知らない異世界を生き抜く方法

明日葉

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 部屋を出て、すぐに家に戻るのかと思ったけれど、ヴィクターはそのまま邸の奥に進んでいく。
 辺境伯たちと話があるのかと顔を見上げたけれど、厳しい顔をして金色の目はこちらを見ない。いつも自分に向けられるその目が穏やかなのだと、こうやって他に向いている様子を見て改めて思う。

「部屋には誰も近づけるな」


 たまたますれ違った侍女に言葉少なに言いつけたヴィクターの足がどこに向かっているのか、その時にはもう分かった。随分長く離れに滞在させてもらった邸だ。本邸の中も広いとはいえだいぶ覚えている。


「ヴィクター様の部屋に行くのですか?」

 なぜ、と思いながら言葉にすると、ようやくヴィクターの目がこちらに向けられた。ただ、足は緩められることなくどんどん進んでいる。

「ああ、すぐには帰れない」

 そう答えてくれた時にはもう大きな扉に手をかけていて、辺境伯邸のヴィクターの部屋の中に一緒に入ることになる。ほとんど離れで過ごしたけれど、それでも何度か通された部屋は几帳面に整えられていて、落ち着いた色調の家具で揃えられている。

 滑り込むように部屋に入ると、そのままヴィクターに抱え上げられた。驚いて思わず小さく声をあげたけれど、構う様子もなくそのまま大股で向かっている先には寝台がある。


「え、あの、ヴィクター様??」


 反射的に体が緊張する。
 ここに来る前の番、という話もあるし、辺境伯たちへの突然の報告も思い出してしまう。

 けれど、いきなりそんなことをするような人ではないのだ。

 説明を聞いて、かえって自分が想像したことを反芻して恥ずかしくなる。

「瘴気にあてられすぎた。このままフォスに会うわけにはいかない」

「あ…」

「父上たちも聖女を送り出したらそれぞれに対応するはずだ」

「でも」

 思わず口をついて出る。
 自分でなんとかできるなら聖女なんていらない。聖女でなければ浄化できないのではないのか。

 うまく疑問を言葉に変換する前に、ヴィクターがわたしを抱えたまま寝台に腰を下ろす。抱え直され、膝の上にしっかりと乗せられた上で分厚い胸板に閉じ込めるように抱きしめられた。

「あてられただけで吸収したわけではない。しばらく魔力を循環させれば瘴気も追い出せる。聖女が必要になるのは、体内の魔力と瘴気の割合の問題だ。魔力循環でどうにもならない量を体内に取り込めば、浄化が必要になる。悪いものを食べれば、腹を下すだろう?」


 わかりやすい。
 わかりやすい例えだけど…。理解するために想像して、なんだか力が抜けてしまった。とりあえずは、お腹を壊すだけで病院にかかる必要もない程度で済んだ、と理解すればいいということなのは分かったけど。


「ということは、この状況はわたしが分かっていないだけで、わたしも瘴気にあてられているからヴィクター様に魔力を強制的に循環させてもらわないといけないという」

「それもある」


 ん?


 それもある、とは?

 他に何が?



 身動きできないほどにがっちりと抱え込まれていて実際はできないけれど内心で首を傾げる。


 不意に体が浮いたと思うと、寝台の上に転がされた。

「あのっ。ヴィクター様の力があるのは分かるのですが、そう有無を言わせず持ち上げたり転がしたり…んむっ」


 思わず抗議すると途中で文字通り、口を塞がれた。
 大きな手が背中を撫で、もう一方は逃げ道を塞ぐように頭に添えられる。


 食べられてしまいそうだ。


 心地よい感覚が全身を流れて、ヴィクターの魔力が流されているのを感じる。すっかり慣らされた体は、ヴィクターの魔力の心地よさで力が抜けてしまう。


「このまま、トワ、お前を番にする」


「!?」

「お前の同意を待っていたら、お前はいつまでも俺に申し訳ないだの、身分がだの、どうでも良いことばかり言って答えを出さないだろう」

 それはそれで、断る、という答えを出しているのでは。

 と一瞬頭をよぎる。そして、その通りだろうとも。それは、本心では嬉しい申し出だけれど受けられないという断りの文句。その本心を読み取っているかのように、その断りは受け入れないらしい。


 どれだけの時間、神龍の器として過ごすことになるか分からない。寿命の長いエルフ族や獣人族とも知り合えており、精霊の加護もある。1人になるわけではない。
 それでも、ヴィクターやアメリアをはじめとしたヒトとはいずれ別れなければならないのだろうと、決めきれない覚悟をいずれ嫌でもしなければならないのだろうと思っていた。
 それまでに、自分だけでままならないこの体質とも付き合えるようになっているのだろうか。
 そんなことを考えながら、それをなんとかしようよりも、寂しさや心細さが先に立つ。


「トワ、受け入れろ。方法は、ノルから聞き出してきた」

「いつの間に…」

「お前が俺を拒絶したとしても、俺はずっとそばにいる。どちらにせよ、他の伴侶はいない」

「いないって」

 まだ分からないと言おうとして、続けられない。再度唇が重なり、離れると金色の目が細められてこちらを見下ろしている。

「フォスが認めたものしか俺には近づけない。お前が現れた以上、あいつは他を認めない」

「……」

「と、責任を感じさせる言い方をしたが、俺も、他はいらない。絆を結んでいる竜と人は似たもの同士なんだ」


 妙に、納得した。



 それでもまだ、自分で答えることを躊躇って、答え自体も迷っていると、ヴィクターがにやり、と笑った。初めて見るような、楽しそうな顔で。


「どうせお前は決められない。進めるぞ。お前が本心から拒めば、番関係を結べずに終わるから分かる」



 そんな、という抗議の声はまたも、ヴィクターの口の中に飲み込まれた。


 何をどうするのかも、どこで判断するかも分からない。抵抗のしようもないじゃないと思って。

 思ってみて、情けなくて力が緩んだ。強引にされて、ほっとしている。決められない自分に愛想を尽かして、諦めて、呆れていなくならずに、強気で押して本心を見ようとしてくれる人に。





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