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4 獣人公爵、大学に行く
卒業
しおりを挟む「卒業したら、すぐに行くのか?」
ぶっきらぼうにそう言った、弟、歳里の顔を思い出す。ヴィルを紹介しに帰った時。
言い出したら聞かないにしても、と、ものすごく不機嫌だった両親。ただそれでも、決めたのなら、と認めてくれた、と栞里は少し、肩の力は抜けた。伝えたいことが、言葉の選び方が下手なのか、いつも両親には少し違って受け止められてしまう。
ヴィルと一緒にヴィルの国に行くつもりだから、就職活動もしていなかったと言えば、さすがに怒りたかっただろうに。ヴィルがいるから、言葉を飲み込んでいた。勝手な話だと、自分でも思う。
「いつ、て決まってないんだけど。…連絡できそうだったら、歳里には連絡するから。家のことで何か困ったことあったら、連絡ちょうだいね」
「帰ってこないみたいな言い方するんだな」
栞里は、困惑顔になる。
「簡単に帰ってこられるか、分からないから。…この人、一応なんか、立場のある人みたいだから」
卒業式当日。入学式もそうだったけれど、栞里の家族は誰もこない。大学なんて、そんなものだと言われればそうなのだろうな、と納得はする。ただ、そう言う割に保護者の数が多いのは、それなりの有名大学だから、だろうか。
「馬子にも」
「うるさいよ、小林くん」
会場に入る前に合流した小林が言いかけたところで栞里が睨む。
「彼女は?いいの?」
「ああ、大丈夫」
気のない返事に、栞里はヴィルと顔を見合わせる。
着ている袴は、オーナーが用意してくれたもの。着付けは、まさかのヴィル。卒業式でこういうものを着ることが多いと事前に乃莉から入れ知恵をされ、なぜか覚えたらしい。なんでこう、なんでもできるんだろうな、と呆れて栞里は任せたが、仕上がりを見てかつてないほどにヴィルの尻尾がぶんぶんと振り回さんばかりに振られていたのを思い出して笑ってしまう。
「どうした?」
「なんでもないよ」
顔を覗き込んだヴィルに笑いかけながら、仲間たちと写真を撮っていく。
「なんだか、わかってたけど腹が立つくらいに似合うな」
しっかりとスーツを着込んだヴィルに小林が悪態をつけば、ヴィルは皮肉げに笑みを浮かべて流している。なんだかんだ、この2人、仲良いよなぁ、と栞里は眺めながら、そりゃ似合うだろうな、とも思う。何せ、サイズがなくてオーダーメイドなのだから。
今日くらいは、ヴィルが軟化するのではないかとなぜか思った集団に囲まれて一蹴し、ついでに隠し撮りをしようとしたのは見事に避けて通るヴィルに呆れながら、栞里は学生最後の日に浸って。
それぞれにゼミの謝恩会があるからと卒業式後は解散になるからと、そこまではずっと、いつもの顔ぶれと一緒にいた。後輩の瀬崎たちも当たり前のように来てくれていた。
「お前、泣くなよ」
「うるさい。今までみたいに簡単に会えなくなると思うと寂しいんだよ」
「素直だなぁ」
近いうちに、近況報告かねて集まろうと言うのに笑顔だけ向けて、栞里はヴィルの顔を見上げた。
「帰ろっか」
「…いいのか?」
名残を惜しまなくて、ではない。
ここに、栞里には大事なものがたくさんある。一緒に通えばそれもわかった。それを置き去りにしていいのか、と。
今さら、と笑って栞里はヴィルの大きな手に自分の手を重ねる。
「わたしは、こうやって、ヴィルと手を繋いでいたいの」
ゆっくりと、坂道を登り、中程にある喫茶店。
店の前に、車椅子の女性、オーナーと、サライ、そしてもう1人、知らない女性が立っている。
「お帰りなさい。卒業おめでとう」
「オーナー、袴ありがとうございます」
「似合うと思ったの」
ふわっと笑い、オーナーは一緒にいる女性を示す。
「うちの遠縁の子と結婚してくれた人よ。絢佳さん」
いろいろなことを引き継いだ人の奥さん、と栞里が納得していると、柔らかく、その人は笑いかける。
「たまたま、わたしあなたたちと同じ大学の卒業生なんです」
そう言って、お店の前に並んで、と促される。
オーナーを中心に、栞里とヴィル、サライが並ぶと、楽しそうに写真を撮ってくれるから、栞里は自分のスマホも渡してお願いする。
撮ってもらった写真を嬉しそうに眺めながら喫茶店に揃って入った直後。
覚えのある光に、包まれた。
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