1 / 50
第1話·罪人リリス
しおりを挟むやがて断罪の日が来た。まもなく罪人として私も法廷に入ることになる。
扉の前で衛兵と共に入場を待つ私は覚悟を決めてはいたが、しかしそれでも今の私は無様でみっともない様子であった。
先ほど乱暴に牢獄から連れ出された私は、体格にふさわしくない囚人服を着て、もともと桜色に映るこの長い髪も汚れ、暴れる可能性でも考えたか、両手を太い縄で厳しく縛られ、痛みすら覚える。
貴族の頂きである公爵令嬢から色褪せた私は、今はただの罪深き罪人に過ぎない。
「本件の犯人、リリスを前へ出せ!」審判長の大きな声は法廷内外を響き渡るほどだった。それを聞いて、私のそばにいた二人の衛兵は扉を開き、無理やり私を押し出した。
ずっと闇にいた私は光に照らされ、目眩を覚えるほど眩い。鮮やかな世界を生きている彼らとは別人種かのように、私は穢らわしい存在であった。
どうしてこんなことになってしまったのだ。
いや、もしかしたら、これこそ私というものの退場にふさわしい舞台かもしれない。
裁判は始まったが、無意味な形式だけで、最初から結論が決められたものだった。
準王太子妃の毒殺未遂。間違いなくその罪は万死に値する。父上が公爵でもなければ、家族全員連座となるだろう。
確約された死刑が、元公爵令嬢である私に苦しみ無き死に方でも与えてくれるのであれば感謝する。
私が法廷に現れた途端、観衆席がざわめき立った。彼らは、私と同じ王家学院の学生だった。
かつては追い払っても消えてくれないハエのように自分を取り囲み、時に自分の立ち居振る舞いを一から十まで真似ようとしていた彼ら。
かつては私が話しかけてもろくな会話すらできはしなかなった彼ら。
しかし今となっては一転して穢らわしいネズミでも見るかのような目線で私を見て大いに笑っている。
あまりにも大きな声で楽しくしゃべっているので、私にも話の内容がはっきりと聞き取れる。
「やっぱリリスって前から超傲慢だったよなー。俺が優しく話しかけてやってもいつも適当な返事しかしねーし。でも関わらないようにした俺は運が良かった。下手すれば俺も殺されてたかもしんねーな」
「リリスって公爵令嬢ですから、なにやっても許されると思ってたのではありませんか」
「でもさすがに準太子姫にまで手を出すなんて、やばすぎますよね!」
「もしかしたら殺人にも精通してたかもしれませんわ」
「それはありうる!」
・・・・・・・・
本当に、法廷の中にも関わらず、みんな愉快に喋っている。
彼らにとって今日という日は、格別に面白い一日なのだろう。
何しろ、あの嘗て誰も近づくことすらできない孤高なる王家学院の女神、貴族の頂きである公爵令嬢、成績も王族を遥かに越えた、あの完璧無欠なリリスが、
今日死刑宣告される。
それはメニア王国の歴史でも未曾有の大事件。今後も社交界の余談話の軸になろう。同じ王家学院の学生としては当然見過ごすわけにはいかない。
本当に、素晴らしい余興だろう。
されど反論はできない。
確かに私は準太子妃である私の異母姉、エリナを毒殺しようとした。
これは紛れもない事実であって、「許してくれ」といって許されることでもない。
【必要とされなかった私の退場には、死刑が最も相応しいかもしれない】
何も言えずに、私はただ頭を下げて彼らの非難や嘲笑を浴びている。
見上げるのは、怖い。
私の足跡を付いてきた貴族少女たちが怖い。
私のせいで愛している婚約者が殺されかけた王子・カシリアが怖い。
私のせいで死にかけたエリナが怖い。
私のせいで大切な娘を失いかけたミカレンが怖い。
私のせいで家族が砕け散る父上が怖い。
本当に、みっともない自分だった。
後は、裁きが下されるまで。
既に覚悟していたが、やはり恐怖が募ってしまうのも仕方がない。
「静粛に!今より、罪人、リリスの罪名と刑罰を宣告する!」
「王家の調査により、罪人、リリスの準太子姫、エリナ・タロシア様毒殺未遂案件、既に確実な証拠があり、リリス本人も白状したことで、王族謀殺未遂の罪で、リリスを庶民へと落とし、火刑に処する!」
火刑、か・・・
一瞬で終わるギロチンの刑と比べれば、火刑は死刑者の尊厳を丸潰しにする磔刑ほどの酷刑であり、死刑者の苦しみで出来うる演出の一つである。
さすがに、楽に死なせてくれはしないか・・・・
あれは常に許されない重罪を犯した邪教の信者を死刑にする刑罰。木で出来た十字架に縛られ、柴を足元に置き、火をつける。燃え上がる炎に少しずつ蝕まれる犯人は、泣き喚きながらも、どれほど足掻こうとも、己の痛みを増やすだけの徒労、観衆を喜ばせるだけの演出になるでしょう。
一瞬にして死ねるものでもない。血と肉と骨が焼き尽きるまで痛みと苦しみは止まらない。故にそれは手を振って足を振って、悲鳴を喚き上げながら道化のように踊る最高の滑稽劇の演出。
は、はは・・・・
あれが、私に訪れる未来なのか・・・・
十分にも十分に最悪を覚悟していた。想像にも想像に、どれほど厳しい酷刑をも想像してみた。
されど、現実となれば、抑えきれない恐怖が刹那に心を満たし、全身に溢れ出る。抑止力をなくした四肢は震えを止められず、失禁すらしてしまった。
どうにかならないか。爪を手のひらに血が出るほど深く差し込もうとも、この軽い痛みだけでは心の恐怖感を抑えられない。
どうにもならなかった。
なんという滑稽で可笑しい姿、道化役なら満点か。
絶望と恐怖に追い込まれた私をよそに、審判長は宣告を続けた。
「だが、被害者である準太子姫、エリナ・タロシア様とその母であるミカレン・タロシア様の要請で、罪人、リリスの火刑処罰を免除し、20年の禁錮刑にする。
な、なに!?
あまりにも予想外の展開で、観衆と私も一斉に驚きの声を出した。
どうして・・・
どうして私なんかのために・・・
私は、あなたを殺そうとしていたのよ!?
あまりの驚きで、私はつい下げていた頭を少し上げた。
観衆席の特等席に座っているのは・・・
露骨に怒りを示したメニア王国太子、カシリア、
失望落胆と悲しみを隠せない父上、カスタ
同じく悲しみを顔に出している異母姉、エリナ
愛憐の目つきで私を見ている継母、ミカレン。
みんな・・・なんで・・・・
私は、私は・・・
この慈悲を受ける資格などないのに・・・・
あっ、そういうことか・・・
ようやく、思い出した。
まるで、この物語の主役のように存在する二人。
善良で活発婉麗な姫様、己の独特な魅力で王子を引き寄せたエリナ。
容姿端麗、才学非凡な王子、偶然運命の彼女に出会い、お互いに愛し合うカシリア。
彼らこそが、このラブコメの主役であることを。
ならば、引き立て役で悪役である私は退場か。
私は衛兵に押されて、無様にこの舞台から下りた。
今日はいい日ね。
これから王子は運命の姫と幸せに暮らしてゆくのだろう。
そして重罪を犯した罪人も、やがて処罰される。
いい結末だった。きっと。めでたし、めでたし。
★
★
★
★
★
★
★
★
★
★
★★★お願いです★★★
少しでも「もっと読みたい」や「いいね」などと思ってくださったら、
ブックマーク登録・評価・コメントいただけますと、執筆の励みになります!
何卒、よろしくお願い致します。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
