知らない異世界を生き抜く方法

明日葉

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 ヴィクターたちが遠征して10日以上が経過した。
 その間も、しっかりと辺境伯家の庇護を受けてなんの心配事もなく過ごさせてもらっているけれど、この世界に来てずっと近くに気配のあった人がいないことが、ひどく落ち着かない。
 表に出さないことは得意だけれど、それでもちょっと、出てしまっていたらしい。
 
 ため息を飲み込む仕草が多い、と

 アメリアに含み笑いで言われた。
 辺境伯夫人も交えてお茶に招かれている席で、少し驚いた顔をした婦人がおおらかな仕草で頬に手を当てた。
 この方は、武家の奥を取り仕切る奥方とは思えないくらいにおっとりとしていて穏やかな方だ。ただ、アメリアはそれだけの方じゃないから、と笑っていたけれど。
 アンフィス卿との睦まじい様子も折に触れて目にすることがあり、この家がとても安定感をもって保たれているのが伝わってくる。

「あの子がそんな風に懐かれて慕われることがあるなんて」

 物好きねぇ、と続きそうな勢いで言いながらも、本気で感動している様子に、思わず首を傾げる。

「あんなに面倒見の良い方、竜騎士隊の方をはじめとして慕う方は多いのではないのですか?」

「……」

 まじまじと見つめて、夫人はその目をアメリアに向けた。

「お兄様は、わたしを邪魔にするくらい、トワの世話を独り占めしようとしていましたから」

「ん?」

 言い回しに棘がある。

「あなたも、大概過保護に見えたけれど」


 親の目から見ても、アメリアの接し方も過保護だったらしい。ヴィクターがいない分までというように、アメリアは細やかに気配りをしてくれる。それまでもいろいろなことを教えてくれたり、女性同士でなくては気付かないようなところまで世話をしてくれたりしていたのに、それ以上に、だ。


「それが過保護ではないくらい、トワは目が離せないんです」

 人聞き悪いですね、アメリア様?


 反射的に言葉は飲み込んだけれど、向けた眼差しまでは隠せなかったらしい。少し細められたアメリアの目がにっこりと笑顔を形作る。


「自覚がないようだけれど。確かに殿下やブレイクは長期間のあの生活で回復が必要な状況だけど、あそこから出てくる時点でタイのおかげで最低限の回復は済んでいるのですよ?同じ時にトワは魔力枯渇を起こしているんです。それが離れでくるくる動き回って」

「はあ……」

 このお小言は、何回目だろう。いや、聞き分けがないから何度も言われるのだけれど。

 でも、役割をもらえたことはすごく、嬉しいのだ。ここにいて良い、ここにいる意味があると認めてもらえたようで。
 それを伝えて一度は引き下がってくれたものの、やはり納得はしていないらしい。
 そこへ、動き回りすぎ、というのが加わった。
 だって、面白くなってしまったのだ。育てた野菜や薬草、そういうものにもタイちゃんの加護があるのか、試してみたり。見つけた大豆の加工をあれこれ試してみたり。
 セージ先生は説明した効果を発揮するものを一緒に考えてくれたり、発酵、とは何かを説明すると、発酵させる「樽」の魔道具を製作してくれた。温度や時間の流れの調整で発酵を促進してくれる。らしい。試作品を使ってみたら、確かに醗酵されていた。そのちょうど良い状態を検証中なのだ。
 そのような作業はブレイクも面白がって参加している。畑仕事の力がいるところは任せておけ、と率先して手伝ってくれている。
 みんなが結局、手を貸してくれているからかなり楽なのだ。
 それでも、動きすぎ、と言われる。
 原因がこの体質なのはわかっている。
 魔法を使えない。魔素にどの程度耐性があるのか。ただ、魔力がないわけではないらしいのは、魔力枯渇が危険な状態であったことでもわかるらしい。
 この世界の人たちは、食事や呼吸、生活のあらゆる場面で魔素を取り込んで自身の魔力に変換しているけれど、魔法の使えないわたしがその作業ができているのかがまず、怪しいらしい。
 精霊と契約したことで補完は多少されるらしいが。


「確かに、トワさんは食も細いし。その割に動き回るし、目が離せないのはわかるわ」

 夫人まで、と思わず俯くと、味方を得たアメリアがほら、とほっそりした綺麗な手を伸ばしてきた。その手がわたしの手に重ねられて、アメリアと目が合うように促される。

 食事に関しては、確かに元々あまり量を食べるとお腹を壊しがちなこともあってどちらかと言えば少食だけれど。こちらの方々がよく食べる、というのもあると思う。

 が、そんなことは聞き入れてもらえない。

「トワ、本当に。少し痩せたわ。辺境伯領に来て痩せたなんて、そんなの許し難いわ」

 おどけて言ってくれているけれど、本気で心配してくれている。
 それは、自覚もあるけれど、アメリアがいうのとは違う意味で、動いているからだ、と思うのだ。食べて動いているから締まっただけなんじゃないか、と。



 そう、いつも通りの苦笑いで伝えようとした。
 心配はありがたいけど、やりがいもあって楽しいし、体も辛くないのだ、と。


 けれど、ぐにゃり、と急に視界が歪んで。

 あれ?



 と、思って変調を伝えようと思ったのに、声が出ない。

 喉が張り付いたように。



 貧血を起こした時に似ている。




 そんなふうに思ったので、意識が途切れた。









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