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しおりを挟むあの山地にいる龍は、孵化の途中で時が止まっている。
ダルさんはそう言った。プーちゃんもそうだ、と。
もう一つ、プーちゃんからは嫌な感じがする話をされた。
迷いの森の入り口で進めないまま引き返したけれど、普段はこの森に来ないようなヒト族がいた、と。リンド王国の神官服だったとダルさんが言い足してくれた。
リンド王国の神官。
聖女と、わたしを召喚した国の「聖女」を庇護する人たち。
神殿は、どちらかというと貴族に近いとヴィクターは話していた。本来であれば、身分に関わりなく寄り添うものであるはずの信仰は、権力と富につながる場所になっているとセージ先生は歯に衣着せぬ言葉で、さほど関心がある様子もなくさらりと言った。
だから、冒険者の間の噂が耳に入ることがあまりなかったのか。けれど、負傷することも多いだろう彼らは治癒を求めて神殿に出入りするのではないだろうか。
そして、竜と縁のある神殿でそのような話をする人も多いのではないだろうか。
ただ、ここがどの国にも属さない場所だからこそ、そして、ヒトは多種族の情報を得にくいようになっているらしいこの世界で、今さらのように情報を得たのだろうか。
それで、確認をしにきたが、この場所のことを知らなかった。のかなんなのか。入ることすらできずに帰った。のだろう。
ヒソク!
旅に出て初めて、呼びかける。
ノルが意味深なことを言っていたけれど。深くは聞かずにここに来た。よくわからないまま、それでも大変なことを引き受けたのだから、情報はいくらあっても足りないと分かっていたはずなのに。
ヴィクターがいるからと安心していた。いや、それは今も安心している。
竜のことも、ヴィクターは詳しい。
けれど、ヒトが関わることのない次元の竜の事情がこれはある。
(どうした。)
こちらの焦りとは関わりのない声が応じる。
呼びかければいいと言ったその言葉通り、ヒソクは応じてくれる。その意識はまだ、ここに確かに止まっているのだろう。
死んだわけではないのだと。ただの代替わりだと。
その意味をまだ、理解しきれていない。
孵化しきれないとはどういうことなの?
ヴィクターに促されて、ダルさんの背中に乗っている。進みは早い。
彼の足で本気で走れば、この深い森の木々で怪我をするからとヴィクターが道を開きながら先を進む速さで。
この森も、傷つけはしないだろうがと言った意味を問う余裕もない。
(ノルの話で分かっていなかったのか。言葉どおりだ)
ヒソクの声は淡々としている。
(神龍は代替わりする。同時に存在はしない。そのために、器に一度力を委ねる)
確かにそう言っていた。それが孵化しきれないのとつながるというのか。
(代替わりの龍が神龍の役目と己の生命維持を両立できるまでに成長したところで、神龍の魔力を受け取るのが代替わりだ。だが、そこのは器と出会えないまま、時代の卵が産み落とされた)
それだけなら良い。卵の間は、まだ神龍ではない。そう続ける。
ヒトの胎児が、母親の胎内では命として認識されてはいても、別個の個体として認識はされず元の世界で言うなら戸籍も住民票も何もないのと同じような考え方だろうか。
とにかく頭を回すけれど、そのせいか思考が時々横道にそれそうになる。
(そのうち、孵化の時を迎えた。それの親はいずれも古龍だ。孵化までにも時間はかかったが、それでも器には会えなかった。親は、違うと分かりながらも一縷の望みを持って聖女が召喚された国を窺っていたが、その中で母龍は捕らわれ父龍は行方が知れない)
古龍と言うのがどれほどか、竜の序列を理解していないからわからない。
「ヴィクター、古龍というのはどんな龍なの?」
ヒソクとやりとりしているのを察しているヴィクターが、少し驚いた顔で振り返る。
「龍族の中でも最上位種だ。竜騎士が全力で挑んでも敵わない。…だが、魔道具が発達した国で、魔力を封じる鎖に繋ぎ、ひどく強化した塔に封じたという噂が流れてきたことがあった。目にする機会もないような希少種だから誰も信じていなかったが。…まさか、この先にいるのは古龍なのか?」
古龍、というのだから、長い時を経ている気がするが。それが種としての名前なのだとしたら、生まれたばかりでも古龍なのだろうか。
(孵化を始めたところで、先代の神龍の力が流れ込んだ。竜の卵は孵化するのも困難なほどに固い。中での成長が足りずに孵化の時を迎えると孵化できないこともあり、親が手助けすることもある。そこのは、孵化に必要な力を、神龍の代替わりがされたことで神龍の役目に回すことになった。それは、理として最優先される。そして、孵化を手伝う親はなく、古龍の孵化を他の竜は助けきれない)
孵化できない、卵のまま、神龍の役目を担っている。
それは、どういう状況なんだろう。体は成長しているの?食料は?睡眠や、いろいろなことは。
その子は、一度わたしが神龍の力を受け取っても、大丈夫なの?その子から次への代替わりとされて何かあったりしない?
(こんなことは前例がない。余計なヒト族の介入で身を守るのにも力を回しているから尚更孵化が進まない。そこのが、そんな気でいるかもわからん)
とにかく。
神官たちが聞きつけたなら、冒険者よりもタチが悪いかもしれない。肝心な場所まで行き着けない可能性が高いけれど、それにしても、だ。
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