拾われにきた獣〜氷の獣人公爵〜

明日葉

文字の大きさ
85 / 87
5 氷の獣人公爵

招かざる客

しおりを挟む
 
 
 
 ヴィルとグラハムは気やすげに言葉を交わしながら、その会話から栞里がこの国のことを聞き齧っていけるような話題を選んでいる。それを感じ取りながら、ヴィルに抱きこまれた栞里はようやく固まった体から力を抜いてヴィルの胸に背中を預けていた。こちらが緊張することすら楽しむように目を細める様は、こちらに来る前にはわからなかった。あちらでは、栞里に合わせてくれていたのだな、と日々感じる場面が多い。
 ただ。
 グラハムがいることも気にしない様子でいたずらに動く大きな手や、首筋にあたる吐息に無意識にもぞもぞと動きたくなる。

「…ヴィル」
「うん?」
 その顔面でその笑顔はずるい、と目を逸らしながら、腰のラインを撫でるヴィルの手を強めに掴む。絶対に、わかってやっている。
「狐の匂いを消したいのを我慢してるんだ。お前も我慢しろ」
「な…横暴」
「なんとでも言え。オレに言わせれば、随分と我慢しているんだぞ」
「ノインのあれは…一度面倒みた以上、てやつじゃないの?」
「その理屈でいけば、お前はそこから始まって今オレといるんだぞ?ついでに言うなら、それは最初の認識からして違う。妖魔が面倒見ること自体が、異例中の異例だ」
「む」
 言い負かされて目を逸らすのを満足げに眺めながら、唇を寄せて柔らかく耳たぶを食む。腕の中で体を揺らす妻を愛おしみながら、その目をグラハムに向けた。
「グラハム、お前を雇う」
「まあ、そんな話だと思っていた。なんだ」
「さっきから、招いていない匂いが近づいてきている」
 不意の会話にヴィルを見上げる栞里の目に、安心するように笑みを向け、ヴィルはゆったりと冷え冷えとした目をグラハムに向けた。氷の公爵と言われるその視線を受け止めながら、相変わらず食えない公爵をグラハムはにやりと口元を歪めて見返す。
 とはいえ、この表情の原因を思えば、大事なものを得たことで、冷酷にすることに意味を持ち、躊躇いがなくなったようにも見えるが。
「お前がちゃんと招待しないから怒ってるんじゃないのか」
「帰還したばかりな上に新婚のオレを呼びつけておいて、披露目の席はもう必要ないだろう。栞里を見せてやる気にもならん」
「ヴィル?もしかして」
「察しがいいな。獅子王が来る」
「…フットワーク軽いね」
 聞き慣れない言葉だが、軽口だな、と聞き取りながらグラハムはやりとりを眺める。これだけ大掛かりな夜会であれば当然王宮の耳に入って当たり前だ。だが、王宮関係者は1人も呼んでいる様子はない。領地を接している獣人と、聞きつけて駆けつけてきた阿りたい獣人をはじめとする多種族の者たち。親交のある宰相すら呼んでいないのだから難癖つけられるいわれはない、と言うのだろう。
「蚊帳の外に置かれるのを嫌うからな」
「わかってるならちゃんと招けばいいのに」
「招けば、呼びつけるのかとそれはそれで怒り心頭だろうな。そんなわけでな、栞里」
「グラハムさんとおとなしくしてろってことね?」
「そういうことだ。獣人はとりあえず獅子王には逆らえない。コルトもだ。守ることはできるだろうが、な」
「獣人の身体能力は人族よりかなり強いんでしょう?」
「こいつは人離れしているから大丈夫だ」
「…紹介してくれる気は?」
「聞いていたか?お前を見せる気はない」
「ふーん」
 微妙に不機嫌な気配にヴィルの耳がぴくと反応する。機嫌をとるように鼻をすり寄せながら、栞里の頬に手を当てた。
「聞き分けろ。少なくとも、会うのは今じゃない」
「ヴィルの家族のこと、ちゃんとわかってないから言われた通りにするしかないけど…」


 そこまで言ったところで、足音と喧騒が栞里の耳にも届き、ノックと一緒にドアが開けられる。そこにサライの姿を認め、ヴィルは栞里を抱いたまま立ち上がった。
「ヴィル、厄介なのがきたぞ。気づいていたようだが」
「ああ。グラハム、奴がいなくなるまで、栞里の護衛をしろ」
「他の伴侶は?」
「勝手にやるだろうさ。だが、傭兵王が近くに控えて目を光らせているのが、わかりやすいからな。他のやつだと、あいつは張り合おうとして近づきかねない」
 賢者の森のハイエルフも、滅びたはずの跳兎も、比類なき妖魔も、喉から手が出るほどに、自らが直接関わりを持ちたい相手だろう。
「栞里。夜会は楽しいか?」
「放って置かれるから、よくわかんない」
 不貞腐れた言い方に笑いを堪えきれず、ヴィルは開けっぴろげな笑顔になる。
「抜け出して問題ない頃に、ラウドが声をかける。グラアムに付き添ってもらって自室に戻っていろ。そしたら、かまい倒してやる」




 それはそれで…という反論は言う隙ももらえないまま、ヴィルの腕から下され、グラハムがそばにつく。先ほどまでの飄々とした空気は鳴りを潜めた様子に、栞里は目を伏せて小さく息を吐き出した。
 平和な国で生きてきた栞里には、その空気はすぐには読み取れないけれど。それでもわかる緊張感に気を引き締めなければ、と。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

小さなフェンリルと私の冒険時間 〜ぬくもりに包まれた毎日のはじまり〜

ちょこの
ファンタジー
もふもふな相棒「ヴァイス」と一緒に、今日もダンジョン生活♪ 高校生の優衣は、ダンジョンに挑むけど、頼れるのはふわふわの相棒だけ。 ゆるふわ魔法あり、ドキドキのバトルあり、モフモフ癒しタイムも満載! ほんわか&ワクワクな日常と冒険が交差する、新感覚ファンタジー!

WIN5で六億円馬券当てちゃった俺がいろいろ巻き込まれた結果現代社会で無双する!

TB
ファンタジー
小栗東〈おぐりあずま〉 二十九歳 趣味競馬 派遣社員。 その日、負け組な感じの人生を歩んできた俺に神が舞い降りた。 競馬のWIN5を的中させその配当は的中者一名だけの六億円だったのだ。 俺は仕事を辞め、豪華客船での世界一周旅行に旅立った。 その航海中に太平洋上で嵐に巻き込まれ豪華客船は沈没してしまう。 意識を失った俺がつぎに気付いたのは穏やかな海上。 相変わらずの豪華客船の中だった。 しかし、そこは地球では無かった。 魔法の存在する世界、そしてギャンブルが支配をする世界だった。 船の乗客二千名、クルー二百名とともにこの異世界の大陸国家カージノで様々な出来事はあったが、無事に地球に戻る事が出来た。 ただし……人口一億人を超えるカージノ大陸と地球には生存しない魔獣たちも一緒に太平洋のど真ん中へ…… 果たして、地球と東の運命はどうなるの?

この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。

サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――

チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

処理中です...