罪人・完璧令嬢リリスの死に戻り~お伽噺の王子様とお姫様の幸せ、そしてそれを傍観しているもう一人のお姫様の物語~

悪役令嬢リリス

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第1話·罪人リリス

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 やがて断罪の日が来た。まもなく罪人として私も法廷に入ることになる。

 扉の前で衛兵と共に入場を待つ私は覚悟を決めてはいたが、しかしそれでも今の私は無様でみっともない様子であった。

 先ほど乱暴に牢獄から連れ出された私は、体格にふさわしくない囚人服を着て、もともと桜色に映るこの長い髪も汚れ、暴れる可能性でも考えたか、両手を太い縄で厳しく縛られ、痛みすら覚える。

 貴族の頂きである公爵令嬢から色褪せた私は、今はただの罪深き罪人に過ぎない。

 「本件の犯人、リリスを前へ出せ!」審判長の大きな声は法廷内外を響き渡るほどだった。それを聞いて、私のそばにいた二人の衛兵は扉を開き、無理やり私を押し出した。

 ずっと闇にいた私は光に照らされ、目眩を覚えるほど眩い。鮮やかな世界を生きている彼らとは別人種かのように、私は穢らわしい存在であった。

 どうしてこんなことになってしまったのだ。

 いや、もしかしたら、これこそ私というものの退場にふさわしい舞台かもしれない。

 裁判は始まったが、無意味な形式だけで、最初から結論が決められたものだった。

 準王太子妃の毒殺未遂。間違いなくその罪は万死に値する。父上が公爵でもなければ、家族全員連座となるだろう。

 確約された死刑が、元公爵令嬢である私に苦しみ無き死に方でも与えてくれるのであれば感謝する。

 私が法廷に現れた途端、観衆席がざわめき立った。彼らは、私と同じ王家学院の学生だった。

 かつては追い払っても消えてくれないハエのように自分を取り囲み、時に自分の立ち居振る舞いを一から十まで真似ようとしていた彼ら。

 かつては私が話しかけてもろくな会話すらできはしなかなった彼ら。

 しかし今となっては一転して穢らわしいネズミでも見るかのような目線で私を見て大いに笑っている。

 あまりにも大きな声で楽しくしゃべっているので、私にも話の内容がはっきりと聞き取れる。

 「やっぱリリスって前から超傲慢だったよなー。俺が優しく話しかけてやってもいつも適当な返事しかしねーし。でも関わらないようにした俺は運が良かった。下手すれば俺も殺されてたかもしんねーな」

 「リリスって公爵令嬢ですから、なにやっても許されると思ってたのではありませんか」

 「でもさすがに準太子姫にまで手を出すなんて、やばすぎますよね!」

 「もしかしたら殺人にも精通してたかもしれませんわ」

 「それはありうる!」

 ・・・・・・・・

 本当に、法廷の中にも関わらず、みんな愉快に喋っている。

 彼らにとって今日という日は、格別に面白い一日なのだろう。

 何しろ、あの嘗て誰も近づくことすらできない孤高なる王家学院の女神、貴族の頂きである公爵令嬢、成績も王族を遥かに越えた、あの完璧無欠なリリスが、

 今日死刑宣告される。

 それはメニア王国の歴史でも未曾有の大事件。今後も社交界の余談話の軸になろう。同じ王家学院の学生としては当然見過ごすわけにはいかない。

 本当に、素晴らしい余興だろう。

 されど反論はできない。

 確かに私は準太子妃である私の異母姉、エリナを毒殺しようとした。

 これは紛れもない事実であって、「許してくれ」といって許されることでもない。

 【必要とされなかった私の退場には、死刑が最も相応しいかもしれない】

 何も言えずに、私はただ頭を下げて彼らの非難や嘲笑を浴びている。

 見上げるのは、怖い。

 私の足跡を付いてきた貴族少女たちが怖い。

 私のせいで愛している婚約者が殺されかけた王子・カシリアが怖い。

 私のせいで死にかけたエリナが怖い。

 私のせいで大切な娘を失いかけたミカレンが怖い。

 私のせいで家族が砕け散る父上が怖い。

 本当に、みっともない自分だった。

 後は、裁きが下されるまで。

 既に覚悟していたが、やはり恐怖が募ってしまうのも仕方がない。

 「静粛に!今より、罪人、リリスの罪名と刑罰を宣告する!」

 「王家の調査により、罪人、リリスの準太子姫、エリナ・タロシア様毒殺未遂案件、既に確実な証拠があり、リリス本人も白状したことで、王族謀殺未遂の罪で、リリスを庶民へと落とし、火刑に処する!」

 火刑、か・・・

 一瞬で終わるギロチンの刑と比べれば、火刑は死刑者の尊厳を丸潰しにする磔刑ほどの酷刑であり、死刑者の苦しみで出来うる演出の一つである。

 さすがに、楽に死なせてくれはしないか・・・・

 あれは常に許されない重罪を犯した邪教の信者を死刑にする刑罰。木で出来た十字架に縛られ、柴を足元に置き、火をつける。燃え上がる炎に少しずつ蝕まれる犯人は、泣き喚きながらも、どれほど足掻こうとも、己の痛みを増やすだけの徒労、観衆を喜ばせるだけの演出になるでしょう。

 一瞬にして死ねるものでもない。血と肉と骨が焼き尽きるまで痛みと苦しみは止まらない。故にそれは手を振って足を振って、悲鳴を喚き上げながら道化のように踊る最高の滑稽劇の演出。

 は、はは・・・・

 あれが、私に訪れる未来なのか・・・・

 十分にも十分に最悪を覚悟していた。想像にも想像に、どれほど厳しい酷刑をも想像してみた。

 されど、現実となれば、抑えきれない恐怖が刹那に心を満たし、全身に溢れ出る。抑止力をなくした四肢は震えを止められず、失禁すらしてしまった。

 どうにかならないか。爪を手のひらに血が出るほど深く差し込もうとも、この軽い痛みだけでは心の恐怖感を抑えられない。

 どうにもならなかった。

 なんという滑稽で可笑しい姿、道化役なら満点か。

 絶望と恐怖に追い込まれた私をよそに、審判長は宣告を続けた。

 「だが、被害者である準太子姫、エリナ・タロシア様とその母であるミカレン・タロシア様の要請で、罪人、リリスの火刑処罰を免除し、20年の禁錮刑にする。

 な、なに!?

 あまりにも予想外の展開で、観衆と私も一斉に驚きの声を出した。

 どうして・・・

 どうして私なんかのために・・・

 私は、あなたを殺そうとしていたのよ!?

 あまりの驚きで、私はつい下げていた頭を少し上げた。

 観衆席の特等席に座っているのは・・・

 露骨に怒りを示したメニア王国太子、カシリア、

 失望落胆と悲しみを隠せない父上、カスタ

 同じく悲しみを顔に出している異母姉、エリナ

 愛憐の目つきで私を見ている継母、ミカレン。

 みんな・・・なんで・・・・

 私は、私は・・・

 この慈悲を受ける資格などないのに・・・・

 あっ、そういうことか・・・

 ようやく、思い出した。

 まるで、この物語の主役のように存在する二人。

 善良で活発婉麗な姫様、己の独特な魅力で王子を引き寄せたエリナ。

 容姿端麗、才学非凡な王子、偶然運命の彼女に出会い、お互いに愛し合うカシリア。

 彼らこそが、このラブコメの主役であることを。

 ならば、引き立て役で悪役である私は退場か。

 私は衛兵に押されて、無様にこの舞台から下りた。

 今日はいい日ね。

 これから王子は運命の姫と幸せに暮らしてゆくのだろう。

 そして重罪を犯した罪人も、やがて処罰される。

 いい結末だった。きっと。めでたし、めでたし。











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