知らない異世界を生き抜く方法

明日葉

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 道を知っているというのは、早いな、と感心する。
 なかなか近づけないと思っていた山腹をもう登っている。それに、話に聞いていた恐ろしい森ではなかった。魔物もあのワームきりでその後出てくる気配もない。
 それは、一緒にいるケルベロスのおかげのような気もするけれど。


 考えていることが伝わるのか、不意にプーがふふふ、と笑った。
 何?と見遣る。器用にプーはダルの頭に乗っている。2体に分かれているときは、呼び方に困るので同じ目の色の方を、会話をすることもあってダル、目の色が違う身体能力が高い方をヴァザと呼ぶことになった。
 この森の中だから今まで通りで良いのではと言ったのだけれど、今後関わる可能性のあるヒトと遭遇する可能性があるからと言われた。わたしより余程、思慮深い。

「契約をしたから割と考えていることは伝わってくるよ。普通は伝えようとした時だけなんだけど。トワは漏れてくる」


「え」

 それはなんか、嫌だ。大したことを考えているわけではないけれど、それが伝わってしまうのもありがたくない。

 微妙な反応を感じ取って、ダルがわたしの後ろのヴィクターを見る。山道は歩くと言ったが、乗った方が早いと言われた。大きな犬の背中に乗るとか、子供の頃憧れた図だ。物語の中の光景だ。

 2人乗せるのはヴァザの方だ。口数は少ないが、単語で最低限伝えてくれるあたりは寡黙な面倒見の良いアニキな雰囲気で懐きたくなる。

「遮蔽の方法を教えてやれ。この森は瘴気に侵された魔物がいるわけじゃない。あのワームは、ああいう性質だ」

 言われて、少し考えて納得する。
 ここは神龍のいわばお膝元だ。魔素が滞っているわけもない。魔素溜まりができなければ、瘴気も発生しない。瘴気で凶暴化した魔物や、魔物になってしまう動物も現れない。

 どこの国にも属さないこの森は、どこの国よりも正常に魔素が流れて安全だということだろうか。

「ヒト族が多いと魔素溜まりができやすい。自然に流れている魔素もあるが、生き物が使う魔素も影響する。理を忘れたヒト族が同じ場所で集まって魔力を使い続ければ歪みや澱みも出る」


「……」

 なるほど、と納得してから首を捻る。

「ダルさん、わたしの頭の中と会話するの、やめて」

 ヴィクターが話には入れないじゃない、と取ってつけた良いに言うと、なぜかヴィクターは笑っている。

「大丈夫だ。トワは考えていることが顔を見ていればわかりやすい」

 そういえばそれ、ずっと言われている。
 でも今は、後ろだしと思ったが、さらに付け足された。

「それに、番契約も似たようなものだ」

「え?そうなの?」

 思わず驚いて振り返りながら聞き返し、バランスを崩した。勢いが良すぎたのだ。

 だってわたしは何も聞こえてこない。慌てる様子もなくしっかりとヴィクターに受け止めてもらい、そのまま顔を見上げると、苦笑いをしている。

 だいぶ分かるようになってきた。
 これは、揶揄われた。


「それよりトワ、もう着くよ」

 プーが割って入る。迷いやすいという森は、森自体が、この森と、何よりも山地に住む竜たちを守っているのだと。迷わせる必要がなければ、目的地への道は簡単に開ける。
 他より強力な魔物というのも、凶暴化しているわけではないからむしろ手強いのだと。この森に棲んでいる時点で、多少なりとも他所では生きにくい何かはあるものも多いけれどと付け加えられた。




 手短な説明を切り上げて示された先には、いつの間にこんなに登ってきたのか、鋭く切り出されたような岩が重なり頂が近い。
 視線の先には見つけにくいけれど洞がある。
 入り口こそ狭いけれど、中は普通に立って歩ける広さで、そこが入り口ではなくただの隙間に過ぎないのは、開けた場所に出てわかった。
 竜がどう出入りしたのかと思っていたが、吹き抜け状になったその上は大きく空が切り取られて見える。


 そしてその先。

 誰がやったのだろう。
 乾燥させた藁のようなものを中心にして、きっと森から集めてくることができる「寝心地が良くなりそうなもの」でできたベッド。その上に大きな卵。まるで螺鈿細工のように不思議な色で光って見える。
 言葉を失っていると、不意にヴィクターに引き寄せられ、庇うように視界いっぱいに大きな背中が広がる。




「また、あんたなの?」



 ヴィクターを前にしてももう隠そうとしない苛立ちと攻撃性を伴った声。


 反射的に、あれを見せてはいけない、と思った。


 深く考えずに、声には出さずにお願いした。


 プーちゃん、あの子、しまって!




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