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就職試験

元最強騎士と就職試験 その1

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 まだ東の空が仄明ほのあかるい明け方──オステリカ・オスタリカ・フランチェスカのホールにて、ガレイト・ヴィントナーズの就職・・試験がしめやかに執り行われようとしていた。
 丸い木製のテーブルには可愛らしい桃色のテーブルクロス。その上には、ガレイトが自身で作成した履歴書のようなバラ紙数枚が並べられていた。
 モニカは一通りその紙に目を通し終えると、座っていた椅子の背もたれに深くもたれかかった。


「えっと、まだ頭が混乱してて、色々と訊きたいことがあるんだけど──」


 モニカが慎重に言葉を選びながら口を開く。


「あの……ガレイトさん?」

「はい!」

「なんなの? その……えっと、格好は?」


 モニカが指摘したガレイトの格好。
 ガレイトは現在、ひらひらのワンピースを着て、顔には殴られたようなメイクを施してあった。


「格好……ああ、これですか? ええ、はい。まずはブリギットさんの警戒心を解こうかと」

「逆に警戒するわ!」


 モニカの怒声が店内に響き渡る。ガレイトはまさかそこまで怒鳴られると思っていなかったのか、ビクッと肩を震わせてモニカを見た。


「警戒心を解こうという考えに至ったのは、まあ、いいさ。でも、なんで女装するかな……! たしかに男の人が苦手って言ったけど……あたし言ったよね? ガレイトさんが女装してもバケモノにしかならないって!」

「ば、バケ……?」

「でも実際目の当りにしたら、これ、バケモノ通り越して魔物じゃん!」

「魔物……」

「せっかく色々説明して、ブリも納得させて、朝早く起きたのに、ブリもびっくりして奥に引っ込んじゃったよ!」

「な、なんと……!」

「これじゃあ面接もなにもないじゃん……」

「ブリギットさーん! 出てきてくださーい!」


 ガレイトが口に手を当てながら声を出す。


「出てこねえよ!」

「え?」

「魔物に呼ばれてノコノコ出てくる子じゃないっての! ……まったく、いまモーセのところに依頼を持ってったら受理されるよ? ガレイト討伐依頼。……冒険者に退治されちゃうよ? いいの?」

「よくありません!」

「よくないよね?」

「はい!」

「……いや、なんでそんなまっすぐあたしを見てくるの? もっとこう、恥じらいとか、羞恥心とかないの?」

「ありません!」

「恥じらおう! せめて妙な格好してる自覚は持とう! なんつーか、逆にあたしのほうが恥ずかしくなってきたわ……」

「そうなんですか……? 大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないのはあんたでしょうが! ……なに? もしかして、あたしがずれてんの? こんな喚き散らしてるあたしが変なの?」

「はい!」

「やかましいわ! ガレイトさんのほうがずれてんだよ、全てにおいて!」

「気をつけます!」

「……それにさ、せめて女装するなら女性ぽく振舞おうとか、そういうのはないの?」

「女性らしく……?」

「さっきからもう、ガレイトさんじゃん! ずっと! ただの!」

「……はぁい、気を付けまぁす」


 モニカにそう言われると、ガレイトはくねくねと蠢きながら上目遣いでモニカを見た。


「いや、キモイわ! ただただ気持ちが悪いわ!」


 モニカにそうツッコまれると、ガレイトはあからさまに肩を落としてシュンと俯いてしまった。


「あ、ごめん! ちょっと、いまのはあたしが悪かった。〝女性らしくして〟に対して、ガレイトさんは自分なりに表現してくれたんだもんね……でもさ……その……」


 モニカそう言うと必死に、ガレイトが傷つかなさそうな表現を思案してみたが──


「ごめん、やっぱ気持ち悪いよ……」


 結局、ストレートな言葉をガレイトにぶつけてしまった。


「すみません……」

「もう二度としないで」

「わかりました……」

「はぁ、もういいよ。このままの調子だとまた日が暮れちゃうよ、昇ってきたばっかりなのに……」


 モニカは独り言を呟き終えると、大きく咳払いをして、改めてガレイトと向き合った。


「……それで、ガレイトさん。質問なんだけど……」

「はい」

「本名は〝ガレイト・マヨネーズ・・・・・〟でいいんだよね?」

「はい。ガレイト・マヨネーズ、三十五歳。元傭兵・・・をやってました。モニカさんもご存じの通り、数年前、ダグザさんと会ってからは心機一転、料理人を志しています」


 ガレイトがそう言うと、モニカは大きなため息をついて頭を抱えた。


「うん、それは聞いた。聞いてはいるんだけど、ガレイトさんってたしかガレイト・ヴィントナーズって名前じゃなかったっけ?」

「ギクッ!? そ、そんなことはありません」

「いやいや、自分で『ギクッ』とか言っちゃってるし、それにガレイト・ヴィントナーズって……、たしかどっかの、すごく強い騎士様じゃなかったっけ?」

「そ、それは……」

「それは?」

「ほ、ほら、あれですよ。ガレイトという名の人間はかなりいますし……他人の空似という……」

「うーん、たしかに〝ガレイト〟って名前、他にいなくもないんだろうけどさ、火山牛をひとりで仕留めるほどのガレイトとなると、その騎士様しか浮かばないんだよねぇ……」

「で、ですが、仮に俺がその、〝ガレイト・ヴィントナーズ〟だったとして、否定するでしょうか?」

「どういうこと?」

「ガレイト・ヴィントナーズということを否定するメリットより、肯定するメリットのほうが大きいのではないかと」

「あー、たしかにね。そんなすごい騎士様だったら、わざわざ身分隠す必要はないよねぇ……」

「そ、そうですよ……あは、あははは……」


 空笑いするガレイトをモニカがじっと見つめる。しかし、モニカは観念したようにため息をつくと、そのまま話を続けた。


「ま、とりあえず今はそういう事にしておくとして、だ。──ガレイトさん、さっそくだけど、次は料理の腕を確かめさせてもらいます」

「はい」

「ガレイトさんの要望は、『ブリに料理を教わりたい』だから、つまりシェフ見習いってことであってるよね?」

「はい。もちろんです。よろしくお願いします」

「うん。とはいっても、いきなり店に入った人がブリと……うちの料理長と同じくらい料理を作って、提供して……って働いてもらうわけにもいかないから、〝料理長補佐〟つまり、ブリのお手伝いとして雇うことになってるんだけど、ガレイトさんはそれでいいよね?」

「はい。もちろんです」

「ちなみにこれ、プレッシャーかけるようで悪いんだけど、そこそこ料理が出来ないと務まらないんだよ」

「はい」

「まあ、ガレイトさんもギルドのほうで料理人として、それなりにやってたって聞いたから問題はないと思う。それに腕を確かめるっていっても、あたしがウェイターやりながら、片手間でやってたことだから、本当に最低限の事だけ。ガレイトさんは変に構えず、リラックスして、いつも通りやってくれればそれでいいから」

「い、いつもどおり、ですか」

「うん。今回は魚を捌いたり、肉の筋を取り除いたりといった下処理や、あとは簡単な調理、下拵したごしらえなんかをやってもらいます。それが終わったら、晴れてオステリカ・オスタリカ・フランチェスカの料理長補佐に採用させていただきます」

「は、はい! 頑張ります!」

「んじゃ、厨房に移動するから付いてきて」


 こうして、ガレイトはモニカに連れられるような形で、自身の料理の腕を確かめるべく、厨房へと通されたのだが──ここより数分後、また一波乱あろうとは、この時、誰も知る由はなかった。
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