知らない異世界を生き抜く方法

明日葉

文字の大きさ
73 / 88

64

しおりを挟む
 
 
 
 
 聖女が訪ねてくる前、ノルから聞いた「代替わりし損ねた」という神龍が気になっていた。
 代替わりを迎え、待っているよりも状況は悪い気がする言い回し。


 番の契約が無事交わされ、ヴィクターとは番関係になったらしい。
 あの時思わず、自分の方から初めてしたヴィクターへのキスは、こちらが引くほどヴィクターを驚かせた。
 そもそも、この世界に来る前を考えても自分からした記憶なんて、ないと言い切ってもいい。自分の行動に自分でも驚いたけれど、ヴィクターの反応はそれ以上だった。


 離れようとしたところを追いかけてきたヴィクターの大きな手に顔を挟まれ、どうやら何かのスイッチを入れてしまったらしいと気づく頃には息継ぎもうまくできずに意識が遠のきかけていた。

 とりあえず、それ以上は堪えてくれたヴィクターのおかげで一旦落ち着き、時間をおいて辺境伯家の方々と顔を合わせた。さして驚く様子もなかったが、辺境伯が一言だけヴィクターに釘を刺した。


「竜騎士のお前が迎えることができる相手は限られる。それに異を唱える家ではないし、それがトワであれば、そのようなことはなくとも歓迎する。が、とりあえずは婚約期間だ。自制しろ」



 ぐ、と何かを飲み込んだ様子のヴィクターを見上げながら、その場の方々を見回し、最後にアメリアと目が合う。アメリアは、嬉しそうににっこりと笑顔を向けてくれた。

 竜騎士の事情は聞かされている。伴侶は、竜に認められた相手でなければ迎えることができない。
 それで恋人と結ばれなかったような試しがあるかというと、そんなことはないらしい。そもそも、竜が自分に近づく竜騎士に好まない誰かの匂いがあることを許さないため、恋人だろうと家族だろうとそれ次第で接触は限られる。ヴィクターも、家族であるからここまで近づけるが、触れることはできないと話していた。
 それもどうやら、ここしばらくの落ち着かない状況でかわっていて、フォスの態度はかなり軟化しているらしい。だから、あの家に一緒に何人も暮らしていられる。



 とりあえず、そんな事情だから貴族であっても相手の身分は問われることはない。むしろ竜騎士自体が、出自を問わない。騎士団の中には貴族の子弟の社交の場のような隊もあるらしいが、竜騎士隊はそもそも竜と絆を交わし、竜に騎乗することができる魔力を持たなくてはいけない。その素質に身分を求めることはない。



 とりあえず一旦番の話だったり聖女の話だったりは落ち着いたものと考えると、気になるのは、ノルの言いかけた代替わりし損ねた誰か。

 詳しい話を聞いて、ヒソクのようにこちらから出向かなければいけない状況ならばすぐに行きたいくらいだと思ったのだが。





「少し待て」

 相談を持ちかけると、ヴィクターにため息まじりに言われた。
 驚いたことに、番になってから、ヒソクのお勤めをしていても不調にならない。ヴィクターに魔力を流して整えてもらいながらやっているようなもの、なのかもしれない。
 だからノルは、あんなことを聞いたんだろう。なぜ番にならないのかなどと。


「ヴィクター様のおかげで体調もずっと良いですし、大丈夫ですよ?」

「そういうことではない。…いや、それもあるが」



 神龍の力を預かることは体に大きな負担がかかる。預かるその時は、大きすぎる力ゆえにおそらく番の恩恵があっても状況は変わらないだろうと想像はつく。
 その心配をしたのかと思ったが。必要なこととはわかっていても、過保護なヴィクターはすんなりとはそれを受け入れられないようだった。


「トワ、まずはその呼び方を改めないか?」

「もう、癖のようなものです」

「お前の世界では、それが普通か?」

 全く、普通ではない。身分社会がないのだから。むしろこの国の作法だろう。
 黙って首を横に振ると、大きなため息が降ってくる。
 婚約期間だと釘を刺されはしたけれど、気づけば寝室は一緒になっていた。手は出すなよ、というところだったらしい。
 それなら部屋も分けておけばいいのに。むしろ大変じゃないのかと下世話な心配をしかけて、首を振る。そんな気にならないのなら問題はない。自惚れもいいところだ。



「少しずつ、意識して慣れてくれ。さっきの話だが、先に行かないとならない場所ができた」


 だって恥ずかしいんですよ、と言い返すタイミングを失いながらヴィクターの話を聞く。
 婚約した、と報告をした王城から呼び出しがかかったらしい。
 辺境伯家の子息で竜騎士隊長であるヴィクターは、やはりその辺り直接報告を求められるらしい。


「先にノルと向かいますよ?」

 ノルやヒソクからも様はいらないと言われ、そちらは案外すんなりとはずせていた。それがまた、ヴィクターは気に入らないらしいが。

「そうじゃない。トワ、お前も一緒にだ」

「え」

 なんで、と思ったが、飲み込んだ。ただ、顔にはしっかり出たらしい。

「披露目はまた後日という話だから、その前にお前の気になる場所には行くことにしよう。報告だけだが、お前と、アメリアも同席だ」

「アメリア様も?」


 聞き返して、あ、と思い当たる。
 城の状況が落ち着いたという話はまだ来ない。ただ、王太子殿下の次の婚約者がまだ定まらない。
 戻しては、という声も多いと聞くが、それをアメリア本人も辺境伯家も受け入れることはないだろう。ただ、その声を抑えるにはアメリアの方の話を進めるのが早いのだ。

「ニルス王弟殿下ですか?」
「そういうところは、察しがいいな」


 くしゃ、と笑ったヴィクターは機嫌が良い。なんだかんだ、王弟殿下とアメリアのことはヴィクターも望んでいることなんだろう。
 前よりも表情が変わるようになったヴィクターの笑顔にこちらも笑ってしまう。


「では、ノルに話を聞いてどこに向かえば良いのか確認してから王都に行きましょう。そのまま向かった方が効率が良いかもしれません」


 せっかちだな、とヴィクターは笑う。

 次はおそらく、フォスを頼ることはできない。他国に竜騎士が竜を伴って入ることは脅威になるからだ。そして、同じ国に神龍が何人もいるとは思えない。




 先のことを考えていて、ふと首を傾げる。


 着ていくものが、ない気がする。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...