知らない異世界を生き抜く方法

明日葉

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 「料理当番」という、元の世界にいたら進んではやらないようなことを嬉々として受け入れて、そして、案の定、行き詰まった。日常的に誰かのために食事を用意する、という生活をしていなかったツケで、何もなしで作れるメニューが少ない。そして、この世界にはないものが多い。というか、いかに便利な生活をしていたかを思い知る。醤油や味噌はもちろん、麺つゆがあるといろんなことが何とかなったし、なんならカレールーのようなすでに調合済みのものも各種すぐに手に入った。
 それらをない状態から、というのはなかなかハードルが高い。


 結果、本邸の厨房にお世話になることにした。
 この世界の料理をまずは教わればいい。この世界で手に入るものの使い方を覚えれば良い。その中で、応用できるものがあればその時に試してみれば良い。
 それに、そもそもこの世界の人たちにとってはこの世界の料理が舌に馴染んでいるはずなのだ。急に訳のわからない料理を出されてもそれは自己満足にしかならないと考えを改めたのだ。


 この世界では「黒持ち」は忌避されるらしいけれど、さすがは辺境伯家。この家では黒持ちが生まれれば竜騎士として有望であることからそのようなことはない。
 それは客人に対しても同じようで、わたしもレイ殿下も、とても快適に過ごさせてもらい受け入れられている。王都でも基本的に辺境伯家の預かりだったからあまり経験せずに来たけれど、ここまで来る馬車旅の中で、少し、それがどういうことなのか体験した。力を求め、力あるものに守ってもらいながら、その力が強すぎると忌避する。身勝手だと感じる憤りの吐き出し口はなかった。髪色や目の色が遺伝ではないというこの国で、何色を持って生まれるかなんてどうしようもないのに。



 とにかく、そんな世界観と少し違う感覚らしい辺境伯家で快適に過ごしながら、食事の全てではなく、一品ずつ、作らせてもらうようになった。
 最初は野菜スープを。
 簡単だけれど、この世界の食材の扱いもわからないし、それぞれの調味料の味を学ぶのにちょうど良かった。
 あとは、肉や魚中心の食生活のようで、野菜はそれほど食べる習慣がないらしい。貴族の家では彩に添えることはあっても、メニューとしては成り立たない。皿の上にあっても食べないことも多い。
 それは知っていたけれど、自分で用意できるのなら話は別だ。野菜がないわけではないのだ。
 困惑顔はされたけれど、それでも口にしてくれた。厨房でも、試食をしてくれた。王族にも結果的に提供する食事になるから心配もあったんだろう。
 セージ先生が言っていた回復や浄化の作用なのか、美味しく感じるらしい。
 妙に、褒められた。


 そして、野菜をいろいろ試したいと話して並べてもらった中に、大豆、によく似た豆を見つけた。サイズ的には小ぶりだけれど。茹でて食べると、食感や味も似ている。
 加工した場合の変化の仕方が同じかは試さないとわからないけれど。
 醤油や味噌の原料が大豆だったことが頭をよぎる。いや、加工の仕方をそもそも知らないけれど。そこは試行錯誤すればいい。こういうことがやりたい、と説明すると一緒にやってくれそうな知識欲旺盛な先生もいる。
 発酵、というものが受け入れられるかは分からないけれど、受け入れてもらえれば料理の幅が広がる。

 確実に失敗を重ねるからと、離れの畑にその豆を植えさせてもらった。ついでに、畑の世話もした。
 前はそんなの面倒でやらなかったのに。途中で世話を忘れると結果に直結する。そうやって継続してできる自信がなくて手を出さなかった。忘れっぽくて飽きっぽい自分の性格を言い訳にして。
 やってみると、世話をする段階でわたしの手が入っていても、食材自体にそのセージ先生のいう効果が出るらしい。タイちゃん様さまだな、とタイちゃんを見ると、タイちゃんの方がなんだかあきれた顔をしている。
 首を傾げると、なんでもない、というように首を振られた。
 毛玉、と呼ばれていた頃は、常に何かを要求され、休む間もなかったと話していた。
 だから常にこうやって恩恵が降ってくるのかと聞くと、何もしてない、という。
「タイちゃん、疲れたら休んでね?」
「むしろ暇だよ」
「?」
 自分の手を通してタイちゃんの力の影響が出ているというから、ずっと助けてくれていると思っていたけれど、違うらしい。契約したことで備わったおまけのようなものだという。
「じゃあ、一緒に畑仕事しようか」
「それなら土や水の精霊を呼ぶ?」
「…あまり精霊が多いと目立ちそうだからいいわ」
 さらり、とそのへんの友達を呼ぶような感覚で言われて、一瞬思考が止まった。
 ただ、一体、精霊が近くにいるだけでどうやら大事らしいから。呼んだからと言って力を貸してくれるとは限らないけれど、でも、自分でできることだ。
 土いじりは道具があればできるし、収穫も同じだ。雨が降らない場合の水やりは、誰かに水道から水を出してもらえばいい。
「まあ、今呼ばなくてもそのうち向こうからちょっかい出してくるだろうけど」
「え?」
 タイちゃんが呟いたことは聞き取れず、聞き返すとはぐらかされた。



 この世界に来て、すぐに恵まれた環境で拾われて。
 好きに学んでいいと言われて、でも何から学べな良いか分からない状況で、気になるものから手当たり次第この世界、この国のことを教えてもらって。
 やっと、役割を持てた。
 そうして、自分がずっと、不安だったことを自覚した。やるべきこともなく、本来いるべき世界でもない場所で、人のお世話になるだけなって生きるしかなくて。その状況が不安だった。
 きっと、セージ先生は気づいていたんだろう。アメリアも。
 だからと言って、適当に何かを割り当てることをしなかった。まずは学ぶ時間を持たせてくれた。
 必要な時に、役割は与えられるものだと何かの話の時にしていた。エルフという寿命の長い種族の感覚はのんびりしているような悟っているような印象を受けたけれど。
 本当に必要としてもらえていると感じられる役割が、こんなに安定感をくれると思わなかった。

「タイちゃん、なんかね。…ヴィクター様のことはずっと気がかりなんだけど。でもここでこうやってわたしにできることがあって。なんかちょっと、楽しい」
「そうか。それは良かった」
 動物の顔なのに、嬉しそうな表情を作る。
「時間はかかるかもしれないが、竜騎士は大丈夫だ。その間に料理上達して、驚かせてやれ」


「面白いね、それ」





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