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Side another 3
しおりを挟む儀式の場所と定められたそこには、神殿などがあるわけではなかった。
人里がある間はまだ良かったのだと気づいたのは険しい山道に入ってからだ。旅が進むほどに途中寄宿する町は小さくなり、投宿する宿や宿がなければその地の富裕な者の家に泊まるが、それも質素になっていく。
不服を漏らす言葉を飲み込みはした。自分の立場がよくない事は、そうやって王都を離れる道中でも察していた。何より同じように王太子が過ごしているのに何をいえるというんだろう。甘んじてそのような状況を受け入れて粛々と王命を果たす。それが出来うる最善策だった。
どうしてこんな目に。
華やかなお城で、適当にイベントをこなして。どの攻略対象を選んだとしても何不自由ない楽勝な話ではなかったか。聖女、というステータスで全ては許される。全てが与えられる。
それが今、このような理不尽な状況に置かれているのに不平ひとつ漏らそうものならば、どこから何を言われるかわからない恐怖がある。しかもこのような場所で背を向けられて仕舞えば、生き延びられるはずもない。
しぶとくて、いつも楽をして生きているようなあの女は、来て早々に苦労をするはずだったのにここでもまた、恵まれた環境を手に入れた。今も辺境伯家で療養という名の悠々自適の生活をしているのだろう。
聖女、を選んだ自分がなぜ。
「お疲れでしょう。少し休むといい」
不意に、気遣わしげな柔らかい声が耳に入る。
険しい道は、王太子自らが手を貸してくれた。儀式の場所はひらけた岩場で、自然の大きな岩が祭壇になっている。神龍を招くのだから当たり前なのだと言われたが、屋根はない。
天幕を張り、神龍が現れるのを待つだけだ。呼ぶ儀式、などと言われても、やり方も知らない。教えてくれる人はいなかった。いなかったはずだ。
聖女がここにいれば、神龍は現れると、そう構えているしかなかった。
穏やかに声をかけてくれた王太子を振り返り、小さくため息をついてみせた。
「殿下、わたしは本来この国が召喚する時期を早めて呼ばれたのですよね?」
「ええ、そうです」
早く手を打つことがそれでできると、そう話すけれど。
それはつまり、まだ神龍に必要とされる時期ではないということにもならないか。
「聖女の癒しを求めるほどに、神龍は弱っていないように感じますが……そうお伝えしても陛下はお許しくださらないのでしょうね」
「ここには聖女様はもちろん、近衛や竜騎士が来ています。こちらの報告を聞き、時期を見て帰還命令は降るでしょう」
優秀な王太子なのだろう、と思う。ただ、あの、地下室の様子は常軌を逸していた。二面性があるのか、そちらが本質なのか。
とにかく、だ。本当に神龍などというものに花嫁として向き合うなんてごめんだ。
どう言葉を変えようと、生贄だろう。
万が一にも、本当に出てきてしまう前に帰還命令を出してもらわなければ。
当初、弱った竜を討ち取り、余すところなく貴重な素材になる竜を得ようという話も聞いたが、きっともうそんな余裕はこの国の人たちにはない。国王の厳命が降っている上に、竜騎士隊が目を光らせているのだ。
王太子と、そんなやりとりをしていると、不意に天幕の外がざわついた。
風を切る音もする。
まさか、と身をすくめ、そして、かけられた声に安堵する。
竜騎士隊長が王太子に促されて天幕に入ってきた。
黒髪と金の目。その目が光っているように見えて、慌てて目を逸らした。魔眼、と呼ばれるそれが光るのに晒されると危険だという話だったはずだ。それを気にせずまっすぐに目を見て話す必要があったけれど、実際にギラギラしているのを見ればただただその眼光が、恐ろしい。
「殿下、申し訳ありませんが、数日遠征隊を離れます」
むっとしたように、王太子がその目を向けた。許可をとりにきたのではなく、告げに来た様子に腹を立てたのはわかる。
「許可した覚えはないが」
「辺境伯領から火急の報せで一度帰還するようにとのことです」
「辺境伯領から、か…」
他国と境を接する辺境伯領からの呼び出しを王家としても看過することはできない。それがそのまま、国の危険に直結しかねないからだ。とは、あとで王太子が説明してくれたことだ。
渋々了承を伝えた王太子の言葉が終わるのを待ちきれないように、竜騎士隊長は天幕から出ていった。
すぐさま、羽音が聞こえる。
さっさと。
さっさと、私たちも呼び戻しなさいよ。
辺境伯領で火急というのなら、他国からいっそ攻め込まれれば、近衛や竜騎士をこんなところに割いておくことはできないはず。
神龍は一国ではなく、世界に関わること。
だからこそ、神龍の儀式中は本格的な侵攻は行われない。
そんな話、記憶の片隅にも、残っていなかったから。
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