パリの落書き

碧美安紗奈

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マリアンヌ side

過去②

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 それは、ニコラが詩を諦めてベンチに落書きをした頃の出来事だった。

 マリアンヌはただ、幸せな家庭を築きたいと願っていた。
 だからちっぽけな喫茶店でのウェイトレスという職業にも満足していたが、あまりいい人と巡り会える機会はなかった。しかもその日はちょうど仕事で失敗したばかりで、彼女は酷く落ち込んでいた。

 そこで、気晴らしの散歩に出たのである。

 友人知人は相談に乗ってくれていたが、そうした環境での変化のなさはだいぶ長引いていた。同じ世界に留まっているばかりでは、今後も新たな出会いは期待できそうになかった。

 このときの放浪は、変革を求めてのものでもあった。
 ところが成果はなく、マリアンヌは何気なくパレ・ロワイアルに立ち寄った。ベンチに座り鞄を置こうとして、背もたれに書かれていた文字に気付いたのだ。

 〝ぼくの声が誰かに届くと信じていた〟。

 たった一言が、彼女の胸には重く響いた。
 悩んでいるのは自分だけではない。この一文を紡いだ人も、きっと抱えているものがあったのだろうと。
 故に彼女は、たまたまハンドバッグに持参しているペンをとり、なんとなしに返事を書いたのだ。
 
 〝わたしには届いたわ〟と。
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