おまじない屋の魔法使い

ラブ

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口約束

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 -あーっ、もーっ!あの馬鹿兄貴ども、またひとつ世界を危機に追いやったよっ。ほんっとうに面倒くさいっ。

 リュカが足をふみならして吠えている。

 -なんだ、また助っ人でも頼まれたか。

 頬づえをついて本のページをめくりながら、リンゴが気のない声で相づちをうった。

 -そうなんだよっ。ほんっとうにもう!呼び出したのがつかえないからおまえ、ちょっと来い、だって!ないわー、マジあの兄貴ないわー。
 -いつものことじゃねぇか。

 頭を抱えていた手を耳にあてて、全身をいやだいやだとふり動かすリュカをちらっと見て、リンゴは短く笑った。

 ーそれで?

 冷めた声の調子で言い、リンゴは読みかけの本をぱたんと閉じて脇へ押しやった。頬づえをついたまま、目を細めてにやりと笑う。

 -おれにわざわざぶちまけにきたってことは、おれにどうしろと?

 どこか馬鹿にしているようにも、話の先が読めてしまって退屈しているようにもとれる態度だった。その偉そうなまなざしを、リュカはきっとかえりみて正面からリンゴと目をあわせた。激しい視線を受けて、リンゴはけげんそうに眉をひそめた。
 リュカは両手をバシッと叩き合わせて、サッと頭を下げた。

 -お願いっ。協力してっ!
 -わかりやすくていいよ、おまえは。

 リンゴはくっくとのどの奥で笑いながら、回転いすを回してからだを少し横向けた。まだ頬づえをついたまま、横目でリュカのつむじを見下ろす。
 ゆっくり顔をあげたリュカは、おおいにシブい顔をしていた。

 -だって。おまえ、ちゃんと頼まないと力貸してくんないだろ。

 口をとがらせてつぶやくリュカを横目で見ていたリンゴは目を閉じ、椅子を回して正面を向いた。あごのしたで両手を組み、威圧するように笑う。

 -当然だ。人にものを頼むのに礼儀を知らないやつになぞ、力を貸すつもりもないし義理もない。
 -偉そうなこと言っちゃってるけどさ、どうせ俺がひとりで行くっつったらこっそりついてくるつもりだろ。

 リュカが遠くを見ながらひとりごとのようにつぶやくと、リンゴはさっと顔色を変え、机に両手を叩きつけて怒鳴った。

 -そんなことないっ。おまえが馬鹿やらないかどうか、見張るだけだっ。

 目のまわりをかすかに赤くして、机にから身を乗りだすようにして立ち上がったリンゴを横目に、今度はリュカが瞳を細めて笑った。

 ー見張るだけねえ。

 くすくすと笑うリュカを見下ろし、リンゴは不愉快そうな顔で再びすとんと座った。そのまま頬づえをつき、おおいにふてくされた顔をする。リュカは弟を見守るような顔で小さく笑って、彼の座している巨大な書斎机に背中をあずけ、ひじをもたせかけた。見あげた格好で声をかける。

 -なあ。

 リンゴは顔色を変えず、むっつりと壁をにらんだまま鼻をならす。

 ー俺のことに巻きこんじまって、毎度もうしわけないとは思ってるよ。

 頭をかき、首をすくめるリュカをちらりとも見ないで、リンゴはつまらなさそうに眉をさげた。

 -別に。それが仕事だし、問題ない。見張れと言われれば、見張るだけだ。
 -まだ見張る言い張ってんの。

 笑いながらもリュカは少し気がとがめているような顔で、リンゴをうかがい見た。

 -聞く気ない?事情とか、いきさつとか、何がどうとか。

 リンゴはさらに鼻を鳴らしただけだった。

 -聞いてどうする。
 ーどうもないさ。

 肩をすくめて腕を組み、リュカはあきらめたような調子を声ににじませる。

 -いつもの通り。兄貴たちが世界を創って脅威をつくって、絶望を希望に跳ね返すドラマチックシナリオを用意して、んで勇者を呼び、呼んだはいいけどいつも通りヘタレで役に立たない、なだめてもすかしてもにっちもさっちもお手上げ、完全にリタイア寸前。いつも通り。
 -システムを根本的に見直せと言っとけ。無理なんだよ、あいつらのやり方じゃあ。本当に精神鍛錬目的でやってるのか。潰しの間違いだろ。
 -それ。ほんとそれな。言ってるんだけどな。聞かないっつか、あいつらマジで能力のせいだと思っててさ。どんだけ甘くしたってメンタルがついてこなくちゃ仕方がないっつうのに。きかねえのよ。
 -おまえが言っても説得力がないからな。

 仏頂面だったリンゴの顔に笑みがさす。

 -はい、そこどういう意味かなリンゴ君。

 すっと目を細め、リュカは腕組みをほどいて机に正面からもたれかかる。答えてリンゴもリュカを見下ろし笑いながら、指でとんとんと机をたたいた。

 -わかりきったことを聞くなあ。十歳たらずで聖剣紋章発動させてブンブン振り回す弟なんて見てたら、人間その気になればなんでもできる、なんて誤解したってしかたないだろ。
 -おーいコラー。おまえおれの味方だろー。どうしておれをおとしめるようなこと言うのかなー。

 机にあごをのせ、やる気のない調子で文句を垂れるリュカを、リンゴは軽く眉をあげただけで軽くいなす。

 -おとしめる?何でだ。褒めているだろう。珍しく。
 -自分で珍しいとか言わない。大体、元魔王のおまえにそんなこと言われて嬉しいと思う?おれはむしろおまえにだけは言われたくないね、おまえなんか生まれたときから魔王じゃないかよ。
 -残念、生まれる前から最強最悪の闇の王だよ。運命だ。
 -あのな。だからそういうことを自分で言うなっつうの。まだ抜けてないの?今そういうこと言っても面白いだけだからね?おまえ、ちゃんとわかってる?
 ーおれを誰だと思ってるんだ。結界の管理者。魔王は『元』だ。

 リンゴはわずかに厳しい光を瞳に宿らせた。しかしため息とともにそれを吹きとばす。

 -世界のはざまではおれの肩書きや過去の遺産なんかぬるいんだろ。どうせ今のおれには、厄介ごとのしりぬぐいが関の山だよ。
 -おまえの負の遺産が元で、世界が十はできたって聞いたぞ。

 関心のなさそうな顔でぽろりとリュカが言うと、リンゴは一瞬きょとんとした。

 -誰に聞いたんだ、それは。
 -知らねえ。兄貴たちが言ってたよ。おまえのテンプレ流用したら、世界の脅威が十は量産できた、とかなんとか。

 リュカはあきれたように首をふる。リンゴは険悪に目を細めて歯ぎしりした。

 -あいつら、勝手なことを。また回収しなきゃいけないのか。
 -その勝手を許したのも、おまえの監督不行き届きだろ?

 ぽん、と投げ渡すようにリュカが言い、面食らったようにリンゴはまばたきした。二の句が継げない。すこしどもりながら、リンゴは無理やり言い返す。

 -おまえらが自由すぎるんだ。おい、ていうか何だその物言い。さっきまで頭下げて頼んでたじゃないかよ。

 怒りに熱が入りだすリンゴの額を、リュカは薄く微笑みながらぽんとはじいた。

 -なっ。
 -怒るなよ。誰もおまえが仕事をサボって本ばっかり読みふけって、変な魔術の研究とかに没頭してなにがどうしてもシャットアウトで困り切ってますなんて言うつもりはさらさら。
 -待てえっ。

 爽やかな顔ですらすらと言葉をならべるリュカの首を、リンゴが後ろから両手でわしづかみに絞めた。

 -どういう解釈でおれのこと見てたか知らないがサボってるんじゃないあれもれっきとした仕事なんだ変な魔術じゃないあれしないと結界維持できないんだ、このよくもぬけぬけと、人の気も知らずに厄介ごとおれに押しつけてお気楽勇者の成れの果てめが。おまえがおれをヤりにきてたら半径10キロ圏内に入った時点で瞬殺してたわ。
 -残念。剣に関してはおれ、チート。知ってるだろうけど。
 -うるさいっ。振り回してりゃ当たるみたいな技しか持ってないだろうがっ。
 -ざーん念、その当たるがきついんだわ。運命はおれを選ぶ、みたいな?
 -さっき自分で言うなだのなんだの言ってたのは誰だ?もしかしておまえ?おまえのほうがおれよりずっと面白いんじゃないの?なあ?
 ー五十歩百歩だっつーの。そろそろはなして、痛い。

 顔をしかめて力いっぱいリンゴの手をふりもぎったリュカは、苦しそうにせきこみながら服のえりをただした。
 リンゴはすこし気まずそうに首をすくめ、回転いすにおさまると、所在なく右左と椅子を半回転させた。
 ひと息ついて、リュカが言う。

 -ってなことは、おれは全く気にしてないから。おまえがちゃんとやってるって知ってるよ。気にしてるのは、どっちかっつうとイバラだな。
 ふてくされたように椅子に沈んでいたリンゴは、イバラの名を聞いて顔をあげた。嫌そうな顔をしていた。

 -寝ろとか飯とか、うるさいんだ、あいつは。わかってるっての。
 -あと、風呂な。

 リュカがほほ笑みながら付け加えると、リンゴはさらに嫌そうな顔をした。

 -うるさい。結界の守護者に対して、何が規則正しい生活をしろ、だ。一般人じゃあるまいし。そんなの状況が許さないときだってあるだろ。おれのせいみたいに言って。
 -おまえ、自覚ないの?

 半分あきれ、半分感心したようにリュカが眉をあげた。身をすくめるリンゴにわずかに詰め寄る。

 -だいぶ不摂生だよ、おまえ。仕事してるときでも、してないときでも。水すら飲まないときあるじゃん。さすがに心配するって。おれでも心配するよ。

 面と向かってひとこと一言はっきり言うリュカを、リンゴはさげずむようににらみつけた。

 -状況に応じて行動してるだけだ。おれが不真面目だとか不衛生だとか無教養だとか、そういう説教するつもりなら願い下げだからな。協力の件もなしだ。とっとと帰れ。
 -おいおい怒るなよ、ごめんって。何もそこまで言ってはないだろ?

 リュカは慌てて首を振ると、真剣な顔になった。

 -おまえはどっちかというと真面目すぎるたぐいの人間だし、身だしなみはいつもちゃんとしてるし、無教養なんてとんでもない話だろ、おまえに比べたらおれなんて月とありんこだよ。
 -今さら持ちあげたってむだだ。

 リンゴはそっぽを向いて鼻をならした。

 ーあのな。

 ぐい、と乱暴に机に身を乗り上げて、リュカは今までよりも少し低い声で言った。

 -おれは、おまえとちがって、都合のいいお優しいセリフをすらすら並べてやれるほど器用じゃないの。ほんとに思ってることしか言えないの、おれは。お世辞だと思われるのが一番腹立つんだよ。すごいと思ってるよ、おれは。ちゃんと。

 まっすぐな目をリンゴに向けたままはっきりとそう言い切ると、リュカは気がすんだようにぽんと地面に足をついて、また背中から机にもたれかかった。
 リュカの視線が離れると、リンゴは口元まで服の襟に埋まるほど首を縮め、ため息をついてすこし悔しそうに目を細めた。
 リュカがふいにうでをあげ、頭の後ろをかきむしる。

 -つってもなー。おれの都合でおまえに不摂生させてる感もあるし、おまえに説教する筋はたしかにねえわなあ。

 びくりと肩を縮めて石のように固まったリンゴを振り返り、リュカはぽかんと口をあける。

 -あ?どした?おれ、なんか変なこと言った?

 リンゴはしばらくそのまま動かなかったが、金縛りがとけたように肩から力を抜き、ぐったりと頭から机に倒れこんだ。そしていじけたようにつぶやいた。

 -別に。
 ーなに。どうした、急に。

 リュカに髪をさわられてもリンゴは身動きせず、目だけでリュカの手の動きをおった。そして目を閉じ言った。

 -おまえに振り回されるのにはもう慣れてる。

 リュカが吹きだす。

 -ちょっと待て。そりゃあおれはお騒がせ野郎かもしれないけど、そんなにしょっちゅうおまえに頼ってもねえだろ?そんなにヘルプ出してる?おれ。
 -いるだけで疲れる。主人公オーラ出すな。
 -なっ、ちょっとなにそれ。

 思わず笑い出したリュカにつられて、リンゴもかすかに笑った。リュカは笑いながら少し眉をしかめ、リンゴの髪をぐりぐりかきまわす。

 ーおれがいつ、そんなのだしたよ。主人公オーラ?なにそれはじめて聞いたし。
 -いつも出てるんだよ。うっとうしい。自覚がないとかマジうざい。
 ーおい、ちょっと。さっきからなにそのさんざんな言われよう。言っとくけどね、おまえも『元』ならおれも『元』だからね?だいたい人のこと言えないだろ、おまえは。
 ーだから言わなかったじゃん。
 -いや今言ったし。
 -聞かれたから答えただけだ。
 -そういう答え方を求めてねえよ。
 ーじゃあどういうのをお望みなんですか?『元』主人公さん?
 -だから、主人公ネタやめろって。ていうか、待て。話の最初もう覚えてねえや。はは。

 リュカは自分の頭を軽くたたいて申し訳なさそうに笑った。リンゴはかすかに目元をゆるめ、老いた犬のようにふたたび机にうつぶせになった。

 ー馬鹿。
 -おう、どうもそうらしいな。否定はできない。

 陽気な笑顔でリュカはうなずく。リンゴは目を閉じてため息をついた。
 急に静かになった。

 ーいつ出発する。

 寝そべったまま、ぽつりとリンゴが問うた。少し身を起こし、リュカを見つめて真面目な顔をする。

 -イバラは、連れてくのか。
 -もちろん。三人でひとつだ、今のおれたちは。そうだろ?

 リュカの笑みには、強気な輝きが加わっていた。どっしりとした信頼に満ちたまなざしを受けて、リンゴはわずかに身をすくめ、瞳をまたたかせた。

 -うん。

 どこか頼りない調子でうなずくリンゴの肩を、リュカがひとつバシッと叩いた。

 -いったっ。
 -頼りにしてるぜ。明日の夜明け前でどうだ。

 叩かれた肩を呆然ともみさすりながら、リンゴはリュカのまっすぐなまなざしを見返した。リュカの目は揺るぎない光をたたえていた。その目をしばらく見つめていたリンゴの瞳にも、おなじ輝きがかすかにうつって揺れた。
 リンゴはうなずいた。

 -行ける。

 リュカが力強くうなずき返し、話はすんだと言わんばかりにぽん、とはね跳んで机の前から離れた。彼はさっそうと部屋の扉に歩み寄って、もう一度リンゴを振り返った。

 -終わったら、また何か好きなもん食わしてやるから。考えとけ。

 リンゴは柔らかく微笑んだ。

 -えらそうに。終わってから言えよ。・・・ジャンボクリームあんみつパフェ。
 ーおい。だめだそれ、腹壊すパターンじゃん。やめろって。アイス以外。
 -おー、はやくも契約違反はっせーい。口約束だからってあっさり反故にしちゃうの、リュカもおちたものだねえ。
 -やめろ。そういう言いかたされるの一番嫌なの、知ってるだろ。わかった。終わったらな。
 -ひっひっ。まいどー。
 -腹壊して泣いても知らないからな。忠告したぞ?
 -毎度毎度いたみいります。

 リンゴが丁寧に頭をさげると、大きな音をたてて扉が閉まった。
 顔をあげたリンゴはすこしさみしそうに笑ったあと、脇に押しのけていた本を引き寄せ、ページをめくりはじめた。

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