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しおりを挟む番とは、契約の一つだとヴィクターは言う。
ブレイクたち獣人などの場合は、さらに運められた番がどこかにいる、とされていて、実際そのような相手と番うことが大半だという。だから、失った場合の痛手も大きい。
逆に、その運めにこだわらないこともある。そうではない、と分かっていても番いたい相手がいて、互いにそう思っていれば、番契約を交わすのだと。
運めを感じ取ることができない種族でも、契約自体はできる。
穏やかな声でそんなようなことを話しながらヴィクターはその「契約」を進めているようだ。
瘴気を追い出すことと並行してできるのか聞くと、似たようなものだと言ってのける。
こちらは分からないから、そうなのかと納得するしかない。
ヒトはそもそも番、という考え方を失って久しく、他種族の番であると告げられてもその意味を理解することも難しくなっている。体から作り変えるような番契約は、ヒトが行う婚姻契約とは異なり、その関係を解消することはできても負担が大きいのだと。
解消する気はないから問題ないな、とさらりと呟く顔を思わず見上げたが、口調の軽さとは打って変わった真剣な面持ちでこちらを見下ろしている。
「トワ」
「?」
「仕上げだ」
さんざん魔力を流されていたが、そう言うとヴィクターはさらに深く腕の中に抱き込んだ。
「契約の魔力をお前に流す。お前はこちらに流し返すことができないから、吸い上げる。お前に番になる気持ちがなければ、成立しないから、安心しろ」
安心とは。
と考えるより先に、ふわりと体が浮くような魔力が流される。
いつもの魔力循環とは違う。治療とも違う。
ヒソクの魔力を預かった時とも違う。
それは体内を流れて循環していくのではなく、どこかにすとんと止まるように入ってくる。
そして、それが収まる場所にあった元々のものが、ヴィクターの方にふわりと向かっていく。
感じられないはずの魔力の動きを鮮明に感じる。
寝台に放り投げられたから、体の交わりを想像していた。
そんな、短絡的な自分を反射的に恥ずかしく思いながら、そんな余裕もなくなるくらいそのふわふわとした感覚は心地よく体の中に浸透していく。
きっと、立ったまま、ただ手を握るだけでもできたのかもしれない。
座っていても良かったのかもしれないし、とにかく、これほど全身を密着させる必要は、本当はどこにもないんだろうなと思うような、穏やかな感覚。
けれどそのふわふわとした感覚は、平衡感覚を失わせてもいるようで、寝台に横になり、ヴィクターの腕の中にいるのにどこかに落ちてしまいそうな目眩のような感覚に襲われて思わず目の前のヴィクターの胸にしがみついた。
「大丈夫だ」
普段とは違う魔法を流すことで、魔力酔も心配してくれたのだろう。
倒れないよう、不安にならないよう、という結果がこの状況なのだとふと納得した。
並行しての瘴気を出してしまうこともある。
ところで出て行った瘴気はどうなるんだろうとふと思う。それだけ余裕が出たと言うことだ。
浄化しないといけない瘴気が体内から追い出されてその辺にあるとしたら。それはどうなるんだろう。
「ヴィクター様、体内から出ていった瘴気は危険ではないのですか?そのままにしておいてまた、誰かに影響はないのですか?」
「そっちの心配か」
呆れた声音は笑いを含んでいて、ヴィクターから流れ込んで自分の中に止まった部分もほっこりと暖かい。
「拠り所、依代になるものがなければ、それほど経たずに霧散する。元は滞った魔素が凝ったものだ。溜まる場所がなければいずれ魔素に還元されるだろう。だから、聖女でなくとも魔素溜まりの対応に陛下が出ることができていたんだ」
それにしても、危険だろう。
窮鼠、ではないけれど、瘴気として保てなくなる前に手近な依代を得ようとしそうなものだ。
「トワ」
考え込んでいると、声と一緒に柔らかい唇が額に当てられた。
驚いて顔を上げると、その反応に金色の目が細められる。
「気分は悪くないか?」
悪くはない。むしろ、心地よいくらいだ。
「ふわふわします。ちょっと、お酒を飲んだ時に似ています」
少し、無言でこちらを見下ろしている。
そういえば、この世界に来てお酒を飲んだことはなかった。見た目が子供になっているから、飲もうと思わなかったというか、飲んでいいものだと思っていなかったというか。
だから、その感想にヴィクターも面食らったんだろう。
「気分が悪くないと言うことは、楽しい酒か」
間を置いてそんな風に応じたのは、少しおかしくて笑ってしまう。
そう言われれば、そうかもしれない。
「楽しくないお酒は、体に悪いだけです」
「違いない」
ヴィクターの腕の中で、ヴィクターの鼓動を体で感じる。
響いてくる穏やかな音に落ち着く。
「これで俺は、お前の番だ」
大きな手に髪を撫でられた。
その言い方に、なんだかどうしようもなく胸がいっぱいになって、泣きそうな笑いそうな。
その感情の出口を求めるように、首を思い切り伸ばして、初めて自分からヴィクターにキスをした。
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