秘境リゾート『ホテル・アイランディア』からの脱出

八田 英輔

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第2話  筋肉紳士~ジェントルマッチョ!~

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 紺野と山田の二人は暗いジャングルの中、走って転ぶの繰り返しをやめ、ゆっくり慎重に歩いていた。両手を前に突き出して、木に突撃しないように、茂みに引っかからないように。
 前方でガサリ、ガサリ、と音がして足を止める。
「今の音、何?山ちゃん?」
「いや、オレじゃないよ。トラかなあ」
 音がやんだので再び前進し始めると、突然、パッと、茂みの向こうからライトで照らされた。同時に、大きな影が勢い良く現れて、両手を広げて二人に向かって歩いてきた。
「きみたち、こんな夜中にどこに行くんだい?懐中電灯も持たないで、池に落ちたら危ないよ。探検ごっこは明るいうちにやろうね」
 100%体育会系の声で影が言い、二人の肩にガシッと腕を回した。警備員の制服を着ている。重い腕にホールドされた頼りない系の二人は、強制的に回れ右させられ、来た道を引き返し始める。
 腕の力とは裏腹に、優しい口調でマッチョが話しかけてくる。
「怪我してないかい?明かりがないと木の根っこに気づかないだろう」
「ああ、懐中電灯忘れたなぁ」
「ス、スマホあるからいいかと思ってた」
 マッチョは笑って腕の力を強めた。
 眉間にしわを寄せて紺野が言う。「お兄さん、すっごいいい体してますねー」
「毎日鍛えてるからね」
「この島にジムなんてありましたっけ」
「こうやるんだよ」
 そう言って、マッチョは飛び上がって木の横枝につかまり、懸垂をしてみせる。
「す、すごいすね。そんな強くなってどうするんですか」
 木から下りて、また二人の肩をホールドした。
「悪い奴らを投げ飛ばすために、日々鍛錬してるんだよ」
「へぇ、でも、ボクたちただのか弱い青年ですんで」
「良い子に対しては紳士だよ。マッチョって基本みんな紳士だからね」
「マッチョは紳士で粘着質ってよく言いますよねー」
「そう、好きな子に対してはしつこいよ」
「やばいっすね、それ。嫌われません?」
「たまにね」
 なんだかんだと話しているうちに、フロントのあるメインロビーの明かりが見えてきた。
 紺野は山田を見た。山田も紺野を見た。紺野は地面を指さしている。山田は意味がわからず困った顔をした。紺野は、もーいいわ、山ちゃん、と表情で言った。
 紺野がマッチョを見上げて話しかける。
「ボクも鍛えたいんですけどー、やっぱプロテイン飲んだほうがいいですか?」
「プロテインは大事だよね」
「ちょっと、さっきのもう一回見せてくれます?」
「さっきのって、懸垂かな」
「そうです、そうです。あれ、マジでかっこいいすから」
 片目をつむって山田に合図を送る。
「じゃあ、特別だからね」
 おだてられたマッチョは腕まくりをして飛び上がった。
 すかさず、紺野はマッチョの靴をつかんで脱がしにかかる。紺野の意向を理解した山田も、もう片方の靴につかみかかった。
「ちょっと、きみたち!」
「行こっ」
 二人はダッシュで逃げた。
 木から下りたマッチョはもたついていた。笛を吹いた。
 紺野は奪った靴を抱えて走っていた。
「ハイカットブーツとかじゃなくてよかったわー。脱がせんかったらその場でボコボコやったろうなー」
「なんでそれ、まだ持ってんの?」
「何、山ちゃん、あの靴置いてきたの?」
「いらなくね?」
「なっ、もー、あいつが靴履いたら追いつかれるでしょ」
 振り返ると、黒い影と懐中電灯の明かりが追って来ている。
「ほらもー、靴見つけたんや」
 マッチョは追ってくるも、二人に追いつく気配はない。やはり靴が片方だけでは足元がおぼつかないらしい。
 マッチョは上着を脱ぎすて、気合を入れ直した。徐々に距離が縮まる。
「あの人、脱いだよ」
「あれや、バトル漫画。戦ってるうちに上着だけなくなるやつ。ちょっ、おっさん、なに見せつけてんの~。オレたちしか見る人おらんのになぁ」
 二人の背後から無線で会話するマッチョの声が聞こえてくる。
「支配人、ワンちゃんはまだですか?」
「ワンちゃんって」山田は噴き出した。
「残念でしたー」紺野が得意げに言う。「もう餌付け済みですー」
 遠くの方から犬の唸り声がした。
 狂暴そうな複数の犬が唸る声。鎖の音もする。それから、「ゴー」と言う人の声。
 二人は青ざめダッシュした。
 草木をかすって迫りくる動物の気配を感じる。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ」
「せめて人間にしといてー」
 紺野は長袖のシャツを脱いだ。それを木にひっかけ、バックパックの中から小さい瓶を取り出して遠くに投げた。
「今の何?」
「香水の瓶。今ので割れたでしょ。シャツにも少し匂いつけといたん。これで犬も惑わされるやろ」
「こんなこともあろうかと?」
「あろうかと。オレ、すごくない?」
 犬が迫ってきた。
「早く、池に飛び込もー」
 二人は直進した。マッチョの言うとおり、このあたりに池があったはず。
 黒光りする水面が現れ、山田は足を止めた。
「ちょっ、止まらんといてー」
「あばっ」
 紺野はうしろから山田を押して池に落とした。
 山田はバチャバチャ音を立てている。
「オレ、泳げないっ、助けてっ」
「よーし、待っててー」
 紺野はバックパックから1リットルのペットボトルを取り出し、片腕ずつ振りまわりて準備体操をした。
「今行くからー」
「早くっ」
 何度かためらってから、紺野は両腕を頭の上に回して池に飛び込んだ。30センチ先に落ちた。
 浮上すると、空のペットボトルをビート板代わりにしてパチャパチャと泳いだ。
「山ちゃん、早くつかまって」
「んぶはっ、ぶはっ」
 山田がペットボトルにつかまった時、背後で犬の吠える声がした。犬は3匹に、5匹にと増えていった。黒々とした筋肉質のドーベルマン。
「あんなんいた?あんな悪そうな犬、見んかったけど。どこに隠しとったん」
「香水に惑わされなかったみたいだね」
「少しは時間稼ぎになったやろ」
 池のふちにマッチョ警備員も現れた。笛を吹くも、飛び込む気はないらしい。
「きっとあの人も泳げんのやな」
「筋肉は水に沈むって言うしね」
 笛の音と犬の鳴き声を残して、二人はパチャパチャと大きな池を泳いでいった。


 警備室では、支配人と年配の警備員が監視カメラを見ていた。
 巡回する警備員から無線が入る。
「池を泳いでます」
 支配人は腕組をして考え、つつましやかにうしろに控えるフロントレディに命じた。
「一番恐い連中を呼べ」
 女性は受話器を取ると、戸惑って、尋ねた。
「仲居さんですか?厨房ですか?」
 支配人も少し悩んで言った。
「厨房にしろ」
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