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おまけ
飼い主たちの語らい
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11-14~15にて、執務室にいたラディアとウェルゼイの視点になります。
クラロ君の今後については、SNS(旧Twitter)の方で随時零しておりますので、今後の更新等も合わせて楽しんでいただければ幸いです。
また、現在アンケート実施中ですので、合わせてご協力いただければ幸いです。
---------------------------------
「で? 何人残ってんだ?」
紙を引っ掻いていたペン先が止まれば、次に響くのは山が積み上げられるまでの過程だ。一連に静寂はなく、その質問は作業を妨げていないことを伝えている。
別段嫌ってもいないが、好きでもない相手と歓談するほど暇ではないと、ウェルゼイの目線は手元に落ちたまま。この書類だって別段急ぐわけではないが、最終的に愛しい恋人との時間に繋がると思えば、どれだけ早く終わらせても悪くはない。
そもそも、この書類はクラロがいない時だけ処理できるのだ。まだ外で遊んでいる頃とはいえ、時間が惜しいのは事実。
「何の話だか」
「決まってんだろ? お前の可愛いクラロの、故郷の奴らだよ」
候補を挙げることさえ煩わしいと切り捨てたはずの疑問は、明確な指摘によってウェルゼイの興味を惹く。
まさしく今、その彼らの書類を纏めているところ……というのは偶然か、それとも狙ってきたか。
否、間違いなく後者だろう。楽しいことに関しては、この男は誰よりも鼻が利くのだ。そう簡単に見逃すはずがない。
「……多く見積もっても、五人程度かな。みんな子どもばっかりだから、君好みの子はいないだろうけど」
書類の大半に印が入っているのを眺め、概算しても片手で足りる程度。
ウェルゼイ自ら指示したのだ。正確な数こそともかく、成人した人間が一人もいないのは間違いない。
否、それを確かめる為の作業だったかと、再びペンを動かしたところで轟くのは不満の声。
「おいおい、一人ぐらいいねぇのかよ。レニウスぐらいの年頃のが何人かいただろ」
興味がないように見えて、自分好みの相手はしっかり把握していたらしい。
確かに、クラロがかつて友と呼んだ相手の他にも何人かラディア好みの人間がいたかと考えて、されどその詳細を思い出すことはなく、山はまた一枚築かれる。
「うん、全部使ったからね」
作業は止まらず、資料を流し読む目も止まらない。答えた口調は、人を指すニュアンスではなく、物を消費したのと同じ響き。
簡単に確かめた書面に綴られているのは、淫魔に転換する際に起きた副作用と、その末路に関して。
かつて、本当の親のように慕っていた牧師とやらの結果も、他と大差なかったと示すのは『死亡』の二文字。
牧師とは名乗るだけなら適性がなくとも可能。
所詮、聖女や認定を受けた聖職者と血筋が違えば、宿した魔力の質も違うのだと確認したウェルゼイの手が、もう一枚と紙を捲り続ける。
手元に広がる紙面、積み上げられていく山。その全てに色づけされた赤は、全てが同じ意味を示すもの。
「クラロには順調に成功したって言ってんだろ? ……本当に信じてるのか?」
ペンが僅かに止まる。だが、それも罪悪感ではなく、愛らしい姿を思い出したからだ。
全ての実験を終え、万全を期し。淫魔への転換を提案した時の、クラロの表情と言ったら。
驚きと、葛藤と、不安。それらに掻き混ぜられながらも、考えもしなかった新しい選択に期待を寄せる瞳。
丸く見開き、自分を凝視するあの顔は……それこそ、ウェルゼイがクラロに魅入られた時と同じ。
あの時は、まだクラロは産まれて間もない幼子だった。それなら、まさにクラロは生まれ変わったと言えるだろう。
人間から淫魔に。逃げなければならない恐怖も、立ち向かわなければならないと刷り込まれた強迫も、人である限り逃げられない概念も。全てを捨てて生まれ変わったのだ。
ウェルゼイと共にいるために。ウェルゼイと共に生きる、それだけのために。
「今のところはね。知らせる必要もないし」
「今も管理区で暮らしてると疑ってないんだろ? 実際はガキ以外、全員殺したっていうのに」
「結果として死んだだけで、殺すつもりはなかったよ。まぁ、耐えられないとは思っていたけどね」
目的が違うなら、結果は過程に過ぎない。分かりきった結末でも、確かめるまでは要素としては不確定だ。
人間から淫魔への転換など、初めての試みだ。ただの遊び程度ならともかく、クラロ相手にどんな不安もあってはならない。
転換に必要な最初の材料は、クラロを殺そうとした馬鹿のおかげで難なく揃った。今も全てを抜き取られた元淫魔は、街の至る所で晒されているだろう。
元は同族でも、今は人間。運が良ければ今も生きているだろう。あるいは、とっくに廃棄されているか。それすらも興味はない。
材料が揃ったなら次は実験だったが、目星はついても無駄に殺すなと命じている側として、体裁は守らなければならない。
だが、これも進めていた管理区の計画により有耶無耶にできた。
これまで保護区として取り扱っていた村町を合併するにあたり、膨大な数を纏める内に、一部の村だけが抜け落ちてもおかしくはない。
それが聖女の元故郷であろうと、数人の子どもだけが管理区で合流したとしても、真実を明らかにする者はいない。
今はまだ村町の集団概念が抜けていないが、じきに曖昧になる。元より、孤児を含めた複数の子どもは別で管理をしていたのだ。
生存も曖昧だったルバ村の子どもが数人いたとしても、その子どもらが何を言ったとしても、真実に辿り着くことはできない。
……否、辿り着いたところで何も変わりはしない。既に奴らは、使い終わった後なのだから。
「それに、クラロにも一応伝えているよ。責任を取らずにのうのうと生き延びていることに対する報いは、いつか受けてもらうってね」
「お前も大人げねえな。まぁ、おかげでこっちは楽しめているわけだが」
「許せるわけないだろう? あの子をずっと苦しめていたんだ。最期ぐらい、あの子の役に立ってもらわないとね」
実際、結果は全員同じだったが、そこに至る過程は十分に活用できた。
おかげで転換に必要な素質や条件は絞られ、エリオットに対する実験は成功し、クラロを全てから解放することができたのだから。
聖職者の血筋。すなわち、その素質がなければ植え付けられる魔力に耐えられないと確信を得るまで長かったし、クラロに恋慕している男を図らずも同族として迎え入れてしまったことは気に食わないが……何事も完璧に、とはいかない。
クラロが無事なら、あとは些事だとウェルゼイも目を瞑ったのだ。
何より、クラロが楽しんでいるのなら、後輩という存在が残っていても悪くはない。
そう、結局の所、ウェルゼイは最初からクラロに甘いのだ。
「だったら、その時に連れて来りゃよかっただろうに」
「そんなことしたら、それこそあの人間たちと同じだ。僕はクラロに媚びを売ってほしいんじゃなく、信じてほしかったんだから」
当時、クラロが脅かされていると知った時、その選択は確かによぎった。だが、そうすればクラロは他の人間たちによって淫魔に差し出されたと理解し、生きるためには従順になるしかないと諦め、最後には人形のように振る舞うだけの存在になっただろう。
それでは何も意味がない。確かに最後には迎えに行ったが、それはクラロを守るために致し方なく行動しただけ。そうでなければ、もう少し見守っていたかった。
少なくとも、全ての保護区を一括し、計画を進める段階に入るまでは。
「で? その残ったガキってのはどうするつもりだ」
「どうもしないよ。今は計画に則り、然るべき教育を施しているところだよ。まぁ、彼女たちの年頃なら座学だけだし、今は抵抗なく受け入れてるんじゃないかな」
「寛大なこった。そいつらがクラロの噂を流しているのになぁ」
今度こそ、明確に手が止まる。報告は耳にも届いているし、対処すべきか悩んでいたところだ。
純粋な思い出話でも、要因が絡めば悪質な話にも変わる。たとえ子どもたちにその意図がなくとも、聞いた者はそうは考えないだろう。
クラロお兄ちゃんは聖女様という人の子どもだったんだって。クラロお兄ちゃんには最近会った。クラロお兄ちゃんは、またどこかに行ってしまった。村のおじいちゃんたちは、クラロお兄ちゃんが助けてくれるって言っていた。
考えられる語り口はこのあたりだろう。
そうして、何も知らずに期待した人間たちは、クラロがこの世界を救ってくれると信じているのだろう。
実に不愉快なことだが……。
「聖女の息子が城にいる、なんて俺の耳にも届くぐらいだぜ? 相当言われてるんだろうよ」
「……クラロが嫌なら止めるけど、そうじゃないなら僕の出番はないよ」
負け惜しみでも言い訳でもない。それは、ウェルゼイにとって紛れもない本心。
「人間の口語りなんてすぐにあやふやになるんだ。それに、あと十年もすればそれも嘘じゃなくなるし、クラロ一人を指す言葉でもなくなる。クラロが嫌がっていないのに締める必要はないよ」
紙に残しているならまだしも、所詮は噂。現状の不安から抜け出すために口走った妄想でしかない。
今はまだ信憑性があるだろう。だが、数年、十数年。そして、百年も経てば跡形もなく消えてしまうもの。
それに、彼らの言っていることは間違いではないのだ。そう、聖女の息子は確かに城にいる。ただ、付け加えるなら娘もだろう。
それこそ、知っているのはごく一部。ここにいるラディアと、アモル。そして、計画を主導するウェルゼイだけ。
「まったく、新魔王様には困ったものだ。聖女と勇者をペットにするまではともかく、新しく生まれた子どもまで面倒見ろ、なんて言うんだからさ」
漏れた溜め息は、心労を窺わせるのに十分すぎるほどに深い。
そう、そもそも管理区なんて設けることになったのは、魔王もとい、母親の我が儘からなったものだ。
まさしく、彼女にとって人間はペットそのもの。面倒を見れないなら処置を施せばいいのに、それすらもしないという。
一人二人ならまだしも、それなりの数になれば計画も必然と大がかりになる。
こんなに可愛いんだから殺すのは可哀想、なんて宣うとは。まったく正気を疑う。
当の本人たちは子ができた自覚さえないまま取り上げられ、もはや知性の欠片もない獣のようにまぐわっているというのに。
「それを誤魔化すためにわざわざ管理区なんて作ってやったんだろ」
「まぁね。とはいえ、人間の保護っていうのも嘘じゃないし……これで紛れ込ませることも簡単になったうえに、聖女の血を継いだ質の高い奴隷も定期的に供給できるようになった。これでみんなも楽しめるんじゃないかな」
聖女の息子……否、子どもたちはこうして人間に育てさせることができるし、それを喰らう楽しみもできた。飽きやすい淫魔を、少しでも長く楽しませるのも一苦労というもの。
だが、これが巡り巡ってクラロの心労を取り除くことになるなら、やはり大して苦ではないのだ。
「それもアイツには言ってんのか?」
「まさか。でも、僕が言わなくてもいつか気付くよ。クラロは賢いからね」
五年か、十年か。はたまた、育った第一軍が城に派遣されてようやくか。
どうであれ、今知らせる必要はないだろう。下手に兄弟たちがいるなんて知れば、それこそ彼の不安を煽るだけだ。
そうやって怖がるクラロも可愛いが、ウェルゼイは傷付けたいわけじゃない。
もしかしたら他の兄弟の方がいいと思うかも、なんて。そんな勘違いなどされたくはないのだ。
だから、伝えるのは彼がもっとウェルゼイを信じ、その感情が揺るぎないものになってからでいい。
その頃には……クラロはもっと、淫魔として生きていけるようになっているだろう。
今よりも楽しく。そして、今よりももっと愛おしくなっている。そうウェルゼイは確信しているのだから。
「僕はクラロさえいれば、あとはどうなろうといいし。魔王様の要望も叶えられたし、しばらくはゆっくりするよ。適応しきっているとはいえ、念には念を入れなくちゃね」
「同族化ねぇ……よさそうなら、レニウスにも検査受けさせるか」
「いいんじゃない? クラロも気に入っているし、一人ぐらい友達がいたほうがあの子も嬉しいだろうしね」
程度にもよるが、一緒に遊ぶ相手としてもレニウスなら悪くはない相手だ。立場を弁え、それ以上関係が発展しないと確信している。
専属奴隷として、まさに優秀とも言えるだろう。あとは、不感症を直すだけだが……それも時間の問題。
あの無表情がどのように歪むのかは純粋に興味があるが、それはまた違う機会に満たせるだろう。
「友達なら、すでに可愛い後輩君がいるだろ?」
「ああ、アレね。ペットは友達にはなれないよ、ラディア」
「ははっ! 違いねえ!」
ゲラゲラと笑う声に遮られようとも、扉の外から聞こえる足音を聞き逃すことはない。
処理を終えた書類を片付け、捉えた正面の扉。開いた隙間から覗く亜麻色の髪に、赤は緩む。
自分を見つめ、幸せそうに笑う空色を受け止め。この言葉を紡げる歓びを噛み締めながら、ヴェルゼイは笑う。
彼が帰る場所は、自分の隣なのだと。
「――おかえり、クラロ」
クラロ君の今後については、SNS(旧Twitter)の方で随時零しておりますので、今後の更新等も合わせて楽しんでいただければ幸いです。
また、現在アンケート実施中ですので、合わせてご協力いただければ幸いです。
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「で? 何人残ってんだ?」
紙を引っ掻いていたペン先が止まれば、次に響くのは山が積み上げられるまでの過程だ。一連に静寂はなく、その質問は作業を妨げていないことを伝えている。
別段嫌ってもいないが、好きでもない相手と歓談するほど暇ではないと、ウェルゼイの目線は手元に落ちたまま。この書類だって別段急ぐわけではないが、最終的に愛しい恋人との時間に繋がると思えば、どれだけ早く終わらせても悪くはない。
そもそも、この書類はクラロがいない時だけ処理できるのだ。まだ外で遊んでいる頃とはいえ、時間が惜しいのは事実。
「何の話だか」
「決まってんだろ? お前の可愛いクラロの、故郷の奴らだよ」
候補を挙げることさえ煩わしいと切り捨てたはずの疑問は、明確な指摘によってウェルゼイの興味を惹く。
まさしく今、その彼らの書類を纏めているところ……というのは偶然か、それとも狙ってきたか。
否、間違いなく後者だろう。楽しいことに関しては、この男は誰よりも鼻が利くのだ。そう簡単に見逃すはずがない。
「……多く見積もっても、五人程度かな。みんな子どもばっかりだから、君好みの子はいないだろうけど」
書類の大半に印が入っているのを眺め、概算しても片手で足りる程度。
ウェルゼイ自ら指示したのだ。正確な数こそともかく、成人した人間が一人もいないのは間違いない。
否、それを確かめる為の作業だったかと、再びペンを動かしたところで轟くのは不満の声。
「おいおい、一人ぐらいいねぇのかよ。レニウスぐらいの年頃のが何人かいただろ」
興味がないように見えて、自分好みの相手はしっかり把握していたらしい。
確かに、クラロがかつて友と呼んだ相手の他にも何人かラディア好みの人間がいたかと考えて、されどその詳細を思い出すことはなく、山はまた一枚築かれる。
「うん、全部使ったからね」
作業は止まらず、資料を流し読む目も止まらない。答えた口調は、人を指すニュアンスではなく、物を消費したのと同じ響き。
簡単に確かめた書面に綴られているのは、淫魔に転換する際に起きた副作用と、その末路に関して。
かつて、本当の親のように慕っていた牧師とやらの結果も、他と大差なかったと示すのは『死亡』の二文字。
牧師とは名乗るだけなら適性がなくとも可能。
所詮、聖女や認定を受けた聖職者と血筋が違えば、宿した魔力の質も違うのだと確認したウェルゼイの手が、もう一枚と紙を捲り続ける。
手元に広がる紙面、積み上げられていく山。その全てに色づけされた赤は、全てが同じ意味を示すもの。
「クラロには順調に成功したって言ってんだろ? ……本当に信じてるのか?」
ペンが僅かに止まる。だが、それも罪悪感ではなく、愛らしい姿を思い出したからだ。
全ての実験を終え、万全を期し。淫魔への転換を提案した時の、クラロの表情と言ったら。
驚きと、葛藤と、不安。それらに掻き混ぜられながらも、考えもしなかった新しい選択に期待を寄せる瞳。
丸く見開き、自分を凝視するあの顔は……それこそ、ウェルゼイがクラロに魅入られた時と同じ。
あの時は、まだクラロは産まれて間もない幼子だった。それなら、まさにクラロは生まれ変わったと言えるだろう。
人間から淫魔に。逃げなければならない恐怖も、立ち向かわなければならないと刷り込まれた強迫も、人である限り逃げられない概念も。全てを捨てて生まれ変わったのだ。
ウェルゼイと共にいるために。ウェルゼイと共に生きる、それだけのために。
「今のところはね。知らせる必要もないし」
「今も管理区で暮らしてると疑ってないんだろ? 実際はガキ以外、全員殺したっていうのに」
「結果として死んだだけで、殺すつもりはなかったよ。まぁ、耐えられないとは思っていたけどね」
目的が違うなら、結果は過程に過ぎない。分かりきった結末でも、確かめるまでは要素としては不確定だ。
人間から淫魔への転換など、初めての試みだ。ただの遊び程度ならともかく、クラロ相手にどんな不安もあってはならない。
転換に必要な最初の材料は、クラロを殺そうとした馬鹿のおかげで難なく揃った。今も全てを抜き取られた元淫魔は、街の至る所で晒されているだろう。
元は同族でも、今は人間。運が良ければ今も生きているだろう。あるいは、とっくに廃棄されているか。それすらも興味はない。
材料が揃ったなら次は実験だったが、目星はついても無駄に殺すなと命じている側として、体裁は守らなければならない。
だが、これも進めていた管理区の計画により有耶無耶にできた。
これまで保護区として取り扱っていた村町を合併するにあたり、膨大な数を纏める内に、一部の村だけが抜け落ちてもおかしくはない。
それが聖女の元故郷であろうと、数人の子どもだけが管理区で合流したとしても、真実を明らかにする者はいない。
今はまだ村町の集団概念が抜けていないが、じきに曖昧になる。元より、孤児を含めた複数の子どもは別で管理をしていたのだ。
生存も曖昧だったルバ村の子どもが数人いたとしても、その子どもらが何を言ったとしても、真実に辿り着くことはできない。
……否、辿り着いたところで何も変わりはしない。既に奴らは、使い終わった後なのだから。
「それに、クラロにも一応伝えているよ。責任を取らずにのうのうと生き延びていることに対する報いは、いつか受けてもらうってね」
「お前も大人げねえな。まぁ、おかげでこっちは楽しめているわけだが」
「許せるわけないだろう? あの子をずっと苦しめていたんだ。最期ぐらい、あの子の役に立ってもらわないとね」
実際、結果は全員同じだったが、そこに至る過程は十分に活用できた。
おかげで転換に必要な素質や条件は絞られ、エリオットに対する実験は成功し、クラロを全てから解放することができたのだから。
聖職者の血筋。すなわち、その素質がなければ植え付けられる魔力に耐えられないと確信を得るまで長かったし、クラロに恋慕している男を図らずも同族として迎え入れてしまったことは気に食わないが……何事も完璧に、とはいかない。
クラロが無事なら、あとは些事だとウェルゼイも目を瞑ったのだ。
何より、クラロが楽しんでいるのなら、後輩という存在が残っていても悪くはない。
そう、結局の所、ウェルゼイは最初からクラロに甘いのだ。
「だったら、その時に連れて来りゃよかっただろうに」
「そんなことしたら、それこそあの人間たちと同じだ。僕はクラロに媚びを売ってほしいんじゃなく、信じてほしかったんだから」
当時、クラロが脅かされていると知った時、その選択は確かによぎった。だが、そうすればクラロは他の人間たちによって淫魔に差し出されたと理解し、生きるためには従順になるしかないと諦め、最後には人形のように振る舞うだけの存在になっただろう。
それでは何も意味がない。確かに最後には迎えに行ったが、それはクラロを守るために致し方なく行動しただけ。そうでなければ、もう少し見守っていたかった。
少なくとも、全ての保護区を一括し、計画を進める段階に入るまでは。
「で? その残ったガキってのはどうするつもりだ」
「どうもしないよ。今は計画に則り、然るべき教育を施しているところだよ。まぁ、彼女たちの年頃なら座学だけだし、今は抵抗なく受け入れてるんじゃないかな」
「寛大なこった。そいつらがクラロの噂を流しているのになぁ」
今度こそ、明確に手が止まる。報告は耳にも届いているし、対処すべきか悩んでいたところだ。
純粋な思い出話でも、要因が絡めば悪質な話にも変わる。たとえ子どもたちにその意図がなくとも、聞いた者はそうは考えないだろう。
クラロお兄ちゃんは聖女様という人の子どもだったんだって。クラロお兄ちゃんには最近会った。クラロお兄ちゃんは、またどこかに行ってしまった。村のおじいちゃんたちは、クラロお兄ちゃんが助けてくれるって言っていた。
考えられる語り口はこのあたりだろう。
そうして、何も知らずに期待した人間たちは、クラロがこの世界を救ってくれると信じているのだろう。
実に不愉快なことだが……。
「聖女の息子が城にいる、なんて俺の耳にも届くぐらいだぜ? 相当言われてるんだろうよ」
「……クラロが嫌なら止めるけど、そうじゃないなら僕の出番はないよ」
負け惜しみでも言い訳でもない。それは、ウェルゼイにとって紛れもない本心。
「人間の口語りなんてすぐにあやふやになるんだ。それに、あと十年もすればそれも嘘じゃなくなるし、クラロ一人を指す言葉でもなくなる。クラロが嫌がっていないのに締める必要はないよ」
紙に残しているならまだしも、所詮は噂。現状の不安から抜け出すために口走った妄想でしかない。
今はまだ信憑性があるだろう。だが、数年、十数年。そして、百年も経てば跡形もなく消えてしまうもの。
それに、彼らの言っていることは間違いではないのだ。そう、聖女の息子は確かに城にいる。ただ、付け加えるなら娘もだろう。
それこそ、知っているのはごく一部。ここにいるラディアと、アモル。そして、計画を主導するウェルゼイだけ。
「まったく、新魔王様には困ったものだ。聖女と勇者をペットにするまではともかく、新しく生まれた子どもまで面倒見ろ、なんて言うんだからさ」
漏れた溜め息は、心労を窺わせるのに十分すぎるほどに深い。
そう、そもそも管理区なんて設けることになったのは、魔王もとい、母親の我が儘からなったものだ。
まさしく、彼女にとって人間はペットそのもの。面倒を見れないなら処置を施せばいいのに、それすらもしないという。
一人二人ならまだしも、それなりの数になれば計画も必然と大がかりになる。
こんなに可愛いんだから殺すのは可哀想、なんて宣うとは。まったく正気を疑う。
当の本人たちは子ができた自覚さえないまま取り上げられ、もはや知性の欠片もない獣のようにまぐわっているというのに。
「それを誤魔化すためにわざわざ管理区なんて作ってやったんだろ」
「まぁね。とはいえ、人間の保護っていうのも嘘じゃないし……これで紛れ込ませることも簡単になったうえに、聖女の血を継いだ質の高い奴隷も定期的に供給できるようになった。これでみんなも楽しめるんじゃないかな」
聖女の息子……否、子どもたちはこうして人間に育てさせることができるし、それを喰らう楽しみもできた。飽きやすい淫魔を、少しでも長く楽しませるのも一苦労というもの。
だが、これが巡り巡ってクラロの心労を取り除くことになるなら、やはり大して苦ではないのだ。
「それもアイツには言ってんのか?」
「まさか。でも、僕が言わなくてもいつか気付くよ。クラロは賢いからね」
五年か、十年か。はたまた、育った第一軍が城に派遣されてようやくか。
どうであれ、今知らせる必要はないだろう。下手に兄弟たちがいるなんて知れば、それこそ彼の不安を煽るだけだ。
そうやって怖がるクラロも可愛いが、ウェルゼイは傷付けたいわけじゃない。
もしかしたら他の兄弟の方がいいと思うかも、なんて。そんな勘違いなどされたくはないのだ。
だから、伝えるのは彼がもっとウェルゼイを信じ、その感情が揺るぎないものになってからでいい。
その頃には……クラロはもっと、淫魔として生きていけるようになっているだろう。
今よりも楽しく。そして、今よりももっと愛おしくなっている。そうウェルゼイは確信しているのだから。
「僕はクラロさえいれば、あとはどうなろうといいし。魔王様の要望も叶えられたし、しばらくはゆっくりするよ。適応しきっているとはいえ、念には念を入れなくちゃね」
「同族化ねぇ……よさそうなら、レニウスにも検査受けさせるか」
「いいんじゃない? クラロも気に入っているし、一人ぐらい友達がいたほうがあの子も嬉しいだろうしね」
程度にもよるが、一緒に遊ぶ相手としてもレニウスなら悪くはない相手だ。立場を弁え、それ以上関係が発展しないと確信している。
専属奴隷として、まさに優秀とも言えるだろう。あとは、不感症を直すだけだが……それも時間の問題。
あの無表情がどのように歪むのかは純粋に興味があるが、それはまた違う機会に満たせるだろう。
「友達なら、すでに可愛い後輩君がいるだろ?」
「ああ、アレね。ペットは友達にはなれないよ、ラディア」
「ははっ! 違いねえ!」
ゲラゲラと笑う声に遮られようとも、扉の外から聞こえる足音を聞き逃すことはない。
処理を終えた書類を片付け、捉えた正面の扉。開いた隙間から覗く亜麻色の髪に、赤は緩む。
自分を見つめ、幸せそうに笑う空色を受け止め。この言葉を紡げる歓びを噛み締めながら、ヴェルゼイは笑う。
彼が帰る場所は、自分の隣なのだと。
「――おかえり、クラロ」
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「すまない。私は父としての責任を果たす」
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だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
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