68 / 124
第5章
閑話 ある男が被った妥当な災難
しおりを挟むそこかしこから火の手を上げる家屋や、打ち壊されて残骸と化した物置きの陰に身を潜めて移動しながら、トラゴスは頭を抱える。
一体どうしてこうなった、と。
レカニス王から命を受けた翌々日(流石に翌日の出陣は無理だった)、村を見せしめに滅ぼす為の部隊・総数200名を編成し、サラード砦を出立したトラゴスだったが、山を登り、村へ突入したその時には、村の中には誰もいなかった。完全にもぬけの殻だ。
トラゴスは顔をしかめて舌打ちする。
「身の程を弁える能さえ持ち合わせない山猿の分際で、手間のかかる真似を……!」
「将軍、いかが致しましょうか」
「決まっているだろう! 探せ! 1人残らず探し出して殺すのだ! 王の不興を買えばどうなるか、連中の薄汚い命を対価にとくと教え込んでやれ!」
「ははぁっ!」
トラゴスから檄を飛ばされ、兵士達は武器を片手に村中へ散っていく。
兵士達は、目に付く設備や家屋などに火を点け、それらを打ち壊しながら、村の中や周辺を捜索し続けた……のだが、2時間近く捜索を続けてなお、子供1人発見できなかった。
しかも、従軍魔法使いの生体探知魔法にさえ引っかからない。
例え幻覚魔法を使っても、生体探知魔法の網に引っかからずにいる事は、実質不可能だというのに。
住居や畑を作る為、切り開かれた村の周囲は、柵から少し離れただけで木々の密集する深い森になる。あとは、人ひとりが辛うじて通れそうな幅しかない、細く狭い獣道が幾つかある程度。
この獣道を通って逃げたと考えるには、いささか無理があるだろう。
村の隅には、マス目模様の書かれた黒いガラス板が、何枚も屋根の上に乗せられた奇妙な家があったが、そこにも隠し通路は存在しなかった。
また、その家の中には、大小様々なサイズの、用途の分からない金属製とおぼしき箱も所々に点在していたが、それらは全て、何かの魔法具である可能性を考えて破壊させ、その上で家に火を放っている。問題は起こらないはずだ。
村の最奥、最も小高い場所に建っている、村長の家とおぼしき比較的大きな家の中も、隠し通路の有無の確認などを含めてくまなく捜索したが、隠し通路などは存在せず、家の裏手にも、こぢんまりとした家庭菜園しかない。
そこから先は案の定、他の周囲と同じく深い森が広がるばかり。
地元の人間であっても、足を踏み入れようとは思わないだろう。
生活物資や食料などがそっくりそのまま残されている所、そして足の遅い年寄りを多く抱えている現状、その2つから鑑みるに、村人達はみな、遠くまでは逃げていない。いや、逃げられるはずがないのだ。
ならば間違いなく村人達は、村から比較的近い場所に身を潜めている。
そうとしか考えられない。だというのになぜ――
トラゴスが顔をしかめながら親指の爪を噛んでいると、突如村の入り口が騒がしくなった。
「なんだ、なにが起きた!」
「はっ、哨戒の兵が言うには、非武装の若い男女が突如、村の中に駆け込んで来たとの事です! 恐らくは、この村の住民かと」
「ふん、ようやく尻尾を出したか。よし、まずはその2人を捕らえ、締め上げて残りの村人が潜伏している場所を吐かせろ! どんな手を使っても、どれほど痛めつけても構わん! だが、そいつらが仲間の居所を吐くまでは殺すなよ!」
「了解しました!」
村の入り口に向かって駆けていく兵士の背を見据えながら、トラゴスは小さく安堵の息を吐く。
しかし、事はトラゴスが思った通りには運ばなかった。
報告にあった、村の住民だと思われる2人の若い男女は、兵達の攻撃を一切受け付けないばかりか、掌で触れただけで兵士をどこぞへ消してしまうのだ。
焦ったトラゴスは、従軍魔法使いを呼び付けるよう残りの兵に命じたが、どこを探しても見当たらないという。しまいには、従軍魔法使いを探していた兵士までもが、いつの間にか姿を消していなくなる始末。
トラゴスが保身の感情から物陰に身を隠し、そこで呆然と屈み込んでいる間にも兵士は次々と消えていき――気付けば、誰もいなくなっていた。
(なっ……! あれは……アレは一体なんだ!? 何が起きてる!? 訳が分からん! ――クソ、クソクソッ! ふざけやがって!)
理解の範疇を大きく逸脱した現象を見せ付けられ、すっかり浮足立って腰が引けたトラゴスは、頭の中で罵詈雑言を吐き散らし、こっそりその場から逃げ出し始める。
(こうなったら、もう一度だ! もう一度、国境の砦にいる残りの兵を、全て掻き集めて戻ってきてやる! 全戦力を投入して夜襲だ! 今後の栄達と繁栄の為にも、このまま終わって堪るものか――!)
きつく歯を食いしばり、脳内で威勢のいい言葉を並べ立てながら、物音ひとつ立てまいとコソコソ動くトラゴスだったが、そうは問屋が卸さない。
赤毛の若い女に逃げている所を見付けられ、逃げる背中を思い切り蹴り飛ばされた。
「ぐへぇっ!?」
受けた衝撃に耐え切れず、踏まれたカエルのような悲鳴を上げながら地面へ倒れ込んだトラゴスの頭を、今度は謎の衝撃が襲う。
目の奥で火花が散った瞬間に、頭を蹴り飛ばされたのだと気付いたが、気付いた所でどうしようもない。
「ぎゃあっ!」
トラゴスの悲鳴に続くように、ひしゃげた特注の兜がどこかの茂みの中へすっ飛んでいき、ついでにトラゴスの意識も半分どこぞへ飛んでいく。
そして。
「こんのクソッタレのクズ指揮官! てめぇも部下と同じ所に行って来ぉぉい!!」
赤毛の女が発した言葉に続いて、朦朧としていた頭を更に容赦なくひっぱたかれたトラゴスは、今度こそ完全に意識を飛ばした。
自分が精霊の魔法にかかり、遠方へ放り出された事にも気付かないまま。
意識が飛んだ次の瞬間、いきなり温水の中に放り込まれた事でトラゴスは無事意識を取り戻したが、その代わり、温水の中に薹の立ったご婦人が裸体を浸しているという、訳の分からない状況のさなかへ放り込まれていた。
要するにトラゴスは運悪く、貴族のご婦人が入浴していた大浴場の風呂の中へ転送されてしまったのだ。
その事によりトラゴスはこれ以降、下手な戦よりよほど面倒な騒ぎに巻き込まれる羽目になるのだが――
大変どうでもいい話なので、その辺りは全て省略させて頂く事とする。
131
あなたにおすすめの小説
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。
婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!
山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。
「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」
周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。
アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。
ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。
その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。
そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。
異世界の片隅で、穏やかに笑って暮らしたい
木の葉
ファンタジー
『異世界で幸せに』を新たに加筆、修正をしました。
下界に魔力を充満させるために500年ごとに送られる転生者たち。
キャロルはマッド、リオに守られながらも一生懸命に生きていきます。
家族の温かさ、仲間の素晴らしさ、転生者としての苦悩を描いた物語。
隠された謎、迫りくる試練、そして出会う人々との交流が、異世界生活を鮮やかに彩っていきます。
一部、残酷な表現もありますのでR15にしてあります。
ハッピーエンドです。
最終話まで書きあげましたので、順次更新していきます。
ダンジョンに捨てられた私 奇跡的に不老不死になれたので村を捨てます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はファム
前世は日本人、とても幸せな最期を迎えてこの世界に転生した
記憶を持っていた私はいいように使われて5歳を迎えた
村の代表だった私を拾ったおじさんはダンジョンが枯渇していることに気が付く
ダンジョンには栄養、マナが必要。人もそのマナを持っていた
そう、おじさんは私を栄養としてダンジョンに捨てた
私は捨てられたので村をすてる
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる