罪人・完璧令嬢リリスの死に戻り~お伽噺の王子様とお姫様の幸せ、そしてそれを傍観しているもう一人のお姫様の物語~

悪役令嬢リリス

文字の大きさ
30 / 50

第30話・矛盾だらけ-2

しおりを挟む
「そうね、仕方のないことだから、父上もきっと分かってくれるわ」

 リリスはわずかに微笑みながら言った。

 怒りと悲しみが一瞬顔に浮かんだが、またいつもどおりに戻った。これは普通の人なら気づかない変化だった。

 「…」

 横にいるカシリアは何かに気づいたように黙ったままだった。

 その時、部屋の外から急速に近づいてくる足音が聞こえた。誰かが駆けつけてきたらしい。

 「リリス!無事か?」

 ドアの前に現れたのは、容姿俊秀で、荒い息をした一人の中年貴族。リリスの父であるカスト公爵だった。

 「これは殿下、しばらくですな。」

 カスト公爵は慌ててカシリアに礼をして、それから直ぐリリスのそばへ駆け寄って、心配そうな眼差しでリリスを見た。彼の不安げな態度と気遣いのある目から、彼もまたリリスを宝石のように深く愛し、リリスの健康をとても大切に思っていることが分かる。

 「父上、いらっしゃったのですね!」

 父親の到着を見て、リリスは大喜びで微笑んだ。その笑顔は前に見せたものとは全然違う、純粋で高貴で、甘くて温かい笑顔だった。どんなに凍りついた心も、それを一目見ただけで溶けてしまうだろう。

 実に矛盾過ぎる。リリスとカスト公爵の関係に何も問題がないというのなら、リリスが今までしてきた不合理な行動は一体何のためだったというのだ?幾らカシリアがリリスのことを気にかけたとしても、今ある情報だけでは、その答えを導き出せそうにない。

 「父上は領地の遠い所から駆けつけて来たのですか?そんなに汗をかいて、きっとお疲れなのでしょう。」

 「私はいい。おまえこそどうしていきなり倒れたんだ?まさか以前から体調が悪かったのか?くれぐれも無理はするなよ。」

 カストは心配そうな顔をしていて、金色の瞳からは父が娘を思う気持ちが溢れ出していた。

 「申し訳ございません、父上。今回は私の判断ミスでした。そのせいで、1科目欠席したみたいです。今回は生徒会長になれないと思います。」

 リリスは悲しい笑顔を見せた。

 「おまえさえ無事ならそれでいい。生徒会の会長など、おまえの健康に比べれば、どうでもいいんだ。」

 「父上…」

 リリスは安心して、暖かく微笑んだ。

 「自分の体を大事にしなさい。何かあったら困るから。倒れたと聞いて、おまえまで私を置いていくのではないかと心配したぞ…」

 カストはリリスの手を強く握り、やさしく言った。

 その瞬間、突然リリスの顔が、まるで仮面のように凍りついたようにカシリアは感じた。

 「はい、父上。今後はより体調に気をかけるようにします。」

 リリスは暖かな口調で話していたが、言葉の端々からはさっきまでとはまるで別人のような冷たさを感じた。

 カシリアはただ黙って目の前の出来事を記憶した。

 母親の件か?つまりはサリス夫人のことだな。しかしその件はもう随分前のことだ。まだ気にしているのか。

 まあいい。今それを考えるのはよしておこう。カシリアはそれを気にしないようにしながら、カスト公爵に近づき言った。

 「医師にはしっかりと処置してもらった。彼女の病状は今は安定しているが、今夜もう一度薬を投与する必要があるそうだ。そんなわけで、今日はリリスを王家休憩室で休ませようと思う。その方が治療しやすいし、万が一リリスの病状に何かあっても、直ぐ対応できる。」

 勿論、これはとっさに考えた言い訳に過ぎない。カストとリリスに注射の中身が対疫病用だと気づかせるわけにはいかない。絶対に、リリスが疫病にかかったことは誰にもばれてはならない。

 「殿下のご好意に感謝致します」

 カストは、そう言うと直ぐ振り返ってリリスに訊ねた。

 「今はどうだ?少しは歩けるか?」

 リリスは自分の体を動かしてみて、体調を確かめてみた。

 「熱はもう引きました。特に問題ないと思います。殿下のご好意に感謝致します。」

 「ロキナ、支えてくれる?」

 リリスはロキナに支えられながら、ゆっくりとベッドから降りて、王家休憩室へ歩いて行った。

 「そうだ、カスト公爵。少し話があるのだが。」

 カシリアはカストを呼び止めた。

 カストにそれを聞こうとした時、ドアの前にやってきたザロに話を遮られた。

 「殿下、この前の殿下のご命令に関して、ただいま市街地の統管がバド伯爵を連れて報告に参っております。」

 ザロは巧みに誘拐事件に関しての部分を伏せて話した。

 チッ、タイミングが悪い。カシリアはそう思った。こうなると、カストとの話はまた今度にしないといけない。

 王都の市街地は王家の領地だが、バド伯爵が管理していて、治安の最高責任者だ。衛兵統管がバド伯爵を連れて来たということは、誘拐犯組織の根絶ができなかったらしい。それでなければ、衛兵統管が一人で意気揚々と褒美をもらいに来るはずだ。

 【バド伯爵の領地がタロシア公爵の領地と隣接していて、王家の領地を直接管理しているせいか、その両勢力に挟まれたバド伯爵は実直な印象の人で、いつも真面目に仕事している。仕事のスピードは期待できないが、仕事に対する態度は悪くない。ただあまりにも慎重すぎて、柔軟にことを決められないのと、頭が固いところが欠点でもある。バド伯爵にはとても可愛くて元気な娘がいたが、まだ小さいときに事故で亡くし、今は息子のブランドを厳しく教育しているらしい。】

 今回はおそらく複雑な関係が裏にあることに気づき、伯爵自ら対策の相談をしに来たのだろう。

 「すまないがカスト公爵、貴殿との会話はまた今度にしよう。」

 そう言い残しカシリアは急いで部屋の外へ歩いて行った。

 「メイド達を王家休憩室へ集めろ。リリスが中に仕えるんだ。」

 カシリアは歩きながら指示を下した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します

みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが…… 余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。 皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。 作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨ あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。 やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。 この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

処理中です...