最初に聞いた時と変わらない。精霊たちに風呂の介助をされただけだというが。それで納得するのかと不満は残る。ただ、納得をしたおかげで、ヴィルの背中を流しながらなし崩しで自分の入浴を済ませる日も出てきた。うっかりを装ってヴィルが栞里を濡らしてしまった時などに。
そんな時や、いつも一緒に眠る時。ヴィルがどれだけ苦労して理性を保っているか、気づきもしない。疑いもしない。
異性として見られていない、という気はしている。だから、自覚が湧かない。
半分眠ったような栞里の耳に唇を寄せる。
「降りるぞ」
「ん」
甘えるように頷いて、むずかるように胸に額や頬を擦り付けて。うとうととしながら身を引き剥がして、なぜかヴィルの手を両手で持ち上げる。そうして、自分の手を重ねて、何が面白いのかくすくすと笑って見上げてくる。
「おっきいね」
「っ」
言いながら、指を絡めて手を繋ぎ、嬉しそうに懐いてくる。
酔っ払わせるのもいいかもしれない。だが、他のやつの前では、本当に、絶対にだめだ。
「どれだけ飲んだんだ、お前は」
「数えてないからわかんない。ふふ」
あー、まったくっ。毒ずく思いで首を振り、栞里から繋いできた手を強く引いて電車を降りる。
小狼にでも戯れつかれているような気分になる歩き方で、坂を上り、店の鍵を栞里が開けて中に入る。またそこで立ち止まって、何かあるのはとトラウマのような怖さがあり、ヴィルはそこで栞里を肩に担ぎ上げた。
荷物のような持ち方に栞里が驚く。
「ひゃあっ」
しかも、頭が下になるからなおさら酔いが回る気がする。
「ヴィル…」
「すぐだから」
すぐ、と、ヴィルが足を向けたのは浴室。
脱衣所で下されることもなく、服を着たまま浴室に入る。片手間にヴィルが湯船に湯を張りながら、唐突にシャワーをひねった。
お湯に変わらない、ほとんどまだ水のような温度のシャワーを頭から浴びて栞里はびっくりする。
見上げると、ヴィルも一緒にシャワーを浴びている。
「酔いが覚めたか?」
「は?うぇ」
なんでこんなことをされているのかわからない。まあ、驚きすぎてふわふわした気持ちは霧散したが。ただ、その濡れた服が張り付いたりとか、濡れ髪とか、色っぽすぎて違う意味でどきどきする。お風呂は、いつも半獣人か獣の姿だから。
目を逸らした栞里の視線を追いかけてヴィルは顔を覗き込む。
「なんで意地悪するの?」
「いや、逃げられると気になる」
狩猟本能か、と思わず振り返って後悔した。本当に狩られそうな目をしている。
ただ、やはり酔っ払いなのだろう。頭が働いていない、というよりも本能で動いた。怖いと感じたヴィルの目から逃げるのに、一番守ってくれそうだと安心できるのが、その視線の持ち主だったのだから。
シャワーをひねったヴィルの腕に額を押し当ててヴィルの視線と目が合わないようにする。
「おいっ」
予想を裏切る栞里の動きにヴィルの腰が引ける。
栞里の酔い覚ましよりも、一刻も早く冷やしたかったのは自分の頭だったのに。沸騰しそうだ。
「ヴィルの目が怖い」
「なんでそれで俺にくっつくんだ」
阿呆、と内心で罵るが、残念なことにこれを引き剥がすという選択肢がヴィルにはない。逆に引き寄せないように耐えるのに。
「いつもだめって言っても恥ずかしいって言ってもくっつくくせに。ヴィルのばかぁ」
どうやら、酔っ払って年齢が逆行でもしているのか。駄々をこねるように拗ねた口調は少し湿っていて。
何の苦行だ、と奥歯を噛み締めていると、拗ねたように栞里が離れていこうとする。いつもなら甘やかしてくれるのにと。そんなに飲んでたの怒ってるんだとしょんぼりしながら、ヴィルが嫌がっていると思ったのか離れていこうとするから焦った。
離れて欲しい、と思ったのはそんな理由じゃない。
離れようとする頭をほんの一瞬前まで栞里が額を当てていた腕で抑える。
「お前、覚悟できてないだろう?」
「?」
「覚悟しなきゃいけないとも、思っていないだろう?」
小首を傾げる様子に、ああ、これは、本当にこの方面に疎いのだなと。望まぬのにあてがわれ、それは退けてきたが。この華奢な少女に自分のような忌まわしい存在がと、そんな思考に流れたところで、不意に頬を包まれた。
栞里の両手がヴィルの頬を挟んでいる。
まるで、ヴィルが自分を否定する考えを浮かべていたのを読んだかのような行動。怒ったような目で、栞里が真っ直ぐに見上げてくる。
「!」
もともと、栞里が転ばないよういつでも支えられるように身をかがめていた。そのヴィルの顔に栞里は背伸びをして顔を近づける。
が。なにぶん初心者。目測を誤って、形の良い鼻にキスをしてしまう。
まあ、驚いているからいっか、と照れながら笑った。
「おかしな迷子になり方をするようだから呆れられちゃったんだろうし、お子様仕様でって、わたしが頼んだし。でもね、わたしもこういう気分になる程度には、大人なのよ?」
くすくすと笑っていたずらっぽい顔をするのに、何よりも恥ずかしがっているのが一番で。
煽るお前が悪い。
声にも出せずにヴィルは栞里の腰を引き寄せた。
「嫌じゃないんだな?触れられるのは」
いつも、恥ずかしがって抵抗するそぶりを見せるから。嫌がっているわけではないと思ってはいても、不安は残った。
「恥ずかしいから、人前はいや。でも、この安心感は好き。ヴィルが甘やかすからだよ」
「それは、よかった」
喉の奥で笑いながら、いつの間にか暖かくなっていたシャワーを浴びてすっかり濡れてしまった栞里の髪を顔から避けてやる。
「愛おしいなどという感情を持つことすら許されないのだと思っていたのに。持っていたんだな…ちゃんと」
「?ヴィルのお母さんとお父さんは番だったのでしょう?愛し合っていたのでしょう?それで生まれてきたんだから、ちゃんとそういうものは全部、中に持っているんだよ」
ちゃんと伝わっていないな、とヴィルは可笑しくなる。
「お前が、愛おしいと、言っているんだ」
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