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Side another 10
しおりを挟むいつぶりだろう。
いや、あの謁見の控えの間での一件からどれくらい経ったのか、か。
あの日、こちらの立場をすっかりぶち壊したあの女たちが去った後、どうやって部屋に戻されたのか記憶にない。ただ、王太子は途中で近衛にわたしを引き渡した。執務があるから、と。
執務。それは、そんなに大事な急を要することなのか。目の前で他の人間の婚約話を聞かされ、我が身に引き寄せないのか。そのために婚約破棄されたはずの女が先に次の婚約を果たすなど、どちらもなんと言われるかわかったものではないと考えないのか。
女性の数が少ないことから、女性の嫁ぎ先が決まるのは確かに早いという設定だった。そして、王弟が独り身とあれば、そして王家に入る教育を終えた女がフリーならば目が行くのは当然。
そう思っても納得するものではない。そもそもあの王弟も、聖女の取り巻きではないのか。あれもまた、攻略対象だったはずなのに。確かに、あまりに反応が悪く、竜騎士隊長と同じように早々に攻略相手からは除外したけれど。あんなのに時間をかけずとも、一番落とすべきは最高権力に近い王太子だ。その周辺も固められればそれに越したことはない。女性が少ないという条件により複数攻略も許されている。聖女の血を残すため、という理由もある。
とにかく、どれだけ呑気なのか、一向に話が進まないまま、あの日からまた居住区域から出られない日が続いている。近衛騎士や侍女も最低限。あの日に勝手な動きをしたからと増やされるかと思ったけれど、それもない。
人は入れ替わったけれど。
増えればその分魅了することで手駒が増えると思ったのに、ただ掛け直す手間が増えただけだった。
そして、そのいつぶりかという居住区域からの外出は、神殿からの呼び出しだった。
聖女、という立場上所属は神殿になっている。王宮住まいなのは、王太子の婚約者「候補」だからだ。他に年齢の合う貴族家の女性がいるわけでもないのだからさっさと決めれば良いものを。
神殿は召喚された当初身を置いていた。新人深い分、魅了をかけるのも容易だった。そもそもが聖女を信じ、崇めている集まりだ。王家の無茶な遠征命令も神殿は抗議してくれていたと聞いている。そもそも王都から聖女を出すのは危険だ、と。聖女がいることで瘴気を防いでいるからと。
彼らが国の莫大な魔力を消費して召喚したのだ。
そうでなければ困る、という感情もあるのだろう。権力に近いほど、聖職者といいながら打算的で扱いやすい。
招聘状を持参した神官と近衛に守られて神殿に移動する。あの日、あの女の登城を知らせた近衛兵は、謁見者の情報を無闇に外で話したと処分を受け、部隊異動になったと王太子が話していた。身近で護衛する聖女への同情心からだったろうがと、王太子も同情的だったが、別にいい。今いる近衛も、魅了できている。
いや、と斜め後ろがピリピリする。
魅了がかかっていないのもいる。今、そこにいる騎士も。
居住区域から出る許可がないと引き留めていたが、神殿から聖女が呼ばれているのだと強気に出ればそれも引っ込められた。
ただ、他の近衛が王太子に知らせに走っている可能性がある。神殿の呼び出しがなんだかわからないが、この機会に自由を得られるような話をしておきたい。
馬車に乗り、神殿に着くと神官長が迎えに出ていた。
久しぶりの待遇だと感じて、また腹が立つ。それを振り払って、笑顔を浮かべた。
「聖女様、こちらから出向くべきところを、なかなか面会のお約束が取り付けられずお運びいただき申し訳ありません」
ご都合の良い時にお立ち寄りいただければ、という書き回しだったな、そういえば。
思い返しながら、どうやら面会の話はどこかで止められていたのだなと察すればなお腹立たしい。
案内されるまま神殿に入り、神官長の応接室に入る。
辺境伯家よりも、王の執務室よりも、よほど良い調度品が揃っている。国民の信仰心がわかるというものだ。
自室の椅子の比較しても引けを取らない座り心地の良いソファに腰を下ろし、こちらを伺っている神官長に目を向ける。
人はらいがされたのか、ついてきていた近衛たちはここにはいない。
よく、あの魅了にもかからない近衛が引き下がったものだ。揉めている様子は聞こえたけれど、口添えをする必要も感じなかった。
「聖女様、ご無沙汰をしております」
彼の部屋で、こちらから促して座らせるとそう口火を切る。
「王太子妃教育でなかなか時間が取れず。聖女の勤めも十分ではないでしょう。今日はそのことへの苦言でしょうか?」
しおらしく見えるように落ち込んだ顔で問い掛ければ、たぬき親父は人の良さそうな顔で慌てて手を振る。
「お忙しいとは存じながらこのような機会をいただきありがとうございます。以前、陛下より竜の花嫁の勤めをと命じられた件を思い出す話が耳に入りましたので、お伝えしようかと」
「え?」
「市井の、冒険者と呼ばれるようなものたちの間での話です。どこの国にも属さない森に囲まれた山地に、卵から孵りきれていない竜がいると」
そんなイベント、あった?
記憶を辿りながら、この情報は重要だと感じて目を向ける。
「それが聖女様が花嫁となるべき竜であれば、待っていたところで現れるのが難しかったのだろうと思い、こうしてお知らせしているのです」
卵なら、脅威もない。
素材が取り放題。
そんな腹の声が聞こえるような、聖職者と思えない顔をしているのを、この人は気づいているのだろうか。
そんな思いは塗り隠すように、口元を覆う。
「そんな、なぜそんな状況に…」
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