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冬神の使者
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-はっはっは、いよーうちびっこ、きてやったぞ。
声が聞こえるがはやいか、みし、という破壊音をたてて、リンゴの拳が木戸にめりこんだ。
-てめぇ、このキタカゼ野郎!呼んでもねえのにしゃしゃりでてくんな!ちびっこって呼ぶな!帰れっ。
-ん、そうかちびっこはだめか。じゃあ、黒いの。
-帰れっつってんだ。なんだ黒いのって。おれの名前はリンゴだ!知ってるだろうがっ。
-はっは、いや、頭が黒いからな。
-聞いてねえ!
ーおぉ、毎度ながら勇ましいな。けっこうなことだ。しかしそう怒るな。顔が怖いぞ。
-きさまがはらわた煮えくり返るようなこと言うからだろうがっ。人の名前くらいまともに呼べっ。
-それはすまん。しかしちびっこよ、おまえこそおれをキタカゼと呼ぶが、おれのまことの名は氷雨だぞ?
-黙れよまたちびっこって言ったしよ!
ーこれは失敬。知啓の守護聖、リンゴ殿?
おどけて笑みをうかべ、芝居めいて、ひざをかるく曲げる挨拶をしてみせるヒサメに対し、リンゴはからだじゅうふるえるほど歯ぎしりした。
-今すぐ帰れ、帰りやがれ。入れねえぞ、入れねえからな。
-それは残念。うっかりもう入ってしまった。
ヒサメはあっけらかんとした顔で、にっこりと笑った。つまさきで、とんとん、と床を踏む。冬将軍の申し子だというのにサンダル履きのその足は、筋肉と足首のくびれの鋭い線が際立っていた。
その流麗な筋肉に、リンゴは容赦なく全体重かけてつまさきを突き込み、弁慶の泣き所をえぐるようにひねりつぶした。
-タッ。こらこらちびっこ、そういうことをするからちびっこだというのだ。さすがに痛いぞ。
ぴくりとふるえた眉をひょい、とかるくさげ、ヒサメは半歩下がる。文句を並べながら足を引くと同時に、リンゴのひたいをぽんとこづいた。
リンゴはよろめいたかと思うとそのまま、すとんと尻もちをついた。
何がおきたかわからない。
リンゴはまばたきをした。ヒサメは踏まれたところをしらべている。顔を近づけ、ふーふーと吹く。
-おお、ほうらみろ、涙がでてきただろう。まったく、威勢がいいのはいいが、だんだん無茶をするようになってきたなあ?あまりよくないことを覚えさせるとイバラがうるさくてかなわんからな。すこし自重することを覚えるがいいぞ?何事につけ、慎重であるにこしたことはない。
ーおまえに言われたくねぇ、つか何しやがった。
リンゴはかすかにひざをわななかせながら、歯をくいしばって言った。からだに力が入らない。
ヒサメは身を起こし、不敵な笑みを浮かべた。
-ふふん、神通力というのはな、神の力を借り受けるだけではない。ひとの身に通じる力の通い路を封じる、あるいは開放する、これ立派な神通力だ。神の通い路をその身に宿していながら、人間とはなんと、まこと理不尽な存在よ。それをままに扱うことを知らずに生を終えるものの、あまりの多さに落胆せざるをえん。おお?いかんいかん、おれとしたことがついぐちを口走って、すまんな。このところたまっておってよ。
-それで来たのかよこの厄介ごと押し付け魔。帰れ。真剣に帰れ。
目に嫌悪の色すら浮かべながらにらむリンゴに、今度はすまなさそうにひざを折り、ヒサメはその頭をなでた。リンゴは思い切り身をよじった。
-すまんすまん。おまえは面白すぎてなぁ。適度にとめおこうと思ってはおるのだが。はは。ま、しかし神通力くらいは知っておいても損はないと思うぞ。
-一言余計だっ!この、帰れ、帰れっ!
リンゴはいきりたち、腰をぬかしたまま、足でヒサメの向こうずねに連撃を繰り出した。
-ふむ。いやいや、怒らせるつもりはなかったんだが。参ったな。
-最初っから怒ってんよ!
-そうか?そうか。ふぅん、それはすまんな。てっきり、おまえもおれに会えてうれしいものかと。
-ばっかじゃねえの!?どうにかしろっての、ご都合主義なそのあたま!もう帰れ!相手するのやだ!
-やれ、だだをこねられてはしょうがない。今日のところは帰るとするか。
-言い方が腹立つっ!!
叫ぶリンゴの床についた手のまわりから、いやそのもっと背後のほうから、ヒサメに向かって冷気がただよい、吸い寄せられるように集まっていく。かすかな音と風圧を感じ、リンゴは目を見開いた。
こいつのことは大嫌いだが、この瞬間だけはいつも見入ってしまう。
氷よりもはるかにはかない、淡雪の結晶をとりまき、かすかに渦巻く風に、ヒサメのひもで結んだ髪がわずかにほつれて、はらりとなびく。
冷たく澄んだ空気を衣のようにからだじゅうにまといながら、ヒサメは晴れた冬空のように、あっけらかんとしたいつもの笑顔をさっと輝かせた。
-またな、ちびっこ。次は怒るなよ?イバラによろしく伝えてくれ。
それだけ言うと、ふっとヒサメは目をとじ、祈るようにあごをひいて、その輪郭が一瞬、かげろうのようにゆらいだ。
最後に一瞬、小さく微笑んだ彼の吐息がふわりと白くひろがったかと思うと、空気に凛とした冷気の粒子をのこして、ヒサメはすうっととけるようにいなくなった。
いつみても、不思議だった。
神通力。神の力。
さきほどリンゴをたてなくしたのは、古武術の一種で、なにが神通力か、と思ったものだが、今のは完全に違う。
どうやっているんだろう?
リンゴは、思わず立ち上がって、それから、腰がすっかり元通りに戻っているのに気づき、あ、とちいさくつぶやいた。
かなりたってから、はっとリンゴは戸口のほうに目をやった。
-っておいコラー!ちびっこって呼ぶなーっ!おれはリンゴだーっ!
リンゴが出合い頭に殴りつけ、ひびが入った木戸がガタッと、風にゆすられて一度だけふるえた。
声が聞こえるがはやいか、みし、という破壊音をたてて、リンゴの拳が木戸にめりこんだ。
-てめぇ、このキタカゼ野郎!呼んでもねえのにしゃしゃりでてくんな!ちびっこって呼ぶな!帰れっ。
-ん、そうかちびっこはだめか。じゃあ、黒いの。
-帰れっつってんだ。なんだ黒いのって。おれの名前はリンゴだ!知ってるだろうがっ。
-はっは、いや、頭が黒いからな。
-聞いてねえ!
ーおぉ、毎度ながら勇ましいな。けっこうなことだ。しかしそう怒るな。顔が怖いぞ。
-きさまがはらわた煮えくり返るようなこと言うからだろうがっ。人の名前くらいまともに呼べっ。
-それはすまん。しかしちびっこよ、おまえこそおれをキタカゼと呼ぶが、おれのまことの名は氷雨だぞ?
-黙れよまたちびっこって言ったしよ!
ーこれは失敬。知啓の守護聖、リンゴ殿?
おどけて笑みをうかべ、芝居めいて、ひざをかるく曲げる挨拶をしてみせるヒサメに対し、リンゴはからだじゅうふるえるほど歯ぎしりした。
-今すぐ帰れ、帰りやがれ。入れねえぞ、入れねえからな。
-それは残念。うっかりもう入ってしまった。
ヒサメはあっけらかんとした顔で、にっこりと笑った。つまさきで、とんとん、と床を踏む。冬将軍の申し子だというのにサンダル履きのその足は、筋肉と足首のくびれの鋭い線が際立っていた。
その流麗な筋肉に、リンゴは容赦なく全体重かけてつまさきを突き込み、弁慶の泣き所をえぐるようにひねりつぶした。
-タッ。こらこらちびっこ、そういうことをするからちびっこだというのだ。さすがに痛いぞ。
ぴくりとふるえた眉をひょい、とかるくさげ、ヒサメは半歩下がる。文句を並べながら足を引くと同時に、リンゴのひたいをぽんとこづいた。
リンゴはよろめいたかと思うとそのまま、すとんと尻もちをついた。
何がおきたかわからない。
リンゴはまばたきをした。ヒサメは踏まれたところをしらべている。顔を近づけ、ふーふーと吹く。
-おお、ほうらみろ、涙がでてきただろう。まったく、威勢がいいのはいいが、だんだん無茶をするようになってきたなあ?あまりよくないことを覚えさせるとイバラがうるさくてかなわんからな。すこし自重することを覚えるがいいぞ?何事につけ、慎重であるにこしたことはない。
ーおまえに言われたくねぇ、つか何しやがった。
リンゴはかすかにひざをわななかせながら、歯をくいしばって言った。からだに力が入らない。
ヒサメは身を起こし、不敵な笑みを浮かべた。
-ふふん、神通力というのはな、神の力を借り受けるだけではない。ひとの身に通じる力の通い路を封じる、あるいは開放する、これ立派な神通力だ。神の通い路をその身に宿していながら、人間とはなんと、まこと理不尽な存在よ。それをままに扱うことを知らずに生を終えるものの、あまりの多さに落胆せざるをえん。おお?いかんいかん、おれとしたことがついぐちを口走って、すまんな。このところたまっておってよ。
-それで来たのかよこの厄介ごと押し付け魔。帰れ。真剣に帰れ。
目に嫌悪の色すら浮かべながらにらむリンゴに、今度はすまなさそうにひざを折り、ヒサメはその頭をなでた。リンゴは思い切り身をよじった。
-すまんすまん。おまえは面白すぎてなぁ。適度にとめおこうと思ってはおるのだが。はは。ま、しかし神通力くらいは知っておいても損はないと思うぞ。
-一言余計だっ!この、帰れ、帰れっ!
リンゴはいきりたち、腰をぬかしたまま、足でヒサメの向こうずねに連撃を繰り出した。
-ふむ。いやいや、怒らせるつもりはなかったんだが。参ったな。
-最初っから怒ってんよ!
-そうか?そうか。ふぅん、それはすまんな。てっきり、おまえもおれに会えてうれしいものかと。
-ばっかじゃねえの!?どうにかしろっての、ご都合主義なそのあたま!もう帰れ!相手するのやだ!
-やれ、だだをこねられてはしょうがない。今日のところは帰るとするか。
-言い方が腹立つっ!!
叫ぶリンゴの床についた手のまわりから、いやそのもっと背後のほうから、ヒサメに向かって冷気がただよい、吸い寄せられるように集まっていく。かすかな音と風圧を感じ、リンゴは目を見開いた。
こいつのことは大嫌いだが、この瞬間だけはいつも見入ってしまう。
氷よりもはるかにはかない、淡雪の結晶をとりまき、かすかに渦巻く風に、ヒサメのひもで結んだ髪がわずかにほつれて、はらりとなびく。
冷たく澄んだ空気を衣のようにからだじゅうにまといながら、ヒサメは晴れた冬空のように、あっけらかんとしたいつもの笑顔をさっと輝かせた。
-またな、ちびっこ。次は怒るなよ?イバラによろしく伝えてくれ。
それだけ言うと、ふっとヒサメは目をとじ、祈るようにあごをひいて、その輪郭が一瞬、かげろうのようにゆらいだ。
最後に一瞬、小さく微笑んだ彼の吐息がふわりと白くひろがったかと思うと、空気に凛とした冷気の粒子をのこして、ヒサメはすうっととけるようにいなくなった。
いつみても、不思議だった。
神通力。神の力。
さきほどリンゴをたてなくしたのは、古武術の一種で、なにが神通力か、と思ったものだが、今のは完全に違う。
どうやっているんだろう?
リンゴは、思わず立ち上がって、それから、腰がすっかり元通りに戻っているのに気づき、あ、とちいさくつぶやいた。
かなりたってから、はっとリンゴは戸口のほうに目をやった。
-っておいコラー!ちびっこって呼ぶなーっ!おれはリンゴだーっ!
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