おまじない屋の魔法使い

ラブ

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許嫁

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 ーこぉらぁ!
 突然、甲高い怒鳴り声がふってきた。
 -わっ?!
 素晴らしい身のこなしでリュカが避け、リュカがいた場所に何かがドカンとぶつかった。
 ちっと舌打ちする誰かの声がした。
 -あんなに近くで撃ったのに、なんで当たんないのっ?!
 -おま、アホかァ!
 リュカが吠えた。
 -あんな近くで?!そらわかるし、避けるわ!避けなきゃ死んじまうだろ!てか、撃つな、そんなもん!
 ぽかんと口を開けて見ているしかないリンゴをおいて、リュカはずかずかと声の主に詰め寄る。
 声の主は、まだ幼いといっていいような女の子だった。
 金色の髪に、水色のリボンを結び、同じ色のシンプルなワンピースを着ている。白い肌に、ワンピースの金色のボタンが映えて美しい。そして瞳はオレンジレッドだった。
 不思議な風貌の少女は、はかなげな外見に反し、勇ましい声を張りあげた。
 -っさいなァ!撃たれて当然だろ、なんだてめー、半年以上も放っときやがって!撃ちに来るわ!当たればよかったのに!
 -ってめ、なんつうことを!相変わらずのクチの悪さだな!
 -てめーにだけは言われたくないね!へん!アンタのがうつったのよ!この疫病神!
 -言うに事欠いてなんだそりゃ!害虫扱いすんなコラ!
 どこで割って入ればいいのか、リンゴにはまったく分からなかった。目を見開いて見ているしかない。ふたりの言い争いは延々と続いていく。リュカはもとより、かわいらしいワンピースの可愛らしい顔をした少女が、リュカと同じくらい乱暴な言葉づかいをしている姿は、どれだけ見ていても信じられない思いがした。ギャップがすさまじい。
 -あ。
 リュカがリンゴの顔色に気づき、殴り掛かってきそうな少女を左手で制し、右手で少女をさし示した。
 -これな、おれの幼ななじみ。いや、違うな、義理の妹でもあるんだけど、なんつうかなー。ほら、あれだ。フィアンセ。
 その言葉に、少女がとびあがって、思わずといった体でリュカのこめかみをばちっとはたいた。
 リンゴの目と口はすでに見開ききっていた。彼を襲った驚きの大きさは、眉間のしわと眉のあがり具合にあらわれた。
 -は。
 フィアンセ。
 呆然とした頭に、その言葉だけが響きわたる。
 -ちっげーよ、てめー!勝手に決めてんじゃねー!あたしはまだオッケーしてないんだからなっ!
 少女が猛然と牙をむき、リュカにくってかかる。リュカは両手で頭をかばいながら怒鳴り返した。
 -っだー!今話をややこしくすんな!わかってんよ!ただコイツにっ。
 -ややこしくしてんのはそっちだ、バーカ!名前教えてやったらそれでいいじゃねえか、どうせここで会ったっきりで、二度と会うこともない奴だろ!
 -そーゆーわけにいかねーだろ、普通どういうつながりのやつかって、気になるだろ?
 -見ればわかるだろ、馬鹿なのかそいつ!
 -違うけど!
 -こういう殴り合いのケンカするような間柄が、ただのオトモダチのわけねーだろ、バッカじゃねえ?!
 -おまえのその言い方見てて、おまえがどこの誰だかわかるやついねーよ!絶対説明いるだろ!
 -いきなりフィアンセはないわ!おまえが勝手に言ってるだけだ!
 -なっ、ちげえよ!言ってんのはおやっさんとおっかさんだろうが!俺は関係ねぇ!
 -そーやっててめーが無抵抗だから話がさくさく進んじまうんじゃねーか!
 -まて!まて!いまその話してるんじゃないっ!
 次第に押され気味になったリュカは腰を低くして少女を制しながら、ちらりとリンゴに気の毒そうなまなざしを向けた。
 -あー、っと、ちなみにこいつ、名前は、アンジーな。長いから省略してるけど、ほんとはエヴァンジェリン。
 -普通逆だろ、紹介する順序がよっ!
 すかさず少女、アンジーがリュカの後ろ頭をひっぱたいた。勢いあまって、リュカの髪の結び目がずれて髪がくずれた。
 -った!たたくな!どこぞの漫才師じゃあるまいし!俺はな、叩かれて伸びるタイプじゃないんだよ!
 -誰がてめーを伸ばそうだなんて思うか、バーカ!
 -おまえ、ほんとやめろよ。ほら、見ろ。あいつ呆れて見てるぞ。
 リュカが困ったようにリンゴを指し示すと、少女は全く臆することもなく、逆に挑発的な目でリンゴをにらんだ。はん、と鼻で笑う。
 -ていうか、誰なのよ、こいつ。
 -おま、コイツいうな。
 すでにぐったりし始めているリュカが、力なくリンゴをの元に歩み寄り、その肩をぽん、と叩く。近寄ってくるリュカがあまりにもげっそりしていたので、リンゴは何もできずにされるがままになった。品定めするようにこちらをにらむアンジーと目が合う。ばちっと火花が目に飛び込んできた気がした。
 -こいつはリンゴ。俺の、まぁ、親友、かな。とにかく友達だ。あんまりはしたないとこ見せんな。それと。
 親友、という言葉にぐっときているリンゴに、リュカはちらりと同意を求めるようなまなざしを投げ、言った。
 -これっきり二度と会わない、とかはさすがに、ないわ。こいつとは、また、ちょくちょく会うことになる。いろいろ世話になってる奴だし、世話してやってもいるからな。おまえも、あんまり高圧的な態度とらないで、ひとつよろしく頼むわ。見かけはあれだが、悪い奴じゃない。
 見かけはアレ、と言われて、リンゴはかすかに首をかしげた。別に見た目が恐ろし気なわけではないと思っている。むしろ逆なのではないか。見た目は普通だが、中身はけっこう悪いかもしれない。
 少女、アンジーもそう思ったらしく、いぶかしげに眉をひそめた。
 -逆じゃね?そいつ、見た目ふつうだけど、中身ふつうじゃないだろ?絶対。なんかやばそうな感じするし、何か隠し持ってそうな感じするんだけど。
 リュカが言いかえす間も、リンゴがほう、と感心する間も与えず、アンジーはぴしゃりと言った。
 -言っとくが、てめーがあたしの義弟になんかしやがったら、そのツケはあたしにくんだからな!変なことすんなよ?!
 脅すようににらみをきかせたあと、アンジーは一転、涼しい顔になってリンゴから目を背けた。自分の爪をいじりながら言う。
 -まー、別につるむ分には関与しねーよ。せいぜい仲良く遊んでな。こっちの領地に入ってきたら吊るすけどな。
 最後のひとことで、彼女はとどめとばかりにきつい光線のようなまなざしをおくりつけた。
 リュカがたまりかねたようにため息をどっと吐く。そしてきっと顔をあげた。
 -おまえな。ギテイってなんだ。逆だろふつう、歳考えろ。なんで年下のおまえが姉なんだよ!
 -アンタみたいな半端者があたしのアニキ?!やめてよね鳥肌がたつ。厄介者の厄介払いがあたしに押しつけられてるだけで癇に障ってるっていうのに。
 -おい、それ以上言うな!やめろよ、傷つくんだぞこっちも!
 -黙れ、ぼっこぼこにへし折れて、ずたずたになっちまえ!
 -おまえ、ほんといい加減にしろよ。
 リュカは心底疲れ切ったという表情で、腰を折って盛大なため息をついた。背中に哀愁がにじみでている。
 ふと気になって、リンゴはたずねた。
 -歳はいくつだ?そんなに下にも見えないが。
 あ、とリュカがひきつった顔をあげ、同時に向こうのアンジーの目のなかで、何かが光った。
 -あ?
 やば、とリュカの小さい声がする。背筋がひゅっと冷えた。
 -てめえ。
 少女の細くしなやかなからだを、禍々しい気合いがとりまく。
 -人にものを尋ねる言いぐさか、ってのは、置いといたとしても!
 かっとアンジーは瞳を見開いた。
 -乙女にいきなり歳を尋ねるなんて無礼だろうが!
 さっき出会いがしらにぶつけた魔砲弾が、いくつも空中に発生してリンゴ目がけて飛んできた。
 -やば!逃げるぞ!
 がっと脇腹にリュカのうでがくいこんだ。もつれあうようにして駆けだす。
 転がるようにリュカとふたり、抜きつ抜かれつ走るその背後から、雷のような声が襲ってくる。
 -挨拶も抜きにいきなり歳がいくつかだなんて!ナメくさってんのかこのヤロー!
 全く容赦のない追撃が、リンゴとリュカの右左すれすれに炸裂した。ひゅーとリュカが首をすくめ、口のなかで言う。
 -自分はどうなんだっつーの。いきなり撃ってきやがったくせに。
 -恐ろしい。
 リンゴがぽつりとつぶやくと、リュカは深々とうなずいた。
 -まったくだ。俺の将来、あれと一緒のベッドで寝ることなんだぜ。そら家出もするわな。
 -聞こえてんのよ、このクソヤローども!
 今度は頭上すれすれで魔法弾が炸裂した。
 一応、当てないように算段して撃っているらしい。だとしたら、なおのこと恐ろしいな、とリンゴは舌を巻いた。魔力制御だけならリンゴと同等かもしれない。
 ー二度と戻ってくんな!この家の敷居一歩でもまたいだら!そのときは串刺しにして吊るしてやるからな!
 鬼神のような怒鳴り声を聞くと同時に、ふたりは屋敷の表門へと続く舗装された道に転がりでた。街路樹を刈っていた庭師が何事か、と目をむく。ひざに手をついて呼吸を整えていたリュカは、軽く息をきらしているぐらいであまり顔色の変わっていないリンゴをうながし、門へ向かって再び走り出した。
 -おまえ、大丈夫?なんか、色々。
 リンゴがたまりかねて、ぼそっとたずねると、リュカは顔を赤くしながら、にやりと笑った。
 -おう。一応な。あれでも通常運転。ひどいときは、もっとひどいぞ。
 -いや、答えになってない。
 -ん?なにが。
 -あれでふつう、ってこと?ふつうって何?おれ、やばいと思う。
 リュカは一瞬、目を見開いて驚いたように黙った。かと思うと、大口をあけて笑い出した。
 -っははは!おめぇにそう言われたんじゃあ、よっぽどやばいか!って、笑ってる場合じゃないよなあ。確かに、やべえのはやべえけどさあ。
 リュカは少しだけ走るスピードをゆるめ、ため息をついた。大きく深い、年寄りじみたため息だった。
 -でもなあ、どうにもできねえだろ。俺は、あいつと結婚するために、養子に入ったんだ。もう俺の家族だからな。それに。
 ぱっと顔をはねあげ、リュカは明るい面差しになった。目がぴかりとまたたく。
 -ああ見えて、あいつ悪いやつじゃないんだ!ただな、ちょっと人見知りでな。おまえと同じ。知らない奴が来ると、攻撃力5倍増しなの。
 -人見知り、って言うのか、それ。
 思わずリンゴが言い返すと、リュカは軽く笑った。
 -まあな。でも、悪い奴じゃない。それは俺が保障する。あいつのことは、別にどうこういうつもりはねえんだ。ただなあ、あいつが俺を、よく思ってはくれねえんだよなあ。もう何年も一緒に暮らしてきて、ちいせえ頃はけっこう懐かれてたんだけど、いつごろからかな?ああなっちまったのは。
 -おまえのがうつったんだ。絶対そうだ。
 リンゴが確信をもって言うと、リュカは肩をすくめた。
 -そうだよな。ま、反省はしてるよ。いまさらどうにもできねえけど。
 -さっきから、それ多くない?いまさらどうにもできん、って。
 -いうな。今のおれには、これが手一杯、ってとこ。
 ふたりは表門にたどりつき、難なく通り抜けた。小道がうっそうと茂る森に向かって細くのびている。
 リュカは走るのをやめ、軽く息を乱しながら、頭の後ろで手を組んだ。
 -そんな急には、あれこれ変えられない、っての。まあいずれはなんとかせにゃならん問題だがよ。
 返す言葉が見つからず、黙ってリンゴは歩いた。振り返ると、あらためて大きな屋敷だった。城クラスだと言ってもいい。要塞のようでもある。
 空の青よりもなお青い色の屋根に、真っ赤な旗が鮮烈にひるがえっている。
 こいつの背負っているもの、それがこれ、全部だ。なんて重い。
 リンゴがため息をつくと、リュカはそのリンゴを見て、軽く目配せした。リンゴが首をかしげると、彼はすまなさそうに眉をさげ、急にぱん、と目の前で手をうちあわせた。
 -ってことで、わりぃ!リンゴ。せっかくきてもらったのに、あんなんなっちゃって、しかも追い返されて。言葉もねえわ。ほんとすまん。
 ーいいって、別に。
 リンゴは面倒くさそうにリュカのあわせた手を横へはらった。神妙な顔をしているリュカのほうを見ず、リンゴは黙って歩き出す。
 -お、おい。
 慌てたリュカが追いすがってきた。
 -なあ、やっぱ怒ってる?
 -怒ってない。
 リンゴは歩調をはやめる。
 ーやっぱ怒ってるじゃん。なあ、ごめんって。
 ーうるさい。
 リンゴの歩調に、しっかりとリュカはついてくる。
 怒っているのではなかった。別にリュカが悪いわけではないし、それはあの、恐ろしい許嫁とやらにも言えることだった。あの二人は、あれが普通だと言っている。
 別に気に障るわけではないし、それでいいならそれでいい。
 ただ、気になることがひとつだけあるのだった。
 ーおい。
 いつまでもリンゴについて小走りしながら、申し訳なさそうな顔をしているリュカの顔を、きっとリンゴはにらみつけて立ち止まった。
 -おまえ、ほんとはどう思ってるんだ?
 -どう、って?
 猫にいきなりパンチを食らわされたような顔をするリュカに、リンゴは諭すような調子でたたみかけた。
 -あれでいいのか、って言ってんだ。おまえがいいのならいい。でも、もし嫌なら。
 リンゴはまっすぐにリュカの目を見た。
 -ちゃんと、嫌って言って、逃げてこい。いくらでも居候させてやるから。
 気になることは、ひとつだけ。リュカが、運命に屈しているのではないか、ということだ。
 自分の意志でないものに巻き込まれ、そのままずるずると、自分の運命を他者に決めさせてしまうのがリンゴは気に入らないのだった。なにより、そういうのはリュカらしくないと思った。自分は、一本気で真っすぐな性質のリュカを、気に入っているのだから。
 その一点が曇ってしまうと、何だかリュカはリュカでなくなってしまうような気がした。気持ちの悪さを覚えた。
 一瞬、ごまかそうとしたらしいのがリュカの顔から見てとれた。しかしリュカは、リンゴが真剣なのを見てとったらしく、重々しく息をついて、押し黙った。
 そのまま、沈鬱に笑う。
 -言いたいことは、よくわかる。おまえの気持ちはありがたいと思うよ。でもな。
 リュカは目に、力強い輝きを宿した。それは運命をはねのける、リュカ特有のゆるぎのない自信に満ちた瞳だった。
 その目を見ただけで、リンゴはほっと肩の力が抜けるのを感じた。その肩を、リュカがはっしと叩いた。
 -いずれは、決着をつける。黙って、見ててくれな。もうしばらくは。時間がかかるんだ、ああいうことは。俺ひとりの都合じゃないしな。
 わかるだろ?と目配せをするリュカに、今度はリンゴが重くうなずく。
 リュカは子供のように無邪気な目で笑いかけ、話はおわりだ、と言わんばかりにリンゴからはなれ、また歩きはじめた。
 -あー、疲れたー。もお、ほんっとに疲れた、あの女、ぜんっぜん変わってなかったしぃ。いつになったら大人しくなるのかなあ。
 -一生無理じゃね?
 真面目に言い返しながら、リンゴも後を追う。
 -おまえ、嫌なこと言うな。
 -時がなんとかしてくれる、とは限らない。
 -まあ、そうだけどさあ。女の子は恐ろしいよなあ。どう変わるか、ぜんっぜんわからん。
 -それは言えてる。
 -とかいって、次来たときあれがお姫さまみたいにおしとやかになってたら、どうしたもんかそれもわからんけどな。
 -ないだろ。吊るすとか言ってたぞ。
 -あー、あれな。毎回あれなんだ。捨て台詞。お決まり、っていうやつ?
 -お約束、だろ。
 -あー、それそれ。
 気の抜けた会話を交わしながら、ふたりは森を抜けていった。

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