39 / 88
Side another 4
しおりを挟む「ヴィクターは?」
帰還する遠征隊の上空をふと見上げると、ずっとそこにいたはずの竜騎士隊の飛影がない。
離れて編隊を組んでいるという様子でもない。
王太子は、見上げる様子もなくその目を穏やかにこちらに向け、当然のことのように答える。
「竜を休ませるために遠征後は竜騎士隊は辺境伯領に立ち寄るのが慣わしだ」
「え」
だって。
まだ、帰還をしていないではないか。護衛、ではないのか。
残った近衛騎士隊がおそらくは実戦に向いていないことはわかる。貴族子弟の人脈づくりのような機能の隊ではないのか。
瘴気だ、魔物だと。
そんな話をしているのに、なぜ実戦に耐えられる部隊を帰してしまうのか。
「それは、帰還報告の後のお話ではないの?」
気安く話すことを許されている。その優越感はあるが、今はそれよりも心細さが勝る。
剣など装飾品で、まともに振るったことがないのではないかと思うような美しい顔で王太子は微笑みを向けてくる。
「今回は陛下の許可がある。わたしと竜騎士隊長の妹、アメリアの婚約が解消されたこともあって、配慮されたんだろう」
「婚約解消?」
聞いていない。
確かにそれは望んだ筋書きだけれど。
王太子の寵愛を得ることで立場と富と名声。竜騎士隊長からは身の安全と、誰にも冷徹な美しい人を従える満足感……。
攻略対象それぞれを身の回りに置くつもりでいた。それが全く、知っている筋書き通りに話が進まない。
あんな、イレギュラーが混ざり込んだせいだ。
「辺境伯家から申し入れがあったそうだ。竜の力を傘下に収めている辺境伯家との結びつきは本来王家には絶対に必要なもの。陛下もそれを受け入れて今後どうされるおつもりなのか」
「…その口ぶりでは、殿下はアメリア様と婚約したままでいたかったように聞こえます」
甘えた口調で言えば困った顔をすると予想したけれど、違った。
その意味を読み取れない微笑みで、言葉は返ってこない。
「聖女がいる際は、聖女も王家の方と婚姻関係になると教わりましたが」
「そういうことも、ある」
なんだろう。
本当に、思う通りに進まない。全く知らない世界のようだ。イベントもきちんと発生しないし、結果、話も進められない。
「殿下、遠征隊の戦力がこれほど減って、大丈夫なのですか?王太子殿下がここにいらっしゃるのに」
「近衛もいる。問題はない。それに、途中立ち寄る街にかける負担も減らせる」
人数が多ければその分、宿泊する街への負担は大きくなる。
そこまで説明されれば言いたいことはわかったが、王族が、聖女が立ち寄っているのだ。名誉なことと受け入れているのではないのか。
「魔素溜まりの発生が増え、瘴気の影響もある。作物の生育にも影響が出るからどこも豊かな訳ではない」
不意に、殿下の背後から側近が言葉を付け足す。
この人も攻略対象だった。けれど、早々に対象から外した。何せ、口うるさい。
それに、この距離でいる2人に同時に、は印象が悪くなることが分かった。そこも、違う。うまく立ち回れるように、話ができていたのに。双方が必要なのだと納得するように。
まるで現実のように人が感情を動かす。
途中、立ち寄った町で魔素溜まりが近くに発生していると報告を受けた。
そんな危険な場所、と次の町まで行ってしまいたかった。そう伝える前に、その場にいる人たちの期待の目が向けられる。
聖女ならば、と。
そんなこと、できるわけがない。だって、実際に目にする予定なんてなかったから、訓練の時間は全部、あの毛玉にやらせていた。理屈だってわからない。そんな恐ろしい場所、近づきたくもない。
毛玉がいないのだから、できることなんてない。
聖女が使うという光の精霊の力を借りた魔法も、聖魔法も、覚えてない。
言えないけど。
率先して、王太子が付き添ってくれる。
ありがたくなんてない。王太子だって、危ないだろうに。
ただふと、あのお披露目会の日、国王が魔素溜まりの対処に出ていたことを思い出す。
そういえば、王族もまた、光魔法を使うのではなかったか。
「殿下…」
「どうした?」
こちらの緊張をほぐすように、優しい声で応じる。この人は本当に、良い方なんだろう。あの、地下室の異常な状況は二面性なのか。
「慣れない遠征のためか、魔力があまり残っていません」
魔力、というものを感じ取ることはできた。人として多いのか少ないのかはよく分からない。ただ、それを使ってさまざまな魔道具を駆使し生活するこの世界は、よくできていると思う。
「わたしも手伝おう。まだ陛下ほど使いこなせてはいないが、わたしも魔素溜まりや瘴気に対処する術は学んでいる」
やっぱりだ。
そんな設定はなかったけれど、思った通りだ。だから、王族という立場も守られているのかもしれない。そういった特別な魔法を扱う一族を中心に。
案内された場所は、気分の悪くなる場所だった。
どんどん空気が澱んでいく。
瘴気が濃いから、と、途中で同行する人が減らされた。耐性がないと危険なのだ、と。
そんなもの、あるというのか。誰がそれを確認してくれたのか。聖女ならばと、確認もせずに連れてきていないか。
魔素溜まり、は、汚い水たまりのように見えた。
黒い煙のようなものが立ち上っている。
タールや原油でもそこに溜まっているみたいだ。
「これが魔素溜まり?」
「まだ小さい。早いうちに見つけて対処できるのは不幸中の幸いだな」
王太子は、守ってはくれるけれど逃げさせては、くれない。
そして、逃げることはできない。そうした瞬間、居場所を失い路頭に迷うことは目に見えている。
「神龍は出会えなくても、一つ魔素溜まりを浄化できれば、遠征の意味もあったというものだ」
暗い気持ちで、耳に入ってくるその前向きな言葉を聞いた。
40
あなたにおすすめの小説
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる