知らない異世界を生き抜く方法

明日葉

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 少し懐かしいような、妙に馴染んだ感覚が体に広がって、じんわりと暖かくなる。



 ああ、そういえば、倒れたな。


 と、直前の記憶を呼び起こして、ああ、また心配をかけたなと、内心でため息をつく。瞼は重くて、開ける気にならない。



 ただ、体を流れる感覚を思い起こして、はたと思考が止まった。
 そんなわけはない、と思うのにそれはもう、確信でしかない。
 こじ開けるように目を開ければ、案の定の金色の目が覗き込んでいる。切羽詰まった様子なのは、また、心配をかけたからか、と察する。


「ヴィクター様?」
「トワ!」

 1月にも満たない期間離れただけで懐かしく感じる声に呼ばれて、ほっとする自分に気づいた。こんなにこの人に依存していたのか。
 体に回されていた腕に痛いくらいに力が込められる。
 少し、震えているようにも感じて、心配をかけたのだな、とまたため息が溢れそうになった。心配性ですね、は、倒れた人間が言えることではない。ただ、今回もまた、倒れた理由がよくわからない。アメリアは動きすぎと言っていたけれど、自覚としてそれほど動いている感覚はなかった。元々の自分が動き回る量を考えれば大したことはない。
 働かざる者食うべからず、ではないけれど、お世話になる一方というのは落ち着かない。役割を与えられて、そしてあとはどれだけ自分にできることを増やしていくか。この世界で生きていく以上、自分に必要なのはこの世界で生きていく技術を身につけ、できることを見極め、役割を見つけて足場を固めることだ。
 ずっとお世話になって客人のままでは、ずっとふわふわと足場が落ち着かないままで居心地の良いものではない。たまの休暇でリゾートにでもいって遊び倒すならいい。そうではなくてここは生きていく場所なのだ。


 と思えば、動きもするし与えられた環境に見合っただけ努力もする。



「ヴィクター様、お仕事終わったんですか?」

「……」

 開口一番、と自分で思ったが、つい聞いてしまった。まさか、倒れたせいで呼び戻したのかと思えばいたたまれない。
 が、そういう予感はあたるのだ。いや、予感ではなかった。倒れたりしたら、ここの人たちがヴィクターに知らせないわけがないのだ。第一、竜たちが連絡を取り合っているから人間が知らせないようにしたとしてもフォスから伝わる。


「報せを受けて一度戻った。竜に乗れば大した距離じゃない」

「……」

「お前の体には魔力を流す訓練で俺の魔力が馴染んでいる。倒れたからといって他の魔力を流すのはかえって危ない」
「?」
 また魔力枯渇を起こしてしまったんだろうか。魔法を使っていないから、どういうふうに自分の中の魔力が減るのかもわからない。何に気をつけるべきなのかも。
「基本的に、他人の魔力が体に流し込まれるのは治癒魔法と攻撃魔法くらいだ。治癒魔法は互いの魔力を馴染ませながら行うのが基本だが、場合によっては苦痛を伴うこともある」
 治療に苦痛が伴うのは、魔法があっても起こるのか、ととりあえず理解する。そんなになんでもあり、の便利なものでもない。むしろわたしのように使えない人間にとっては魔法ありきのこの世界の様々なところが不便で仕方ないけれど。
 要するに、自分の方からも自分に馴染ませる、ということができないわたしには既に馴染んでいるヴィクターの魔力でないとさらに不調を起こすことに直結する、ということらしい。
 つくづく、迷惑をかけ倒している。


 声が漏れ聞こえたからか、控えめに扉が叩かれる。アメリアが扉の向こうで名乗ると、ヴィクターがものすごく渋い顔で返事をした。

「こちらから行くからもうしばらく待っていろ」

 まあ、この抱え込まれた状況を見られないのはいいけれど。しばらくまだ、このままということか、と今の返答から理解した。



 過保護なヴィクターに念入りにケアをされ。いやケアをしてもらって、ようやく動くことを許された。
 体が軽い。なるほど。じわじわと、なんらかの不調を抱えていたのは事実らしい。
 騎士というのは、どこまでも女性を労らないと落ち着かない人なのか、この上さらに抱き上げてアメリアたちのところに連れて行かれそうになり、なんとか固辞した。もう大丈夫だと説明するから休んでいろ、と言われたのを、倒れた理由もきちんと理解しないとこれから困るし、心配をかけたから顔を出したいと言って渋々承諾させたあとだったから、かなり眉間に皺がよっている。
「ヴィクター様のおかげでもう、体もすっかり軽くなったくらいですし。自分で歩けないような状態なのかと心配をかけてしまいますから」
「…実際そのくらい、問題のある状況だったんだぞ」
「そのあたりは、教えてください。何が悪かったのか、何に気をつければいいのかわからないと、またご迷惑をかけてしまいます」
「そういうことじゃない。第一迷惑ではない」
 うん。言いたいことはわかる。迷惑だから言っているわけではなくて心配して言っているのに今の言い方はなかった。
「すみません。そういうつもりで言ったんじゃないんですが」
 ものすごく大きなため息が降ってきて、肩にヴィクターの額が乗せられる。疲れているところにさらに大変なことをさせてしまったのだ。申し訳ないと思いながら、思わず髪を撫でると、驚いたように顔を上げる。
 わたしからすればかなり年下の男の子に迷惑をかけて、疲れてこの状況なら労わろうという反射的な行動だったけれど、そういえば今、外見的には明らかに年下なのはわたしの方だ。しかも、貴族で竜騎士隊長が頭を撫でられるという状況に置かれることは。
 ないだろうな。

「あ、すみませ…」

「いい」

「え」

 戸惑っている間に、また肩に頭を乗せられ、もっとやれということか、と勝手に解釈をした。艶々とした黒髪は少し硬めで、でもなんだか大きな犬でももふっている気分になる。






 ようやく、アメリアたちのところに顔を出すと、いつもの面々に加えて辺境伯夫人も心配そうに待っていた。
 タイちゃんが少し不満げにヴィクターを見ている。
「僕まで追い出すことないのに」
 なるほど。あの部屋から追い出されたことが不満らしい。タイちゃんの特性からしたら、自分でなんとかできそうなものなのに、その役割をヴィクターに譲ったということはやっぱり、何か面倒な状況だったのだろうか。


 そう思って、セージ先生に目を向けると、なんだかとても面白がっている顔をしている。またヴィクターに嫌な顔されそうだけどと笑いそうになってしまった。
「君は、実に手のかかる体質だね」
 そう切り出したセージ先生が、状況を説明してくれた。






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