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第7章
13話 王家の落日 後編
しおりを挟む人権思想がなく、罪人の命がシングルのトイレットペーパー並に薄っぺらくて軽いせいか、この国では裁判で判決が出てから、実際に刑が執行されるまでの時間がやたらと短い。
それこそ、一昨日今日刑を言い渡されたばかりのヤリチンが、今まさに王都の広場で処刑されようとしているくらいには。
王都の住人達も、今回の処刑には相当エキサイトしているようで、換気の為に窓を開けているとはいえ、今現在私が帰り支度の為に荷造りしている、王城2階にある貴賓室にまで、群衆の上げる声が聞こえてくる。
流石に何を言ってるのかまでは分からないが、声の調子からして、怒号と罵声がその大半を占めていると見て間違いなさそうだ。
聞いた話によると、奴は王侯貴族が処刑される際の定番である、毒を混ぜたワインを呷る薬殺刑ではなく、群衆の前で首を吊らせる、公開絞首刑に処されるらしい。
しかし、一国の主が公開処刑されるってだけでもこの上ない不名誉なのに、更にその手法が絞首刑とはね。
ぶっちゃけ絞首刑って、最底辺の凶悪犯を処刑する時に用いられる処刑法だよ?
クズ王によって斬首刑に処せられた、先々代の王と王妃よりも酷い殺され方だわ。
まあでも、それもやむを得ない話か。
自分と自分の腰巾着が優雅な暮らしを送る為に、馬鹿みたいな勢いで増税したり、街の綺麗どころを無理やり自分の側に召し上げたりと、散々好き放題やったんだから。
中には、あまりに過度な重税を課せられたせいで生活できなくなり、一家離散や一家心中の憂き目にあった平民も結構いたらしいし、最も不名誉で惨たらしい死を、と望む人達が出てくるのも、当然の事なのかも知れない。
元から大して荷物を持ってきていなかったので、さして時間もかからず荷造りは終わった。
後は、へリング様が厚意で用意してくれた馬車に乗り込むだけ。
色々と面倒をかけたお詫びに、という名目で、ザルツ山のふもとまで送ってもらえる事になっているのだ。
本当は、モーリンに念話でお願いすれば、すぐに精霊の小路を開いてもらえるし、そこから一瞬で村に帰れるけど、精霊の小路の事を誰彼構わず話したくないので、今回はへリング様のお言葉に甘える事にした。
ここ10日余りの滞在と交流で、へリング様や、へリング様の奥さんのクローディア様の事は信用できると思えるようになったが、だからと言って、へリング様達の近くにいる人間全てを信用できるかと言われると、そうでもないからね。
さて、そろそろ部屋から出ようかな、と思いながら大きく伸びをした時、控えめにドアをノックする音が聞こえてきた。
もしかしていつもの侍女さんだろうか、と思い、ドアの向こうに「どうぞ」と声をかけると、予想外の人物が入室してくる。
淡いライトグリーンのドレスを着たクローディア様だ。
今日も美人で素敵な淑女っぷりでいらっしゃる。
「ご帰宅の為の準備でお忙しい所、失礼しますわ」
「あ、いえ。もう帰り支度は終わってますので、お気になさらず。けど……どうかなさったのですか? もしかして、何か問題が起きたとか……」
「いいえ。何も問題は起きていませんから、心配なさらないで? 私はただ、あなたとお話がしたかっただけですから」
「話、ですか? 私と?」
「ええそうですわ。……所で、あなたはウルグス王の処刑には立ち会わないのでしょうか? 他の貴族達が気にしていましたけれど」
「はい。こう言ったらなんですけど、私はあんなしょうもないヤリチンクズの首吊りショーになんて、興味ありませんから。どうせ、後悔も反省もしないんでしょうし、勝手に1人で地獄に落ちればいいんです。私の知った事じゃありません」
「あらあら。……ふふっ、でも、確かにそうですわね。あの方は他人を逆恨みするばかりで、反省なんて微塵もなさらないでしょうね」
クローディア様は私の発言に気を悪くするどころか、口元に手を当てて、おかしそうに笑った。
「まあ、そのおバカさんの事はさておくとして。あなたには一度、秘密裏に確認しておきたい事があるのです。あなたとあなたのお友達の、リトス様の事について。
今回の一件であなた達と出会ってすぐ、旦那様はなにか引っかかりを覚えられたらしくて、密かに過去の記録を調べておいでだったそうなのですが……あなたは元々、9年前にお取り潰しになったケントルム公爵のご息女で、リトス様は先々代の王によって廃嫡された第2王子殿下なのではないか、と、旦那様はそう仰られているのです。本当の所は、どうなのでしょうか」
「……。……ええ、その通りです。私は元ケントルム公爵令嬢で、リトスはこの国の元第2王子でした。私もリトスも、邪悪なスキルの持ち主として、追放された子供です」
「やはりそうでしたか。――ああ、勘違いなさらないでね? 別に私も旦那様も、かつての教会の判断に従って、あなた方を糾弾したいと思っている訳ではありません。ただ……もう、王都へ戻られる気はないのか、と思って。
此度の一件で旦那様からの報告を受け、あなた方の出自と精霊の加護を受けている事を知った司教様が、9年前の判断は誤りであったのではないか、と教会内部で訴えておられるのです。当然、それを支持する者達も多く出始めていますわ」
つい自嘲気味な言葉を吐き出してしまった私だったが、クローディア様はそんな私を真っ直ぐに見据えながら言葉を続ける。
「ですから、もしあなた方が王都へ戻ろうと思われるなら、我がへリング筆頭公爵家はそれを全面的に支援する所存です。
そもそもケントルム公爵家がお取り潰しになったのは、後継者となる者も、家名を引き継ごうと名乗りを上げる者もいなかったからであって、かつてのケントルム公爵家自体に、爵位を取り上げねばならないほど、重大な過失があった訳ではありませんもの。
ケントルムの血を受け継ぐあなたが戻られるのならば、ケントルム公爵家を再興する事は、さして難しくありませんわ。それに、王家の直系の血筋たるリトス様のお戻りは、臣民にとって新たな希望の光にもなるはず。……いかがでしょうか?」
「……すみません。ここまでわざわざお出で頂いた上、こんなにもお言葉を尽くして頂いておきながら、大変申し訳ないのですが……私はもう、王都へは戻りません。
王都に戻って家を再興するには、私は平民として長く生き過ぎました。今更、上位貴族としての慣習や常識には馴染めないでしょう。リトスがどうするかは、分かりませんが……」
話をしているうち、なぜかリトスの顔がちらつき始め、胸苦しくなった私は、クローディア様を直視できなくなり、うつむきながらそう述べる。
しかしクローディア様は穏やかな声で「どうか気になさらないで」と仰った。
「むしろ、謝らなければいけないのは私の方です。ごめんなさい。なんとなく分かっていました。あなたが上位貴族としての栄華になど、もう全く興味も未練もないという事は。それなのに、昔の話を蒸し返してしまって、申し訳なかったと思っています。
どうか安心して下さい。実は昨日、旦那様がリトス様と直接お話をされて、王都へお戻りにならないか打診されていたのですけど、リトス様も王都へのご帰還を拒否されたそうですわ。今、あなたが仰られたのと、ほとんど同じ理由で」
「……そ、そう、でしたか……」
「ええ。――私の勝手な事情で、長話に付き合わせてしまいましたね。そろそろ王城の外へ参りましょうか。きっとリトス様……いえ、リトスもあなたを待っていると思いますわ」
「……はい」
穏やかな淑女の笑みを浮かべるクローディア様に、私は少しばかり苦笑しながらうなづき返す。
クローディア様がリトスの呼び方を改めてくれた瞬間、なんでか分らないが私はとてもホッとしていた。
それこそ、安堵のあまり腰が抜けてしまいそうなほどに。
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