知らない異世界を生き抜く方法

明日葉

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 人が喚んだ聖女も、魔素だまりを浄化する。
 それならば、似たような役割を果たすのではないのか。神龍の継承の手伝いはできなくても、龍脈が滞らないような補助が。

 そう思ったけれど、あっさりとそれは否定された。
 彼女たちの行う浄化は溜まった魔素を消すことだ。そこに滞留しやすくなっている原因を取り除くことはない。
 要するに、目に見えている状況を取り除くことはできても根本からの解決はできない。いや、できないし、知らない。
 同じ場所で繰り返し発生を続ければいずれ思い当たる者も出てくるかもしれないが、神龍が機能している限りそれほど頻発して繰り返されることもないという。


『そろそろヴィクターに伝えても?』

 不意に、フォスの声が割って入った。
 ヴィクターはずっと、会話の片方しか聞こえないままずっと側に付いてくれている。言いたいことも聞きたいこともあるだろうに、竜に敬意を払うヴィクターはじっと会話に招かれるのを待っている。
 ここは竜族の領分であることと、そしてきっとこの蒼竜は竜族の中でも上位の竜なのだろう。
 竜騎士隊の隊長の竜だから、という理由ではなく他の竜たちを従えている様子のこの白竜が蒼竜に従っているのは、番竜だからという理由ではなさそうだ。

 フォスから伝えられたらしいヴィクターが、気色ばんで口を挟むのと同時に、長い腕に抱え込まれた。

「竜の魔力を預けるなんて、トワを殺す気か!」

『受け入れるのに十分な器は備えている』

「トワは魔素を魔力に変換できずに魔素のまま受けるんだぞ。魔力を流すこともできない。それでも問題がないと?」

『預けた魔力はそのまま持っていれば良い話だが…。しかし…フォス、トワが魔力を流せるようになる見込みはあるか?』

 問いかけに答えたフォスの声は、困ったような色を帯びている。
 なんとも言えないわね、と。

 セージ先生にあれだけ教えてもらっても、未だに水道から水を出すこともできないのだ。今だって、ヴィクターがいなければきっと、あっという間に魔力酔を起こしてしまう。


 魔力過多の心配はなくても、循環させなければそれはきっと、魔素だまりと同じように毒になるんだろう。
 考えこんだ蒼竜の様子からそう推測する。
 体質なのか、能力的な問題なのか。
 正直、そんなに強い魔力を預けられるのであれば、使えない、ということは利点だと思う。絶対に、悪用ができないのだから。自分の意思では。
 なんらかの方法で外的な力でそれを使うことはできるのかもしれないけれど。実際、魔力の流し方を教えてもらうのにヴィクターには似たようなことをやってもらっている。
 ただ、魔力は一人一人違う性質を持っているから、下手に干渉すると危険だとセージ先生も話していた。だから、馴染んでいるヴィクター以外の魔力を流してもらうことは危険だとも言われている。


『トワ、お前の器は、神龍たちの魔力を受け取ることはできる。だが、今の話だと、預かった新龍の魔力で龍脈を循環させることができない。そして、龍脈を流れる魔素で循環に使った魔力を補うことができないということだ』

「…っ」

 それでは、役に立たないではないか。
 本当に、この世界では足手纏いでしかない体質が、さらに迷惑をかける。

 もう、会話はフォスがヴィクターに伝えているんだろう。先ほどでも痛いほどに抱え込まれた腕にまた力がこもる。
 頭ごなしに否定しようとしていたヴィクターが、何かを察したようにため息をついた。そうして、背後からわたしの肩に額を埋める。

「トワ、お前は引き受けたいのか」

 引き受けたい。
 ここに来た意味が、やっと与えられた。意味もなく、元の世界のあらゆるものから引き離されて、そしてこちらでも何もできずに人に助けられないと生きていくこともままならない。
 その存在意義そのものに自分で疑問を繰り返し抱く、どうしても落ち込んでいく思考の渦から、やっと少し抜け出せる気がしたのだ。
 作った料理で、癒しの効果があると言われた。魔素だまりの影響を受けた場合にも効果があるかもしれないと、そんなことも、セージ先生と話していた。タイちゃんと契約した影響ならばその可能性は高いと。
 それでも十分だった。
 でも、根本から役に立てる選択肢を示されて。



 それなのに、結局できないなんて。



 きっと、次を探すのだって、そんなに簡単な話じゃないんだろう。
 複数の神龍が必要としているのなら、簡単な話なら神龍と同じ数を呼ぶだろう。


 時間をロスさせただけだ。



「引き受けたい…けど、蒼竜の言うとおりなら、わたしじゃ役に立たないです」



 やっと答えると、先ほどよりも深いため息をヴィクターがつく。暖かい息が、背中に当たる。



「複数の種族から、側で守るものを出すのなら、ヒトからは俺がなろう。つとめの補助もしよう」

『金眼の黒持ちでも、無理だ』

 わたしが反応する前に、即座に蒼竜が否定する。
 だが、ヴィクターは退かない。

「無理ではないように、いくらでも工夫をしよう。無理をしてできなかった、ではトワを守れない」

『……』

 蒼竜が黙ってしまう。
 止めて。そこまで、甘えられない。この人たちのために引き受けたいいのに、引き受けることでさらに迷惑を、面倒をかけてしまう。

 けれど、驚いて声が出ないでいる間に、蒼竜が立って動いた。

『誰が側にいることを許されるかは、神龍次第だ。一緒に来い。だが、聖女は龍の時間を生きることになるぞ。ヒトは短命だ』

「時間を近づける方法があることは、お互い承知しているだろう」



 辺境伯家は、まだその方法を記憶しているのか、と、蒼竜が呟いた。先ほどから、フォスを介さずに会話をしている。



 そのまま飛び立つ蒼竜に続いて、ヴィクターに抱えられてフォスの背に乗り、暗い谷に飛び出した。
 切り立つ谷を見上げると、細長く見える空は星が散りばめられ、今にも降ってきそうだ。





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