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4 獣人公爵、大学に行く

男の友情

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 カフェテリアで栞里は乃莉と桂花と3人で遅めのランチをとっている。長テーブルに座って、話していた栞里がふっと顔を上げると、ちょうど入ってきた目立つ人。

 手を上げて合図をする前にこちらに気付いて大股に近づいてくると、ヴィルは栞里の頭を撫でる風を装って、頬を親指で撫でていく。
 あまりにも当たり前に続けられるとそういう物だ、と感覚は麻痺するようで。栞里は頓着もせずに一緒に入ってきた小林を見上げた。
「一緒の授業だったの?」
「ああ…ヴィル、睨むな」
「なんでお前の方が先に声をかけられるんだ」
「お前より付き合い長いんだよ」
 くだらない応酬を頭の上で繰り広げられれば栞里は呆れた眼差しを向ける。当然、乃莉と桂花も。3人に食べるものをさっさと買ってこい、と追いやられると、へいへい、と気のない返事をして背を向ける小林を尻目に当たり前のようにヴィルは栞里の隣に腰を下ろす。
「王子は今日もお弁当?」
 いつの間にか、当たり前のようにそう呼ぶようになっていた乃莉と桂花に栞里は苦笑いする。そして、実際「王子」なヴィルは一切気にするそぶりもなく受け入れている。
「今朝、シオリが卵を爆発させながら作っていた弁当だ」
「…ヴィル、余計なこと言わない」
 爪楊枝で刺すのを忘れただけであの騒動。何度やれば気が済むのだというくらい繰り返しているが。最初こそ驚いていたヴィルも、慣れた様子で片付けをしてくれるからなおさらいたたまれない。

 栞里と仲の良い顔ぶれを牽制すれば栞里が嫌がることもわかり。そしてそれならばと言葉を交わしてみればいつの間にか親しくなっていた。小林に至っては、男同士で飲みにいくこともあるほどに。ただし、栞里が何か…例えば乃莉たちと映画などを見ていて遅くなるのを待っている、などのついでに限るが。
 それに時折瀬崎なども加わることがある。理系の瀬崎の話はヴィルには興味深いようで、ただ、あまりに突っ込んだことを聞かれるから答えきれないと瀬崎の方が音をあげた。理系頭ではないからとなかなか理解できずに何度も質問をする栞里に根気よく教えていた瀬崎も、自分の能力を超えた質問には、流石に答えきれなかった。



 最近、よくあることなのだが。乃莉や桂花は予想していた事態。
 5人で雑談をしながら食事をしていると、こちらを目指して歩いてくる、女生徒たち。さっさと食べ終わらせて席を立とうと思うのに、肝心の栞里が食べ終わっていない。
「栞里…場所かえる?」
「ん?」
 きょとん、と気付かない栞里は首を傾げて、頬張りすぎたのかもぐもぐと口を開けない。その様子に思わず小林は吹き出して、その額をこづいた。
「お前、ハムスターか」
「んんっ」
 何か言い返したいようだが、できていない。だから小林にいじられるんだよ、と思っていると、不機嫌そうにヴィルが小林に小突かれた額を手で払っている。
「触るな」
「お前のじゃないだろうが」
「うるさい。大体、お前には恋人がいるだろう」
「そうじゃなくたってコミュニケーションだ」
「不愉快だ」
 また、頭上で繰り広げられるやりとりに、なんとか飲み込んで静止をかけようとした栞里は、すかさずヴィルに口に今日の弁当、サンドイッチを入れられる。思わずかぶりついて、またもぐもぐする羽目になり。
 これで付き合ってない、意味がわからない、と遠い目になる乃莉たちは、穏便にやり過ごそうとしたのにどうやらそうはならなそうなタイミングでヴィルのそばに立ち、顔を覗き込む仕草をする女生徒を見遣る。何度か見たことはある気がするが、覚える気にならない人数が挑戦してくるからわからない。
 栞里に至っては、大抵ヴィルに遮られている上に、今のように他のことに神経を向けさせられていることが多く、しかも人の顔を覚えるのが苦手というのも相まって、お手上げ状態だ。
 さすが王子と成り行きを見守るが、気にする様子もなくヴィルは栞里に餌付けを続ける。

「隣、空いてますか?」
「他にいくらでも空いているテーブルがあるだろう」
 素っ気なく答えながら、ヴィルはそちらに一瞥もくれない。彼女たちの纏う化粧品なのか香水なのか。ヴィルの嗅覚には不快で仕方ない。
「お友達になりたいんです。せっかく留学してきたのに、もっと交流しませんか?」
 おお、へこたれない、と栞里が感心していると、その顔をものすごく不機嫌な顔のヴィルが見下ろしてくる。いや、これだけ全身で拒絶している人にさらに突っ込んでくるとか、根性あるよ。ものすごく大変なことだよ、と思うが、口の中がいっぱいで何も言えない。からになる前に突っ込んでくるのはこれ、わざとだ、と睨むが、そこはにっこりと目だけで笑って躱される。
 その視界の端に、こちらを見ている他の視線を捉え、そちらに目を向けた栞里は、小林の彼女がこちらを見ているのに気付いて、無言で小林を促す。
「ああ…」
 と立ち上がった小林がため息をつくのを不思議な思い出見上げながら見送りと、チャンスとばかりに、1人の女性とがそこに座る。そこは、ちょうどヴィルの向かいの席で。

 が、話しかけようとしたタイミングで、ヴィルがこれ以上ないほどの甘やかす顔で栞里の口に最後の一口を入れてやる。もちろん、見せるためでもあったが、表情は素だ。見慣れてきたとは言え、乃莉と桂花も思わず頬を赤らめた。平然と、とにかく咀嚼している栞里が正直不思議で仕方ない。これが当たり前になっている栞里が、本当にヴィルと付き合っていないとして、今後も付き合うことがもしないのだとしたら。誰とも付き合えないんじゃないかと心配になる。
 最後の一口だったのがわかっている栞里は、もぐもぐと口を動かしながらお弁当を入れてきていたケースなどを片付ける。促されるままに口に入れる自分も悪いのだろうが、ヴィルが一口に入れる量が多い。
 それが、わざとだとは栞里も気付いていない。必死に食べる姿を愛でて癖になっているなどと、思い当たるはずもない。
 ごく自然な仕草でヴィルは栞里を促しながら立ち上がって手を引く。そうして、一緒に立ち上がった乃莉と桂花を振り返った。
「この後は?」
「わたし達はそれぞれ待ち合わせ」
 2人とも、次の講義は彼氏が一緒にとっているため、待ち合わせをしてそちらにいくことになっている。
 そうか、と頷いたヴィルは栞里を見下ろす。
「シオリ、デートするか」
 なぜか、1人だけ後に残した女生徒達を気にする栞里の注意を自分の方に向けさせたヴィルの言葉に、栞里は首を傾げる。
「映画、見たがってただろう?」
「いくっ」
 食い気味に答えて笑顔になった栞里に、ヴィルは目を細めた。






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