拾われにきた獣〜氷の獣人公爵〜

明日葉

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5 氷の獣人公爵

獅子王

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 壁の花、の方が性分には合うな、と、栞里は壁際に立って周囲を見回す。すぐ近くに大きなグラハムの背中があって視界は遮られていて、多分その方向に、獅子王がいるのだろう。
 本当は背中を壁に預けて気を抜きたいところだけれど、一応公爵夫人、と言う肩書を与えられたと言う自覚はあるから、お腹に力を入れ直して背を伸ばす。ただ立っているだけ、は案外疲れる。
 そんな様子をチラチラと横目に気にかけていたグラハムは、小さく息をついて栞里に一歩歩み寄った。その顔を見上げて小首を傾げる仕草に、ふと自然と笑顔になる。媚も計算もない素直な仕草は物珍しくて妙にくすぐったい。国力に乏しいわりに要衝を占めている国の長は、案外と気疲れするのだ。表面と腹の中は違って当たり前、一つ読み間違えれば国を窮地に陥れる。


「向こうに座るか?疲れるだろう」
「……」
 言われて示された方にある椅子を眺め、軽く首を横にふった。座ったら落ち着いてしまうのは目に見えている。ヴィルが緊張している場所で寛ぎ切っていたら、邪魔になるだろう。隙は作ってはいけない。
「大丈夫です。立っているのは、慣れているから」
 喫茶店を開いていれば、基本的にずっと立ちっぱなしで仕事していたのだ。何もしない、という時間はそんなになかったけれど。
「そうか」
 目を細めるだけで微笑んだとわかるような栞里の表情に反射的に目を逸らして、グラハムはその目が鋭い視線を拾う。ヴィルとやりとりを続けていた獅子王の目がこちらにはっきりと向けられている。グラハムの体に遮られて栞里の姿は確認できないだろうが、獣人の嗅覚は匂いは記憶しているかもしれない。
 そんなことを思っていると、不意打ちのようにひょい、と脇から栞里が顔を覗かせた。
 おい、と遮る暇さえない。しっかりとその姿を目で捉えた獅子王の目が鋭く光るのをグラハムは確認して緊張が走る。
 が、栞里の方は落ち着いたもので。
 今日のために仕込まれた淑女の礼をとるつもりか、一歩前に出て、美しいカーテシーを獅子王に向ける。
 想定外だったのか。虚をつかれたような獅子王の様子にグラハムは目を瞠る。明らかに、目を奪われている様子の獅子王に礼を失しない程度に栞里は引き下がり、また壁に沿って立つ。
「…見事な腹の据わりっぷりだな」
「わたしは、直接あの方を知らないので。ヴィルに嫌な思いをさせ続けた人、という印象なのでいい印象はないけど、波風立てれば、しんどいのはヴィルでしょう?」
「なるほど
 だがこれはこれで。
 一波乱ありそうだけどな、とグラハムは意図的にしっかりと、獅子王の視界から栞里を覆い隠した。








「お前よりよほど、弁えているようだな」
 片手でひねりつぶせそうな華奢な人族の小娘。それが悠然と微笑んで挨拶を寄越したのを確認して皮肉に言うが、その尻尾の揺れる様子にヴィルがあからさまに眉をひそめるのを目に留める。随分と、表面に感情が出るようになったものだ。
「お前の弱点ではあるようだな」
「まさか」
 本心から、ヴィルはそれをわかっていない相手を蔑むように否定する。弱みになどできようはずもない。彼女がいないとだめなのは、こちらの方なのだから。気をぬけば、横から誰に奪われるかわかったものではない。
 強欲なものたちは、自分に取り入るための取っ掛かり程度に思っているのだろうが、調べたところで判明した、栞里の知識をルシエールが登録したものを知れば、金の成る木と思われもするだろう。それがわかっているから、ルシエールは隠れ蓑を作って全てを行なっているようだけれど。
「あれは気が強い上にこちらの作法にまだ疎いので。陛下に失礼があってはいけませんので近づくなと命じてあります」
「かまわん。呼べ」
「大事な新妻を、無礼打ちにされてはやりきれませんので、ご容赦を」
「披露目の席という割にきちんと紹介もしていないように見受けるが?」
「わたしが伴侶を得たことを公にするだけです。それが誰かは、関係もないでしょう。彼女にしがらみがあるわけでもありません。紹介もしませんが、隠してもいませんよ」
「…あいつは隠しているように見えるが?」
「陛下の視線を警戒したのでしょう。傭兵王には妻の護衛を依頼していますから」
「…よく口が回ることだ」
 苛立たしげな声にヴィルは視線を外し、ともをしてきた王宮の武人たちに目を向ける。もともと武官の束であった獅子族は武人への指揮権だけは確固としたものがある。だが、現在は辺境で将軍職を与えられているヴィルは上官にあたるため結果的に力の綱引きの力関係は大きく変わらない。
 その彼らの目が、会場を警備しているコルトに向けられていることに気づき、ヴィルは思い出したように獅子王に言葉を向ける。
「そういえば。陛下の子息が我が家におります」
「…気づいていた。どういうことだ」
「さて。ただ聞けば、陛下には縁を切られた、と申していましたが」
 狼の匂いのする娘を捕らえろと命じたとき。それを妨げ娘を逃がそうとした息子を追放した覚えはある。あのような場所で追放すれば命を落としていると思ったが。
「反省しているなら連れ帰る」
「残念ながら。彼は妻の騎士になりましたので離れないかと」
「なんだとっ」
 ぶわり、と毛を逆立てるような獅子王の気配にヴィルは凍てつく目で淡々と告げる。
「わたしのいうことも聞きません。追放された成人した獣人は、己の意思で生き方を決めますから、その後でコントロールしようとしても無益ですよ」
 お前が自分で手放した手駒だ、と暗に告げられて獅子王はあからさまな唸りを上げる。周囲から人が本能的に距離を置く中、栞里はやりとりを続ける獅子王とヴィルを眺めている。
「…怖くないのか?」
「わたし、平和ボケした場所で育ったので、鈍感なんですよ。今思うことは…獅子の尻尾は触りがいがなさそうだな、ってとこでしょうか。毛が少ない」
「…それ、獣人にはいうなよ?」
 獅子王の剣幕はしっかりと感じ取っていたグラハムは、思わず失笑しそうなくらいに場違いなことを言う娘を諭す。
「獣人に毛並みを貶すような物言いは厳禁だ」
「身体的なことを言うのはよくないのはどこも一緒なのね。でも褒めるのはいいんでしょう?ヴィルの毛並みが一番よ」
「はいはい」
 それも本当は、聞いている方が当てられるからやめて欲しいんだが、それをこの子が実感するのはまだまだ先なんだろうな、とグラハムはため息をつきながら、平然と飲み物に手を伸ばして口をつける公爵夫人の横顔を見下ろした。




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