88 / 88
77
しおりを挟むお願いしてから、しまった、と思った。
竜、それも古龍と呼ばれる最上位種でさらには神龍の卵を、スライムがどうこうできるものではないだろう、と。
そう思ったのに。
素直に、素早く、プーは卵を収納した。
目を疑いながら、もしかしてスライム最強なのでは、と若干引いてしまう。
ちょうどヴィクターで遮られていて向こうには見えていなかったようで、その動きは気づかれていない。もともとがどういう作りをしているのか分からないスライムの体は、こちらの意図を正確に理解したように、透明になって見えなくなり、その状態で卵を収納したので卵も見えない。
なんて都合の良い。
自分で頼んでおいて呆れながら、落ち着いてヴィクターの背後から移動して横に立つ。
対峙している聖女の顔は剣呑で、守られた場所から姿を見せたわたしを睨みつけた。
どうやってここまで来たのだろう。
何よりもその疑問が先立つ。ダルさんが話していた神殿の関係者らしき人たちは、森の周辺部から中に入ることさえできなかった。それがいともあっさり、目的の場所に到達している。
護衛らしき姿は、近衛騎士が1人。
「聖女様、ここに至るまでに何人の騎士を森に置いて来ましたか?」
ヴィクターの低い声が尋ねる。
考えたことは同じだったらしい。けれど、それだけでここに辿り着けるとは思えない。招かれざる者をここに導くことを、この森はしない。
まさか。
自分がここに至るためにちょうど道が開かれていたことが、向こうに幸いしたのだろうか。
本当に、考えていることが番契約で伝わってしまうのかと思うほど、そう考えた途端にヴィクターの大きな手が肩に添えられる。大丈夫だ、と言われているような力強く温かい手に、ほっとする。
「負傷した騎士は安全な場所に待機させてきただけです。まずは聖女の勤めを果たしたのちに、帰途で治癒を施します」
きっぱりと言い切るけれど。
浄化はできなくても、治癒魔法は使えるのだろうか。そういえば、彼女の聖女としての力について何も知らないなと思う。だがそれができるのなら、その場で治癒し、護衛の数を減らすことなく進んだ方が理にかなっている。
彼女がそれを知っているのかは分からないが、そもそもこの迷いの森で、待機させた場所に再び辿り着ける保証もない。
「負傷者のみで命を落とした騎士はいない、と。近衛は貴族家の子息が多い。中には家督を継ぐまでと務めている騎士もいますので、護衛が皆無事であれば何よりです」
ヴィクターの言葉に、不意に控えているたった1人の近衛が一瞬目を泳がせた。
なんとなく焦点の定まらないような目は、きっと聖女に魅了されているのだろうとこちらに知らせてくれる。そうでなければ、彼も仲間をこの森においてくるようなことはしなかっただろう。この世界の人であれば、ここが迷いの森であることは知っているのだろうから。
そして、その一瞬のわずかな動きにヴィクターが怒りを孕んだため息をつく。
命を落としたものも、いたということだ。
魅了されてもなお残る人格や、これまでの関係性がそこにいる騎士の心を苛んでいる。
「聖女様、確かにここは竜の棲家でしょう。いえ、だった、のでしょう」
早く、離れたい。
ヴィクターが冷え冷えとした声と態度を向けるたびに、澱んだ何かが聖女から向かって来る感じがする。
この山地一帯が、言ってみれば竜の棲家だ。姿を見せないけれど、こちらの動向を彼らは窺っているだろう。危害を加えると思えば、この大事な神龍のゆりかごからわたし達が離れたところで攻撃される。
わたしが口を開けばさらに蔑むような目を向ける聖女をまっすぐ見返した。
関わりたくはない。積極的に関わる気はない。
ただ、向こうが放っておいてくれないのであれば、対抗するしかない。
「ご覧の通り、いつからかはわかりませんがここはもぬけのからです。わたしたちももう、ここを離れますので、失礼します」
ご覧のとおり、と示したところには、あの大事に作られた巣があるだけだ。そして、2頭の大きな犬。
姿を消しているプーを連れて、彼女たちに気づかれない場所に移動したい。
竜の卵なんてものを体内に収納したプーの状態も……心配なことのはずだが、そこは正直、あまり気にならないが。むしろ卵の状態が気になる。動かして大丈夫なのかも分からない。やるべきことをやって、あの卵が孵化することをおいて守っていたこの龍脈の流れを滞らせてはいけない。
察したように、ヴィクターに引き寄せられた。ヴィクターの魔力が流れ込んでくる。
何か、魔法を使おうとしている。魔力に馴染ませずに晒されると、簡単に魔力酔を起こす体質のおかげで、ヴィクターが余裕ある時はいつもこうしてくれるので予測ができるようになった。
「待ちなさい!竜騎士隊長、このような危険な場所に騎士1人しか護衛のいないわたしを置いていくつもりですか!」
どうやって帰るつもりだったのか。
ここで会ったのは、向こうも不本意そうだったというのに都合の良い。
「帰途に近衛の皆さんを治癒されるとおっしゃっていました。道道、護衛の数は元に戻るのでしょう。聖女様、聖女様のこの旅路の護衛という任務を負った近衛騎士の皆さんの顔をつぶしてはいけません。今もそうして守ってくださっています。ヴィクター様も同じ、1人、ですよ。そして今は、休暇中です」
わたしが言い終えた瞬間、耳元で低くヴィクターの笑い声が聞こえた。
ぞわっとする声に思わず首をすくめると同時に、視界が動く。
しっかり、ダルとヴァザ、そして姿を消しているプーごと竜の卵も連れて、ヴィクターが転移魔法を使った。
流石にこの数。遠くまでは行けないけれど。
それはちょうど良い。ここから卵をあまり離すのはまだ心配だから。
47
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる