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しおりを挟むさすがは妹君、と手を叩きたくなるくらいにヴィクターはアメリアの言葉に思惑通りの反応を示した。大丈夫な匙加減、をこちらも確認しながらできることを増やしてきたのだ。ヴィクターが帰還した途端の過保護で全てをなかったことにされてはたまらない。
そのことについては、アメリアをはじめみんなにお願いをしていた。
どういった理屈かはセージ先生にもタイちゃんにも誰にも分からないようだけれど、わたしが作る料理はさまざまな効果があった。ただ、その件については知られる相手はよく選ばなければならないと釘を刺されている。
わたしが自ら進んでふれて回ることはまずないけれど、偶然知られることすらまずい、と険しい顔で言われたのは、その効果の中に「浄化作用」があるとわかった時だ。
どこをどうすり抜けてきたのか、たまたま食材の中に瘴気に侵されたものが混ざり込んでいた。
セージ先生が席を外していた時で、戻ってきた時に何かの気配を察したかのように慌てて取り除いたが、その時にわかったのだ。料理を駄目にする危険はあるが、そのまま続けるように言われ、調理が終わった時には、その食材はすっかり浄化されていた。むしろ、疲労回復の効果までついていたらしい。
よくできた世界だな、とぼんやりとその時は思っただけだったけれど、そんなに簡単な話ではなかったわけだ。
けれどそれはつまり、使いようによってはわたしでも助けになるということだ。
調理のすべての段階をやらなければいけないのか、一部だけでいいのか、どこかの過程をやることによってなのか、まだ検証すべき点は多い。
だが、瘴気で周辺のものが侵されている場所に行かなければならない時、わたしが一緒に行って調理を行えば、確実に安全なものを口にできるということなのだ。
くれぐれも、城の関係者には知られるな、とレイ殿下に口を酸っぱくして言われている。
王族に連なる人が言うと、説得力がものすごい。陛下にご報告する必要はあるのでは、というと、考え込んでしまった。わたしを庇護してくださっているのは辺境伯家ではあるけれど、それを許し、さらに余計な横槍が入らないようにしてくださっているのは確実に、陛下だろうと思っている。
とにかく、ポーションを飲むより効果的だと言ってもらった料理をヴィクターにも食べてもらいたい。食材に薬草を入れたらどれほどのものかとセージ先生がうきうきしていたが。
もともと、料理が得意だったわけでも好きだったわけでもない。それでも、食べてもらいたい、と思えるくらいにはこちらにきてやっと見つけた「できること」を繰り返しやってみた。少し味気なくも感じていたこちらの料理と比べて、自分で食べても割と美味しい、と思えるようになってきた。
正直なところ、疲れを取り除きたいとかそんな、ちゃんとした理由ではなかった。
たくさん、助けてくれたヴィクターにただ、「美味しい」と言ってもらえるか、確認したい。
それぞれに思惑はあるにせよ、そもそもこちらの料理をわたしが味気ない、と感じることがあると言うのが一番アメリアたちがわたしが料理をすることを認めてくれた理由だった。
浄化できるなんて、都合がいい、とか。そういう理由じゃないのがすごいなぁ、と思う。
慣れないと口に合わないかもしれないが、根菜のような野菜たちと、脂分の多い肉を使って、豚汁のようなイメージの料理を作る。味噌を使うけれど、主食がパンなので少しミルクを入れてパンに合う味に整える。いつも肉は塩味で焼いたものだった印象があるので、ブレイクに手伝ってもらって肉をミンチにして、ハンバーグにする。シンプルな味付けのステーキは好きだけれど、それしかないとなると話は別だ。
やりたい、と言いながらもまだ慣れなくて手際も良くない。だから品数はどうしても少なくなってしまう。そこは、遠征から戻った主家の子息を労いたい本邸の厨房からあれこれと届けられた。向こうの厨房の人たちも、こちらではわたしが料理をすることについては容認してくれてる。最初こそ、仕事を奪うのかと反発があったが、こちらはセージ先生と研究している調味料などが形になったら提供したり、わたしが記憶しているレシピを伝えることで解消された。今では積極的に食材を分けてくれたり、研究に足りないものはないか気にかけてくれたり、わたしが知らないことを教えてくれたりする。
「これを全部作ったのか?」
食卓に並んだ皿数を見てヴィクターが眉間に皺を寄せる。
別に、無理はしていないし、そもそもできないところが多くて、助けてもらっていることの方が多い。
「そんなに心配しなくても、前のように倒れたりしません。自分では分からないですが、タイちゃんが気を付けてくれていますから。あと、これはわたしだけではなく本邸の厨房の方々から届いた料理の方が多いです」
「…トワが作ったのはどれだ?」
先に椅子を引いて座らせてくれる紳士ぶりを発揮しながら問いかけられ、手前に置かれた皿を示す。
「この3品だけです。お口に合うかわかりませんが」
「見たことのない料理だ。お前の祖国の料理か?」
頷くと、そうか、と短く頷く。
他の離れの面々はもう先にテーブルについていて、ヴィクターの反応を今かいまかと見つめている。「味噌」を初めて口にした時の反応はそれぞれに異質なものに出会した驚きを示してくれていた。
ただ、拒絶する人は今のところいない。
「…知らない香りだな。少し口に入れるのに抵抗がある香りだ」
苦笑いして言われて、そうだろうな、と納得する。発酵しているのだから。それでも黙って口に運んでくれるのを待つ。
汁物の肉を口に運んで、少し間を置いて汁を啜る。
それから、ハンバーグ。パンをちぎって、少し驚いた顔をしていた。こちらは、ハード系のパンが多い。ハード系といえば聞こえがいいが、ただ、硬いパンなのだ。しかも、ものすごく。だから、ふわふわのパンを作ってみた。見た目はパンなのに触った感触から違って驚いたようだ。
そんな反応を楽しみながら、みんなも食事を始める。
遠征のこと。
明日からの竜の棲家への旅のこと。
そんな話をして賑やかになるかと、少し思っていた。
少しして、ヴィクターが手を止めてこちらを見ていた。
金の目が、なんだか困ったように、でも柔らかく笑っている。
「トワ、このパンは、明日からの移動にも移動食で持っていけるか?」
「!はい、もちろんです。食べやすいようにサンドイッチにもしましょう」
「サンドイッチ?」
知らない言葉ですよね。そうですよね。
でも、説明する前にヴィクターがため息をついた。
「困ったな。トワの料理を食べるのが、楽しみになってしまった」
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