45 / 92
白銀編
泡沫のエストリア帝国
しおりを挟む「今晩はマーレー殿、御加減はいかがですかな?」
エストリア王都、地下牢獄。
そこにはマーレーとラグローハが鉄柵を挟んで向かい合っていた。
マーレーの様子はいつも通りで、牢の中に座ってくつろいでいる。
ラグローハはそんなマーレーを忌々しそうに見下ろしていた。
「やあやあ、大臣殿――いや、今は王様だったか。見ての通り儂はいつもどおりだ」
「それはけっこう」
「ところで、今日はまだあの腐ったような味のパンは来てないみたいだが? いまはあれだけが楽しみでね。腹が減って仕方ないのだが……」
「おやおや、あれは王都一のパン職人に作らせたパンだったのでしたが、お気に召しませんでしたか」
「あれ? マジで?」
「ええ、マジです」
「……なるほど、これでまた儂のバカ舌が露見してしまった、というわけか。これも、そなたの企みのひとつ、よもや儂をこんなところに幽閉するだけでなく、そのような烙印まで押してくるとはな……やるじゃん」
「いまのはマーレー殿が自爆しただけのようにお見受けしますが――まあ、よいでしょう。今日私が来たのは、もうパンは運ばれないということを伝えに来たのですよ」
「なんと、それはまことか。残念だ。では、今日からどのようなメシが運ばれてくるというのだ」
「今日だけではありません。今後も――です。はぁ……この期に及んでまだ、そのように呆けておられるのですか」
「……いやはや、随分とせっかちだなとおもってな」
「処刑の段取りが決まりました。今、すぐです」
ラグローハの声に刑吏がひとり現れた。
マーレーはこれにまったく動揺も驚きもせず、ただ目を瞑った。
「……マーノンは、どうなったのだ?」
「……? 何をおっしゃいますか。私もビックリしましたよ。まさかのあなたの懐刀があのような小娘になっていたとは」
「なるほど、な」
マーレーはそのまま、静かに答えた。
ラグローハはそれに構わず、懐よりさきほど、タカシから取り上げた書簡を手に持った。
「こんなものまで私にも寄越すとは……、あの娘は少々、迂闊なのでは……?」
「ハッハッハ、なんだその紙切れは。そなた、そのようなものをいままで血眼で探していたのか。なんたる笑い種だ。そのような事で、エストリア王が務まるのか?」
「あなたよりはマシになると、そう自負しておりますが……、しかしその不遜な態度もこれまで――」
ラグローハはそう呟くと、持っていた書簡を手の中でボウッと燃やした。
「これで、私の弱点はなくなりました。――さて、次はあなたです、元王よ。あなたは聡明で豪快で、人望がありました。しかし、あなたには野心がなかった。これっぽっちも。皆で仲良く、手と手を合わせて生きていく。……ご立派です。ですが、それは理想であり、我々はいま、現実に生きている。我々は人間です。動物です。神ではない。なにかを犠牲にしなければ、生きてなどいけない。搾取される側か搾取する側か、どちらかを選べと言われれば、私は迷わず搾取するほうを選びます。――ご安心ください王よ。あなた亡きエストリア帝国は、これより繁栄を、栄華を極めることになるでしょう」
「フッ……、繁栄? 栄華? 陳腐な理想論を絢爛華麗な言葉で虚飾するな。理想を語っているのはどちらか」
「……あなたには、理解できないでしょうな」
「それだよラグローハ。儂が危惧していた不安の種だ。儂でさえ説得できておらぬのに、民を国民を、民意を説き伏せることができると思えるか? 断じて否だ」
「それゆえの帝国です。愚かな国民に取って代わり、私がエストリアの舵を取る! 国民の意思など関係ない。私がエストリアの頂点に立つのです」
「……もはや、そなたの目には今のエストリアは映ってはおらぬのだな」
「話は終わりです。刑吏よ、この罪人を連れていけ! ……マーレー殿、どうか抵抗なさいませんように」
「フン、誰が」
マーレーは自嘲気味にそう吐き捨てる。
刑吏はそれを見ると、牢ではなく、ラグローハが燃やした燃えカスのほうへ歩いていった。
そして燃えカスを拾い上げると、親指の腹でゴシゴシと擦った。
燃えカスは粉々になると、パラパラと床に積もっていく。
「刑吏、なにをやっている」
「ひどいっすよ、せっかくコピーしたのに」
「……なッ! 貴様は――」
「ども、白銀騎士兼刑吏のルーシーです」
刑務官はそうやってオドケて言うと、帽子を脱いでその下の素顔を晒した。
「ルーシー……!?」
「こんにちは――いや、こんばんはですね。大臣殿」
「貴様、どうしてここに……ということはデフのやつ――いや、ちがう、それよりも今何と言った……?」
「こんばんは、と」
「ちがう、そのまえだ」
「こんにちは、ですか?」
「ふざけるなよ、小娘」
「もうお察しの通り、大臣殿が燃やして粉々にしたのはダミーですよ。ほんものはこちらに――」
パチン。
ラグローハが指を鳴らすと、タカシの全身が炎に包まれる。
「不敬であるぞ。小娘風情が――」
「ははは……いやあ、なにするんですか。息しづらいじゃないですか」
「なッ!?」
「へえ、ジジイのくせに、粋な魔法を使うのですね。……でもすこし火力が足らないのでは?」
パチン。
今度はタカシが指を鳴らす。
すると、タカシを包む炎が一瞬にしてラグローハへと移動した。
「がァ……!?」
「モノホンの書簡を渡すわけないじゃないですか。原本はきちんと自分の手が届くところへ保管してますよ、バカじゃないんですから」
「……! ………………ッ!!」
「おっと、そろそろその火、消したほうがいいですかね」
タカシは腕に風を纏わせると、それを水平に薙いだ。
ビュオウッ!!
突風が吹き荒れ、ラグローハの体の炎を攫っていく。
「ハァ……ハァ……ハァ……ッ!!」
ラグローハが耐え切れず、その場に膝をつき肩を大きく上下させる。
タカシはそんなラグローハには目もくれず、回れ右をしてマーレーの牢に向かう。
腰に提げていた無数の鍵を取り出すと、それを合わせはじめた。
「いま出しますね、王様」
「これは驚いた。ルーシー殿ではないか。どうしたのかな? こんなところで」
「はぁ……あのですね、マーノンさんに頼んで、一緒にカライに向かわせたクセに何言ってんですか」
「なんだ、気づいておったか……しかし、そのマーノンさんとやらは見当たらないみたいだが」
「それはそのー、カライの暴漢に襲われて……、絶賛気絶中です」
「なんと、カライの暴漢は聖虹騎士を打ち負かすほどの手練れなのか」
「み、みたいですね。まったく恐ろしいです」
「して、そなたはどのようにして逃げられたのだ?」
「た、たまたまその暴漢は女の自分に興味がなかったみたいなので、自分だけ見逃してもらいました」
「ふむ、聖虹騎士を負かすほどの腕っぷしに加え、男色家ときたか。ますます部下にほしくなったな」
「なんだそれ!? ……おほん、やめておいたほうがいいですよ」
「ほぅ、それはなぜだ?」
「カライ国の民にはエストリアを恨んでいる者が数えきれないほどいます。ですから、隙を見て寝首を搔かれるかもしれません。そのような危険なものを王の側になど、置けませんから」
「なるほど、たしかにそれはそうだ。しかし、こちらとしても残念だ」
マーレーはそういうとゆらりと立ち上がり、両手が拘束されたまま、鉄の檻を掴んだ。
すると力任せに鉄の棒をひん曲げる。
鉄の棒はまるで粘土のようにひん曲がると、ぶちぶちと千切れた。
大男ひとり通れるほどの隙間を空けると、マーレーはのそのそと牢から出てきた。
「助かった。礼を言う」
「ひとりで出れるじゃん……」
タカシは呆れたような表情を浮かべる。
やがて思い出したように、手に持っていた鍵でマーレーの手錠と足枷を外そうとするが、どれも力技で千切られていった。
タカシはふたたび「ひとりで取れるんじゃん」と小さく呟くと、手に持っていた鍵を投げ捨てた。
「――!!」
シュボッ!
空気が燃える音。
ラグローハがタカシめがけ炎を纏ったの剣を振り下ろす。
しかしそれは当たることなかった。
マーレーが人差し指と親指とでちょうど剣を抓むように、難なく受け止められていた。
マーレーはそのまま剣をバキィッと握りつぶす。
「往生際が悪い。この遊戯、すでにそなたの敗北だ」
「あ、ありがとうございます」
「なに、このくらい」
「王様、ラグローハ殿の処遇については?」
「追って決める。そなたが杞憂することではない」
「え、あ、はい」
「では、儂はこれで――そうだった。では、マーノンに会ったら伝えておいてくれ」
「……なんて言うんですか?」
「そなたの部下の虚言癖を治しておけ、とな」
「はは、ははは……」
マーレーはそれだけを言い残すと、ものぐさそうに地下牢を後にした。
「……さて、大臣殿。政権交代――いえ、政権復活ですね。短い天下でしたけど、いかがでしたか?」
「くそ! こ、こんなことで……ッ!!」
「確かにあなたの富国強兵論。なかなかに素晴らしくはあったのですがやはり――って、もういいですね。こんなガキにまでなにか言われたとなると、あなたもよけいムカつくだけですからね。では、自分はこれで、これ以上手を出すことはできないですからね――」
「ま、待て」
「はい、なんでしょう」
「デフは――おまえがヤツを下したのか?」
「なんとか、そういう運びになっただけですよ。心配しないでください。デフさんはまだ死んでいません」
タカシはそう言うと、振り返ることなく地下牢から出ていった。
0
あなたにおすすめの小説
魔法使いじゃなくて魔弓使いです
カタナヅキ
ファンタジー
※派手な攻撃魔法で敵を倒すより、矢に魔力を付与して戦う方が燃費が良いです
魔物に両親を殺された少年は森に暮らすエルフに拾われ、彼女に弟子入りして弓の技術を教わった。それから時が経過して少年は付与魔法と呼ばれる古代魔術を覚えると、弓の技術と組み合わせて「魔弓術」という戦術を編み出す。それを知ったエルフは少年に出て行くように伝える。
「お前はもう一人で生きていける。森から出て旅に出ろ」
「ええっ!?」
いきなり森から追い出された少年は当てもない旅に出ることになり、彼は師から教わった弓の技術と自分で覚えた魔法の力を頼りに生きていく。そして彼は外の世界に出て普通の人間の魔法使いの殆どは攻撃魔法で敵を殲滅するのが主流だと知る。
「攻撃魔法は派手で格好いいとは思うけど……無駄に魔力を使いすぎてる気がするな」
攻撃魔法は凄まじい威力を誇る反面に術者に大きな負担を与えるため、それを知ったレノは攻撃魔法よりも矢に魔力を付与して攻撃を行う方が燃費も良くて効率的に倒せる気がした――
荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました
夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。
スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。
ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。
驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。
※カクヨムで先行配信をしています。
神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~
あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。
それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。
彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。
シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。
それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。
すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。
〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟
そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。
同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。
※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
『冒険者をやめて田舎で隠居します 〜気づいたら最強の村になってました〜』
チャチャ
ファンタジー
> 世界には4つの大陸がある。東に魔神族、西に人族、北に獣人とドワーフ、南にエルフと妖精族——種族ごとの国が、それぞれの文化と価値観で生きていた。
その世界で唯一のSSランク冒険者・ジーク。英雄と呼ばれ続けることに疲れた彼は、突如冒険者を引退し、田舎へと姿を消した。
「もう戦いたくない、静かに暮らしたいんだ」
そう願ったはずなのに、彼の周りにはドラゴンやフェンリル、魔神族にエルフ、ドワーフ……あらゆる種族が集まり、最強の村が出来上がっていく!?
のんびりしたいだけの元英雄の周囲が、どんどんカオスになっていく異世界ほのぼの(?)ファンタジー。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる