知らない異世界を生き抜く方法

明日葉

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 出かけた時とは違う馬車が、玄関前に横付けされた。
 洗練された印象の、美しい馬車。先に降りてきたのは長い銀髪の長身の男性で、手を貸してアメリアを馬車から下ろす。
 その姿を見て息を呑んだ。
 落ち着いたデザインのモスグリーンのドレスはアメリアによく似合っていた。そのドレスに何かをこぼしたような染みが散り、しかも何箇所か切り裂かれたようになっている。
 隣で静かにヴィクターが殺気立つのがわかった。
「殿下、一体なにが?」
 つまりこの方が、『王弟殿下』か。
「お兄様、殿下のおかげでこれだけで済みましたし、すぐに帰ることを許していただきました」
「これだけ、もないように殿下をお前につけたんだ」
 『殿下』を『つけた』って、すごいな、とぽかんと見上げてしまったが、視線を感じて顔を向けた。
 きらきらした美しい顔の殿下がこちらを見ている。考えていることをまた読まれたのか、面白そうな顔をされている。貴族、という人種の特性なのか、この人たちが秀でているのか、とにかく考えていることをすぐに読まれてしまう。
「ヴィクター様、とにかく中に入りましょう。アメリア様もお疲れでしょうし、少し時間を置いてからお話ししませんか?」
 なにで汚れたにしろ、着替えたいだろうしお風呂にも入りたいだろう。
「大丈夫な状況ですか?」
「問題ない。アメリア嬢が清めている間に話そう。…あなたがトワ殿か」
 声をかけられ、付け焼き刃の、アメリアに教えられた礼をとる。王族への礼、格上の貴族へのもの、場面場面で異なると教えられたマナーに自信はない。
 ただ、アメリアが少し目を細めてくれて、間違ってはいなかったらしいとほっとした。




 エリンがアメリアを連れてさがり、ピリピリした様子でヴィクターが王弟殿下を奥へ案内していく。
 いや、それを見送りたかった。なぜか、しっかりとエスコートされて逆らう術もなく、こんな時どうやって断るかなんて教わってもおらず、連れて行かれてしまう。
 よほど情けない顔をしていたのか、途中でふっとヴィクターの雰囲気が少し和らいだ。
「トワ、お前に怒っているわけではない」
「いえ、あの、そんな風に思っているわけじゃないんですが」
 ギリギリ敬語。ほぼアウトだろう。
「わたし、場違いなので部屋にいますが」
「だめだ」
「え」
「アメリアがあの状況で帰ってきた。お前から目を離したくない」
 ごめんなさい。今の理由と結論が、つながりません。
 と言うのは伝わりはしたようだが無視された。王弟殿下はそれで納得されているようだ。


 客人を通す応接間ではなく、家でヴィクターが仕事をする際の書斎に入ると、ヴィクターは殿下に椅子を進めながらさっさと自分も腰を下ろす。当然、その横にわたしを座らせて。
 その様子を、洗練された所作で腰掛けながら微笑む人は、本当に美しかった。召喚された時におそらく王太子殿下はいたのだろうが、正直顔は記憶にない。目に入っていたかもわからない。ただ、これほど美しければ目を引くだろうし記憶にも残っただろうと思う。血縁であればやはり美しい方なのだろうと思うと、咄嗟のことで目に入らなかったのだろう。
 それどころではなかったし。
「噂には聞いていたが、聖女召喚に巻き込まれた方をお前が本当に庇護しているんだな」
「噂、か」
「わたしは政からは距離を置いているからな」
「…トワ、緊張する必要はない。ニルス王弟殿下は、随分前に王位継承権を放棄して竜の医者になりたいと研究している変わり者だ」
「竜のお医者さんっ」
 思わず、反射で。食いついてしまった。
 声が弾んだのをヴィクターもニルス殿下も聞き逃してはくれない。ものすごくいやそうな視線を隣から感じる。
「竜騎士になれなかったからね」
「……」
 そこは、ヴィクターも皮肉は言わないようだ。むしろ苦虫を噛み潰したような顔に、何かあったのかと思っていると、くすくすと笑い声が向けられる。
「トワ殿、思ったことを好きに口にして。だいたい伝わってくるけれど」
「あ、すみません」
「俺の前の前の竜騎士隊の隊長だ」
 一体おいくつなんだろう。そこじゃないのはわかっているけれど。そんなに歳は違わないように見えるけれど、そもそも自分の年齢の感覚が今の見た目じゃなくこちらにくる前の感覚のほうがまだまだ強いからどうにも齟齬がある。
「さっさと疑問を解消してあげて、今日の話をしようか。わたしの血縁が、ヴィクターの目を気味悪がった。竜騎士を輩出し、竜の棲家の守りでもあるアンフィス辺境伯家で、魔眼は喜ばれるものだ。その辺境伯家に頼っているこの国でも尊重するものだし、何より、そのような見目でとやかく言っていては、何も始まらない」
 この人の感覚は、わかりやすいし信じられる。穏やかな話口調から、けれど、その声にはそぐわないような内容が飛び出した。
「竜の怒りをかった。王家からは竜騎士が出ないとヴィクターからもう聞いたかい?竜が誰よりも信頼をおく人間を本人を前にして気味悪いと。同じ血の匂いが混じる人間はもう、竜騎士になれない。すでに竜騎士だったわたしも、竜に拒絶反応が出た。ただ、信頼関係を結んでいただけに、他の王族のようにはいかなかった。物理的距離を置けば良いかと試したが、それも竜にとって苦痛を伴うものだった」
 困った顔で、それでも笑うこの人は、こうやって笑って話せるまでにどれだけ辛い思いをしたんだろう。
「ここの竜舎に、わたしの相棒はいる。穏やかに過ごせるように、彼の協力を得ながら竜の医者をやっている。それまでの竜騎士隊の実績と、彼と、ヴィクターがいるおかげでなんとか竜たちに受け入れてもらえるようになったしね」
「…彼から離れないで済むように、受け入れてもらえるまで努力されたんですね」
「…王家で竜に近づけるのは、わたしともう1人だけだ。政からは離れているけれど、手放してももらえなくて不便しているんだよ」
 もう1人?
 気になったけれど、やんわりとそこは触れずに、本題に入っていく。この巧みな会話の流れも、彼の人格なんだろう。


「お茶会で聖女様が、日頃の成果を披露しようとしてね。まあ、表向きは、最初は世話役でつくはずだったアメリア嬢を安心させるためと言っていたけれど」
 真意は、なんだろう。
「光の毛糸玉のような精霊と契約したようで、さすが聖女様と話題になっていたところだった」
「まさか、精霊につけられた傷か!?」
 珍しく顔色が変わったヴィクターを、ニルス殿下が首を振って落ち着かせる。
「毛糸玉の精霊がアメリアに傷をつけられるはずもない。風魔法を失敗して、カップが飛んでアメリア嬢に中身がかかり、風が服を傷つけた」
「風が?」
 あまり考えられないだろう?と言いながら、殿下は泰然としている。咄嗟に殿下が何かしら、庇ってくれた結果でも、あの状況なのだと思うと、何もしなければどうなったのかと想像してお腹が気持ち悪くなる嫌な感覚に襲われた。
 殿下の立場だから、庇うためになんらかの行動を起こしても咎めがなかったのだろうとも分かる。殿下が同席するように咄嗟に手を回したヴィクターの勘の良さと手腕には感心するが、聖女が…一瞬だったから確認できていないが、あの召喚された時の声から浮かぶあの人だとしたら。
 怖い、と思う。


「退席してくる時に、泣きそうに申し訳なさそうにしながら、面倒になりそうなことを言っていたよ。このお詫びの席はまた設けますから、と」
「いらん」
「わたしに言うな。ところで」
 にこやかに、殿下がわたしを見た。
「トワ殿は、もともと聖女様と面識があるのかい?」





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