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しおりを挟む自分に疑いがかかることはないと信じて疑わない様子で、瘴気を発している本人は緊張した表情で神官長の問いに答えるように顔を上げる。
その仕草は、瘴気を浄化することが自分の使命であると、そんな正義感に溢れた姿にも一見取れてしまう。
実際は、魔素や魔力でも致命傷になるわたしに、瘴気を浴びせているだけだ。王都の竜舎でやったのと同じように。
魔素には耐性があり、魔力も膨大な竜も、瘴気に変化してしまえば毒でしかない。竜たちにとっては瘴気を生まないように龍脈を守る務めを担っている種族だという自負もあるだろう。
だからこそ、相手を選んで絆を結び、竜騎士に力を貸しもするのだ。
「随分、濃い瘴気のような…」
しらじらしい、と言葉を叩きつけてやりたくなる調子で彼女は真剣に、神官長を見上げる。
感じ取ることもできないわたしに比べ、瘴気を感じることができる彼女は、確かによほどこの世界に適応しているんだろう。
「これほど濃い瘴気にあてられては、すぐに命を落とすか魔物化してしまう」
こちらは本気で緊張した様子で、瘴気の出所を探る様子を見せる。
けれど、その状況でわからないのであれば、出どころに気づくことはできないだろう。瘴気の発生源の中にいるようなものだ。そうなってしまえば分からないものなのかもしれない。
「辺境伯、この敷地に魔素溜まりが発生しているのでは」
「…神官殿も聞いたことがあるのでは。竜の棲家では魔素溜まりは発生しないと。彼らがあれほどの魔力を有する個体でありながら維持できるだけの魔素を含んだ場所に棲んでいるということです」
「竜が浄化している、と?」
「違います。魔素が溜まる前に彼らが自身の魔力に変換しているということです」
元来、魔素の多い土地なのだと暗に言っている。けれど、それはそうだろう。龍脈の真上にあるようなものだ。それは、今回ヒソクと会って分かったことだけれど。
魔素を使いきれずに溜まったままにしてしまうのがヒトで、結果瘴気を発生させて他の種族にまで影響を及ぼしているのかもしれない。だかr、その対処手段として聖女という存在が生まれた。
けれどその聖女さえ、本来の目的を見失い政治利用をするようになっている。
聖女自身が、正しく知識を与えられないことで利己的な存在になり始めている。
勝手な都合で召喚をして、使い倒してしまうのもひどい話だけれど、その立場を利用してこの世界で生きている人たちのことをまるでゲームの駒か何かのように扱っているように見える今の聖女の状況もおかしい。
ノルに辛い思いをさせたどこかの国の聖女は、使い潰された聖女だったけれど。
今、目の前にいる聖女は、聖女と名乗りながら正反対のことを平然と行っている。
この話をあまり長引かせてしまえば、王都で王弟殿下たちが慎重に進めている話が想定外のところで勝手に進んでしまう。
それはそれで、良いかもしれないけれど計画的に進められないということは思いもしない被害を出すかもしれないということだ。
同じことを考えたらしい辺境伯が先ほどの神官長とのやりとりに続けてため息をつく。
「先日、王家の馬車でこの地に入ろうとした聖女様を竜は覚えています。一度は話を聞かないと聖女様も納得されないようでしたので領地に入る許可を出しました。竜が騒ぐので、いる間は邸に近づかないように言いつけています」
「…一帯の竜を辺境伯は従えられるということですか」
その言い回しは、脅威に取られる。
いや、実際にそう感じたからそのような言い方をしたんだろう。
面倒だな、と思ったのはわたしだけではないらしい。けれど、聞き流すことにしたようで辺境伯は口の端に僅かに笑みを見せる。
「竜を従えることなど、できるはずもない。我らはこの地で共存しているだけです。竜にとっての煩わしいものが竜の土地に踏み入らないよう、我が家はここにあるだけですよ」
煩わしいもの、が誰を指すかを察して思わず笑いそうになる。気づいたヴィクターの手に力が込められて踏みとどまったけれど。
どうして分かったのか。本当に察しがいい。
「とにかく、そんなわけで、この家の周辺の魔素を使う竜がいないので、少し滞っているのでしょう」
言いながら、帰りを促すように立ち上がり、言葉でもはっきり伝える。
「先ほどもお伝えしたとおり、今回来訪の用件は我が家の娘に聖女様がお話があるようでしたが、その前提が食い違っている。謝罪も必要ありませんし、息子に言われても竜騎士隊を一存で動かせるわけではありません。辺境伯領は瘴気が湧いているなどとおかしな話が流されても困りますのでそろそろお開きにしましょう。竜の出入りを自由にさせたい」
「そんな、せめて少し竜騎士隊長とお話だけでも。先日の遠征のお礼もできていません」
「息子はそれが仕事です。不要ですよ。なんなら、目の前で今仰ったそれだけで十分です」
ヴィクターが迷惑そうな顔をあからさまに見せるのを横目に、辺境伯は取り合う様子も見せず、座ったままの聖女を見下ろす。
これ以上はと、さすがに神官長が先に立ち上がって聖女を促した。ここまであからさまに迷惑がられることはあまりないのだろう。むしろ聖女を連れていて喜ばれ歓迎されこそ擦れ、とそんな気持ちが顔に出ているけれど。
「…神官長」
不承不承立ち上がった聖女に言い聞かせている彼に、不意にヴィクターが話しかけた。
怪訝な顔を向ける彼に、ヴィクターが怒りを孕んだ目を向けている。
「神殿は、随分と狭量な場所になったようだ」
「何を」
「あなただろう。命じられたのかもしれないが、精査することもなく、ただ一言、自分が聖女だと名乗ったことを理由に一方を信じ、巻き込まれたのがどちらかなのかも正しくは分からないまま他方を目標も定めずに弾き出した」
神官長の顔がこわばる。
「言われてする謝罪など必要ないが、あなたはトワに謝罪すべきだっただろう。幸い、うちのフォスが拾ってくれて命は助けられたが」
返答を聞く気はない、というように、まだ客人が部屋を出る前にヴィクターは部屋を出る。もちろん、しっかりとエスコートされてわたしも。彼らの側を決して通らないようにされて。
2人がどんな顔をしているのかは、怖くて見ることはできなかった。
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