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第2章 丹梅国グルメ戦記・四象の蛇亀
第125話 ガス漏れにご用心
しおりを挟む瑞饗の街を出て北門を抜けると、そこから先はまるで別世界だった。
舗装された道は途切れ、湿った風が鼻をつく。
人の往来が減るにつれ、家々の屋根も低くなり、やがて畑地すら見えなくなる。
残るのは、枯れた葦と泥の匂いだけ。
「……紅月、ここで合ってるんだっけ?」
「観念しなさい。進むのよ」
「あの、会話の段階をひとつ飛ばさないでくれる?」
私はそう言って、足元に視線を落とす。
道がぐにゅぐにゅにぬかるんでいて、足をとられる。
荒野はまだ歩きやすかったからよかったが、ここは歩きにくいうえに、現在、私は底の薄い靴を履いているので、泥が直接肌に触れてしまうのだ。
その感触に慣れていない私は、一歩進むたび、背中を指でなぞられるような感覚に陥ってしまう。
「そんなに嫌なら脱げばいいじゃない、靴」
そう言っている紅月の指には彼女の靴がかかっている。
つまり彼女の足は今素足なのだ。
よくそんな平気な顔で、泥の中を歩けるなと感心してしまう。
「いや、ほら、もしどっかで足切っちゃったら、感染症になるかもだし……」
「意外と繊細なのね、貴女」
「……あんたは全然平気そうだね」
「仕事の関係上、たまに田植えなんかも手伝っていたから、この程度のことは慣れているわ」
「そういう問題?」
「なんじゃ。親愛的は泥が嫌いなのじゃ?」
「いや、嫌いってわけじゃなくて、感触が気持ちわる……うわあっ!?」
目の前に、全身が泥にまみれ、目だけをぱちくりとさせているフェニ子が現れる。
驚いて、一歩退こうとした私は足をとられ、そのまま泥の中に尻もちをついてしまう。
「あーあ、何やっているのよ、真緒」
「いや、フェニ子が! ていうか、なにやってんの!?」
「なんか遊んでたらこうなったのじゃ」
「汚いから泥で遊ばないの」
「むぅ。面白いのに」
紅月に手を引かれて、なんとか立ち上がるが――
「うぅ……一張羅の旗袍が……」
ためしに尻を触ってみると、案の定そこにはべったりと泥が貼り付いていた。
シルクの生地に水を多分に含んだぬるぬるの泥が、しっかりとしみ込んでいる。
「……あっ」
そうこうしているうちに、水がパンツにまでしみ込んできた。今すぐ帰りたい。
「ぷ。親愛的よ、臀部にいい感じの泥の模様が出来ておるぞ」
「誰のせいだよ。……あの、もう帰りたいんだけど」
「ダメよ。ここに来るまで、どれくらい時間がかかったと思ってるの。仮にここで引き返して、貴女は泥が跳ねるたびに引き返すつもりかしら」
「でもこんなんじゃ、今後の私のモチベーションが……」
「む。そうじゃ! 泥の感触が嫌なら妾が乾かしてやれるぞ!」
「フェニ子が?」
「うむ。じつはずっと言う機会を逸しておったのじゃが――」
不意に紅月が私の前に手をかざしてくる。
何かと思い彼女を見ると、人差し指を口元に近づけ、静かにするようジェスチャーをとっていた。
「……なに?」
「聞こえない?」
私は紅月にそう言われて耳を澄ましてみる。
〝シュウウウウゥゥゥゥ……〟
微かにガスが漏れるような音が聞こえてきた。
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