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しおりを挟むフォスが、ヴィクターに明かしたのだ、という。
フォスは、番竜から聞いたのだという。
そもそも、竜たちは。いや、ヒト以外は、気づいているのだとか。
真実、力の弱まっている神龍がいる。
納得のいくまで魔力循環をしたヴィクターが、なぜかわたしの部屋ですっかり寛いだ様子で話した内容は、それだった。
つまり、竜騎士隊の竜たちもそれには気づいている。だが、それを絆を結んだ竜騎士にも語らない。それが竜族だけではなく、全てにとっての重大事だからだ。教えられなければ気づくことのできないヒトに、それを教えることの危険性が排除できなかったのだろう。
順番に、とはいえ、結果的に国や個人の都合で聖女召喚を行い、魔素溜まりや瘴気の浄化を行うことで世界を正常に保っている、といえば聞こえがいいが要は勢力争いをしているのだ。
今回のこの国が行った召喚がその最たるものだ。順番さえ無視し、非人道的な方法で召喚に必要な魔力を蓄積した。世界の意思、というものがもしあるとしたら、その行いがそれに添うものであるとはあまり考えにくい。
竜たちが皆気づいてるというのだから、それはフォスが明かした内容ではないだろう。そのとっかかりではあるのだろうけれど。
そう思っていると、珍しくヴィクターが言い澱む様子がある。
言葉が続けられるのを待ちながら、金色の目が揺らぐのを、珍しいものを眺める気持ちで見つめた。
その視線に気づいたようで、目が細められた。長い腕を伸ばし、大きな手がわたしの両手を一まとめにして握り込む。硬い手のひらに込められた力は優しいけれど、力強い手の感覚はもう馴染んだもので、言いようのない安堵感に包まれた。
「神龍が何体いるのか、俺たちは知らない。そもそも、神龍の存在自体が実在するのか人族にとってははっきりしない。ただ、フォスが言うには、今力が弱まっている神龍は一体ではない、という」
「本当はどこの国が聖女召喚を行うはずだったんですか?」
「北方の国だ。もちろん、その国でも聖女召喚は行なっているはずだ。だが、人が召喚する聖女は、瘴気を浄化したり、魔素溜まりを浄化したりまではできたとしても、それ以上はできない」
「…できない…??」
そもそもが、神龍の花嫁になるために呼ばれているのではなかったか。弱った神龍を助けるために。
ヴィクターも、確信はないまでも疑ってはいたのだという。本当に、神龍と渡り合うほどの力を持つ聖女であれば、国単位で簡単に呼べる方法を順番を守って行うだろうか。それこそ今回のこの国のように抜け駆けは当たり前になるだろう。
何より、どこの国も本当にそのような龍が弱っているのなら、討伐して優れた素材を得ようと一度ならず考えていると言うのだ。そんなところに、召喚ができるようにするだろうか。
真実、神龍のために呼ぶのであれば、神龍の力の弱まりを察知できる種族が、適した時に行うだろう。
聞くほど、もっともな話だった。
「トワ。お前は神龍のためにこの世界に来た」
「え…」
それなら、巻き込まれたのはあの、城にいる聖女の方なのか。
こちらの頭が混乱するのを遮るように、ヴィクターが先を続ける。
「これは推測だが、お前がくる時に、ちょうど、この国でも召喚術を行っていた。ちょうどよかったんだ。そばにいる人間をつながっているところから引っ張るだけでいいんだ。あの聖女は、確かにこの国が召喚した人物なんだろう」
でも、喚ばれた感覚は、ない。
気がついたらいたのだ。何かを告げられたりもしていない。何をするのか、当然知らない。
言葉にならない混乱と否定の数々で、体が震えそうになる。
いや、きっと震えていた。ヴィクターが手に力を込めて、しっかり手を握ってくれた。
「お前に無理強いはしない。フォスもそう言っていた。全てを聞いてから、お前が選んで決めていい。まだ、時間はゼロになったわけではないから、次の手立てを考えることもできる、と」
「次が必要な話なのですか?」
神龍の話は、伝説とか、言い伝えのように聞いていたから、どこまでが本当なのかが分からない。
ただ、それはきっとヴィクターも同じなのだろう。
「トワの気持ちが決まったら、話をするから竜の棲家に来て欲しいそうだ。俺の同行は認めさせた。ただ、そもそも聞く必要はない、そんなことは知らないと言うことであれば、それも仕方ないと言っていた」
「喚んでおいて?」
否も応もなく、気づけばここにいた。
選択させるなら、その段階ではないのか。この世界を見させて、それから判断させるということだとでもいうのか。だとしたら、帰れるとでもいうのか。
そこまで考えて、ふと思考が止まる。
帰りたがっているんだろうか。わたしは。
ここに来て、訳もわからず。でも、助けてくれる人たちに守られて、結果的に不自由はなく。
それでも、状況を考えれば帰りたいと、帰してと感情的になってもおかしくない状況なのに、そんな感情が湧いた記憶はない。
忘れているだけで、ここに来る段階で何らかの覚悟を決める手順が踏まれていたのか。それとも何か、感情が壊れてしまわないようにする防衛的なものが働いているのか。
思わず口をついて出た言葉に、ヴィクターが怯んでいる。
それなのに、その言葉に見合う感情が、自分の中に見当たらない。一度も湧いた記憶もない。
薄情、なんだろうか。
「ヴィクター様。お城の聖女様はどうなるのですか?」
「…国が呼んだ聖女であることに変わりはない。ただ、起こした騒ぎの始末は、つけることになる」
当たり前のことだ。
ただ、今ここでヴィクターから聞いた話が耳に入れば、怒り狂うのだろうな、とふと思った。面倒だな、と。ただの、持つ意味もわからない対抗心ではないのか、あれは。
「フォスたちの話は聞きます。聞かないと、選ぶことも決めることもできないので。…ただ…」
「トワ?」
言い澱んでいると、穏やかな声が先を促す。
「今は少し、休みたいです」
「ああ…そうだな」
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