世界は淫魔に支配されましたが、聖女の息子は屈せない

池家乃あひる

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第二章

7-3.プレゼント ♥

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 強い目眩。襲い来る前後不覚。掴まれた腕の感覚と、感じる筈のない背の違和感。
 暗闇に馴染まぬ瞳では揺れる世界を捉えられず、のしかかられたことで初めて、ソファーに引き倒されたのだと気付く。
 迂闊だったと悔やみ、唇を隠せても肩を押し返すことは叶わず。滑る指が咄嗟にシャツを掴む姿は、まるで縋るかのよう。

「――クラロ」

 声はすぐ傍。囁いた吐息が届くほど近い場所。撫でられた耳から広がる、耐えがたい痺れ。
 暴れたはずの足は、股の間に割り込まれたせいで宙を蹴ることさえもままならず、耳たぶに触れる柔らかな肉に身体が強張る。

「真っ赤になって、可愛いね」

 温い息は耳殻から中へ。吹き込まれた熱に足が跳ねようと、男の行動を止めるだけの効力はない。
 柔く歯を立てられ、じわりと頭の中が煮詰められていく感度が強く。それは怒りからくるのか、快楽からくるのかさえ、わからない。

「っ離――んぐ、っ……んん!」
「しー……暴れちゃダメだよ、クラロ」

 手を突き出せば、逆に口を押さえられ、首の動きすら遮られる。
 押そうとも引っ掻こうともビクともせず、咎める声に焦る思考さえ吐息に吹き消されて熱になってしまう。

「ほら、こっちに集中して。……ね、クラロ」

 舌っ足らずな呼びかけは、舌先を耳に当てながら発言したから。
 唇よりも柔らかく、高い温度に息が抜け、捻じ込まれる舌先のせいで指が弛緩していく。
 狭い穴が埋め尽くされ、水音が注ぎ込まれる感触。産毛が逆撫でられ、パチリと爆ぜる空気ごと掻き混ぜられて、跳ねた息が鼻から抜けていくのを止められない。
 ゆっくりと、獲物をいたぶるように動くせいで、僅かな動作一つで大きな波に浚われそうになる。
 くぷ、と湿り気を帯びた音に身体を震わせ、無意識に逃げようとした足はソファーの表面を撫でただけで終わる。
 耳から背、腰へ流れる痺れを止めたいのに。背を丸めても舌は離れるどころか、より執拗に嬲りかかってくる。
 自分の口から漏れているのが制止なのか喘ぎなのかもわからないし、声にならぬ呻きさえも、笑う吐息と喰われる音で掻き消されて、認識できず。

「ふふ。可愛いね、クラロ」

 囁く間も離れることはなく、濡れた皮膚に触れる息の感触さえも、思考を奪うものでしかない。
 よぎるのは全ての始まり。抑え込まれ、何度も可愛いと囁かれながら耳を嬲られた、あの日の光景。
 違うのは、拘束されていないのに抗えていない自分の現状だけ。

「懐かしいな。あの日もこうやって遊んだっけ」

 ねぇ、と問いながら唇が首へと移り、柔く吸われた部分から甘い痺れに犯される。開放されたと思った途端、再び耳を噛まれたせいで涙が滲む。
 されど世界は黒いまま。クラロだけが見えず、なのに男の視線を強く感じて、もはや何に身体が震えているのかさえ。

「やっぱり耳が弱いのかな。……可愛い、可愛いねクラロ。本当に、かわいい」

 甘く、低く。蜂蜜のように流し込まれて、頭の中までぐちゃぐちゃになっていく。
 名を呼ばれる度に、可愛いと言われる度に、身体が思い出して勝手に反応してしまう。
 結びついてはならないのに、感じてはいけないのに。その抵抗すら、舌先でにちにちと弄られるだけで消えてしまうのだ。
 わだかまる熱に寄せた足は男の身体に阻まれ、揺れる腰の動きにまた笑われて、悪循環。

「蕩けてきたかな? でも、まだちょっと余裕がありそう。……もっと気持ちよくなって、何も考えられないようにしようね」

 囁きながら舐められて、突きながら笑われて。言葉と水音が反響し、全部全部、熱くて、痺れていく。

「んっ……ぁ、だめ――っう、んぇ、あ!」

 唇が解放され、否定は舌ごと絡め取られて紡げない。
 捻じ込まれた指に弄ばれ、柔く引っかかれた表面から広がる刺激に、吐いた息すら甘いものへ。

「僕の舌だと思って、噛まないでね」

 いい子だからと柔く耳たぶを噛まれ、広がる波は外と内の両側から。もうどちらから粘膜の音がして、どちらに意識を奪われているのかさえ。
 付け根から先へ、裏を擦ったかと思えば頬の内側へ。思い込むにはあまりに自由に動く指が上顎にさしかかり、反射的に力を入れたのは歯ではなく己の舌。
 挟んで動きを止められたのは、耳を荒く喰らわれるまでの、ほんの一瞬だけ。
 すぐに緩んだ空間を、もう一つ捻じ込まれた指によってこじ開けられる。
 中指は舌を押さえ、自由な人差し指は表面の凹凸を確かめるようにゆっくりと、弱い部分を弄る。

「上顎擦られるの好きだったよね。ほら、ここ」

 奥から手前へと撫でられ、くすぐったさに似た感覚が、囁かれる甘さに紛れて溶けていく。
 腕を掴む手も、顎も、目蓋だってもう力が入らず。腰だけが別の生き物のように跳ねて、熱くて、痛い。
 上に乗っていたはずの身体は、いつの間にか添い寝のように。枕のように抱かれた姿勢は、自由に動けるはずなのに、力が入らなくて逃げられない。
 吐息が手の平に跳ね返り、前からも横からも熱に犯される。注ぎ込まれる水音に頭の中が煮えて、ゾワゾワとした感覚に支配されていく。

「かわいい、かわいいね、クラロ。お口も、耳も、きもちいいね」

 舌を離さぬまま、鼓膜の奥まで喰らわんとする笑い声に息が弾む。それ以上名前を呼ばないでほしいのに、男は囁いてくるのだ。
 可愛いと。愛おしいと。それが本当だと思わせるように何度も、何度も。

「本当に気持ちよさそう。このままイけるまで、試してみようか?」
「んぁ、ぐ……ふぅう、う……っ……」

 拒絶は音にも行動にもならず、スリスリと舌を撫でられただけ。
 このまま、口と耳だけでなんて。ずっと、このままなんて、そんなの、

「えぅ、あ……っ……」
「ん? なぁに?」
「は……ぁ、むぃ……れ、ふっ……!」

 指に妨げられ、舌はろくに動かず。何とか紡いだ拒絶だって、あまりに情けないものだ。
 今のクラロにだって、これで止まるなんて思っていない。むしろ、何も言わない方が良かったまである。

「そっか、無理・・なんだ」

 それでも、このままずっとなんて無理だと。耐えたくないと。そんな事実を突きつけられたくないと僅かに身を捩れば、案の定、笑い声が耳を舐める。
 追い詰められるクラロを愉しむように。その過程までを、味わうように。

「駄目じゃなくて、無理・・なんだね? ……うん、いい子。いい子だね、クラロ」

 だが、予想できたのはそこまで。
 なぜ褒められるのか。どうして確かめるように聞いてくるのか。浮かんだ疑問は、舌の解放と共にうやむやになって取り戻せず。
 もう指はないのにジワジワとした痺れに翻弄されているせいで、男の手がどこに伸びているか意識していなかったというのは、言い訳になるのだろうか。
 あるいは、一瞬でも快楽が止んだせいだと。安堵してしまったクラロを、哀れむ理由になったのだろうか。

「――っあ、あ!」

 唐突に襲いかかる胸部の快楽。痛みと甘美、異なる刺激は左右に分かれて。
 区別できたのは身体が跳ね、反射的に逃げようとした後。丸まったはずの背が男の身体に阻まれ、そのまま抱きしめられてから。

「じゃあ、今日もここでイこうね」

 はだけたシャツ。あわらになった胸部。あてがわれた手に捕らえられた乳首からの刺激は止まない。
 指先で上下に弾く動きはあまりに滑らかで、それが己の唾液のせいだとまでは気付かなかっただろう。
 いや、引っ張られたまま捏ねられる、もう片方の刺激があまりにも強すぎて、そんな事に気付けというのが酷というもの。

「だ、めっ……! んっぁ、あ、だめ、だめっ……だ……っ……!」
「だめじゃないよ。クラロは、イくことだけ考えようね」

 いい子いい子と、撫でるのは頭ではなく胸の先。擦り、摘まみ、捻り、愛撫と言うには荒々しい動きなのに、追い詰められていく。
 自身の腰が揺れていると自覚できず、男の腕に縋ることもろくにままならず。気を逸らそうとすればするほどに、流し込まれる声がクラロを追い立てる。
 内からも外からも責められ、声を抑えるなどとうにできず。頭の中が白く弾けるまで、きっと数秒もかからなかっただろう。
 絶頂の衝動。あまりに強い波を少しでも逃がそうとした。
 背は無意識に丸まり、寄せた膝との距離が縮まる。
 完全にくっつけなかったのは、男の指が乳首を捉えたまま剥がれなかったから。
 わだかまった快楽の熱。その全てが開放しきれるよう、絞り出すように指は乳首を捏ねる。
 目の前で弾ける光が余韻なのか、追い打ちのせいなのか。そんな思考さえも持てず、波に浚われるまま呆けて何十秒たっただろう。
 四肢から力が抜け、呼吸が落ち着いて。ようやく離れた乳首はどちらも固く尖ったまま、ジクジクと疼いて意識を奪う。

「上手にイけたね。次から静かにしてほしい時は、こうした方が早いかな」

 弛緩した左手を持ち上げられても抵抗できず、違和感と共に戻された手に光る鈍色の指輪。
 薬指に嵌められたそこに、もう何十回と見てきた石が嵌められているのに、一つ瞬く。
 それまで装置に付けていたのに比べればあまりにも小さい。だが、それは間違いなく、映像を記録するための媒体で。

「プレゼントだよ。クラロが頑張ったご褒美」

 見ていたはずの指輪が、上から手を握られて見えなくなる。
 抱きしめられたまま耳元で囁く声に愛撫の意図はないのに、震えてしまう身体の浅ましさに寄せた眉は戻せない。

「そこにある機械を簡略化したものなんだけど、まだ試作品なんだ。耐久性がなくて、流せるとしても一回限り。だから、これはとっておきの時に見るんだよ」

 中身はその時までお楽しみだと、絡まる指を剥がせない。
 見ずとも分かる。これこそクラロが探していた光景。確かめたかった過去。
 それを男が知っているのに今更驚くこともない。この男なら、それぐらい察していて当然。

「……何が、狙いだ」

 故に、疑念は渡された物ではなく、そこに至った経緯。男の言う、とっておきの時について。
 ただクラロを困惑させるためだけなら不要な一言。裏を返せば……それは、何かが起きるということ。

「言っただろう? 僕は君を救いたいんだって。これはその気持ちだよ」

 ほんの僅か、だが確かに指に込める力が強まる。引き寄せられた左手。その甲に与えられた口付けは、触れるだけの可愛いもの。

「……まだ信じてもらえるとは思っていないけど、大事にとっておいてほしい」

 するりと指がほどけ、男の体温が離れる。重みから解放されたソファーが軋み、僅かに上がるのを全身で感じる。
 立ち去ろうとする姿を、水色が見送ることはない。

「じゃあ、また明日から遊ぼうね、クラロ。……着けてなかったら、お仕置きするからね?」

 笑い声の後に、男の足音が扉の向こうへ消えていく。
 微かに照らされる室内。蝋燭の火が戻っていたのだと気付いたのは、ゆっくりと身を起こした後。
 耳に残る熱。全身を覆う倦怠感。そして、薬指の光。
 見つめた石に触れかけて、落ちたのは溜め息だけ。
 狙いなど、今の時点で分かるはずがない。ただクラロは受け止めるだけだ。
 受け止め、耐えて。耐え続けて……そうして、終わる日を待つだけ。
 結局、何があろうと変わらないのだと言い聞かせるクラロを咎めるように、指輪の違和感は彼を苛み続けた。
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