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アルバイターガレイト
元最強騎士と火山牛フェア
しおりを挟む次の日の早朝。
モニカの言いつけ通り、昨日よりもすこし早くオステリカ・オスタリカ・フランチェスカへ出勤してきたガレイトは、目の前の光景に対し、目をぱちくりとさせ、呆然とその場で固まっていた。
長蛇の列。
店の正面扉が完全に開放されており、人の列が店内から出て、店の周りをぐるりと取り囲むように伸びており、新しくやって来た人がまた最後尾に並んでいる。
すでに店の煙突からは煙が上がっていて、そこから漏れている芳醇な肉の香りが、朝靄と混ざり合って、通行人や列に並んでいる人間の鼻腔を刺激していた。
「──ガレイトさんですか?」
ボーっと列を眺めていたガレイトをひとりの青年が呼ぶ。ガレイトはハッとなると、その青年と向かい合った。
「は、はい。ガレイトですが……あなたは?」
ガレイトがそう尋ねると、青年は列のほうをちらちらと気にしながら口を開いた。
「僕はディエゴ。あなたと同じ、ここの従業員です」
「従業員、ですか?」
「はい。厳密に言うと、ここの正規の従業員ではないのですが、今日は……というか、しばらくはここの従業員として雇われることになっているんです」
「そ、そうなんですか……」
「あれ、モニカさんから聞いていませんか?」
「い、いえ……ただ、明日から忙しくなる、と」
「ははあ、なるほど。あの人、そういうところがありますからね……」
ディエゴはそう言うと、すこし遠慮がちに笑った。
「僕は昨日、モニカさんに言われて、臨時の従業員として、この列の整理をしているんですよ」
「そ、そうでしたか……モニカさんの指示で……」
「はい。ですのでガレイトさん、よろしければ正面からではなく裏口から回ってくれると嬉しいんですけど……」
「ああ、そうですよね。わかりました」
「よろしくお願いします」
ディエゴはそれだけ言うと、年季の入ったプラカードを持って、列の最後尾へと戻っていった。ガレイトはそれを見ると、自身に気合を入れるようにして、頬を二度、強めに叩いた。
◇
「──二番テーブルさん、注文入りました!」
「はいよ! あと、カウンターA席さんの火山牛のステーキ焼きあがってるから持ってって!」
「はい!」
「こ、こちら、シチューの仕込み完了しました……! 盛り付けしていきます……!」
「いや、それはレイチェルに任せてブリはさっき入った注文のほうをお願い!」
「あ、うん……」
「あと、必要なものややってほしい作業があったら言って」
「うん」
「大きな声で」
「は、はい……!」
忙しなく人が行き来する厨房。
まるでオステリカ・オスタリカ・フランチェスカの厨房ではないような雰囲気にを前に、ガレイトは戸惑っていた。
「──ああ、来たんだね、ガレイトさん」
そんなガレイトに声をかけたのは、すらりとした体型の胸の大きな女性だった。年の頃は20代半ば。髪は黒く短く切り揃えられており、その気の強そうな目で、ガレイトをしっかりと見据えている。
女性は両手に、重そうなステーキ皿を持っており、その上ではよく焼けたステーキ肉がジュウジュウと肉汁を飛ばしていた。
「はぁ……、はじめまして……」
「〝はじめまして〟? 何冗談言ってんの、こんな時に?」
「え? あ、おはよう……ございます……?」
「うん、おはようございます。……ごめんね、昨日入ったばっかのガレイトさんには悪いんだけど、ここ数日はあまり構ってあげられないかも」
「そ、そうですか……」
「でも、見ての通り大盛況だよ、〝火山牛フェア〟」
「火山牛フェア……ですか」
「そ。火山牛を普通よりも安く食べられるよって宣伝したら、すごい勢いで広まってね。こうして、グランティの中から外から、いっぱいお客さんが来ちゃって……早い人は、昨日の夜から並んじゃってさ。だから急遽、早めにお店を開けるようにしたんだよ」
「は、はぁ……」
「ま、それもこれも、ガレイトさんが持ってきてくれた火山牛のお陰なんだけどね」
「きょ、恐縮です……」
「早速で悪いんだけど、ガレイトさん用に仕立てたエプロン……はまだ出来上がってないから、前に辞めてった従業員のエプロンが残ってたと思うから、それに着替えて」
「はい」
「それで、着替え終わったらまたここに来て、出来上がった料理運んでって」
「わかりました」
「あと、その際、料理と一緒に注文票が並んで貼ってあると思うけど、一つ料理運ぶごとに左から順に捨ててってね」
「左からですね、わかりました」
「うん。今のところ、勝手がわからないガレイトさんが出来るのはそれくらいかな……あと、出来ればでいいんだけど、ときどき店の外にも気を配っておいて?」
「外、ですか?」
「うん。ずらーっとお客さんが並んでたでしょ? それも現在進行形で」
「は、はい。ものすごい人の数でした……」
「ガレイトさんが用意してくれた火山牛は……まあ、火山牛自体が大きいから、問題なく全員分提供できると思うんだけど、それでも列を無視する人がいるかもしれないから、そういう人には一回目は軽く注意して、それでも聞かないようだったら、追い出して」
「お、追い出すんですか?」
「うん。もう、遠慮なしにやっちゃってよ」
「でも、よろしいのですか? そんなことをすると、店の評判が……せめて店の責任者でもあるブリギットさんか、モニ──」
「だいじょーぶ! 書き入れ時に、そんなのいちいち気にしてらんないって。あおれに評判気にするような固定客もいないし。第一、ブリも何も言わないと思うよ?」
「ぶ、ブリ……?」
「それでもし、なにかあったら、あたしに言ってくれて構わないから」
「あ、あなたに、ですか……? ですが──」
「ふふ。なぁに? あたしじゃ頼りないってこと?」
「ああ、い、いえ、わかりました。善処します」
「初めての事だから緊張してると思うけど、頑張ってね。んじゃ、お願いね、ガレイトさん!」
女性はそれだけ言うと、足早にホール内へと消えていった。
「……あの方も、ディエゴさんと同じ臨時の従業員の方だろうか……? でも、その割には結構ブリギットさんと親しげだったし……ん? そういえばすこし、モニカさんと声や髪型が似てたな。もしかして、姉妹なのだろうか……?」
ガレイトはその女性をボーっと見送ると、独り言を言いながら奥へ引っ込んで服を着替えに行った。
──こうして、火山牛の肉がなくなるまでの三日間、ガレイト他五名は馬車馬の如く働き続け、数にしておよそ二千名の客を捌ききったのだった。
◇
『──かんぱーい!!』
火山牛フェア三日目の夜。
オステリカ・オスタリカ・フランチェスカのホールにて、ささやかな打ち上げが開かれていた。テーブルの上には肴と、麦酒の入った木製のジョッキが人数分置かれており、ブリギットは相変わらず、すこし離れたところで、楽しそうにその様子を眺めていた。
「ガレイトさん、食べないの?」
一日目に、ガレイトに親しげに声をかけた黒髪の女性がガレイトに声をかけた。
「火山牛の余ったので作ったありあわせだけど、美味しいよ?」
「あ、はい……ありがとうございます……」
「なに? どうしたの? 気分でも悪い?」
「いえ……そういう事ではないのですが、ここ数日、姿を見せていない方がおられるので……何かあったのかな、と」
「そうなの? ……気になるなら、ガレイトさんだけもうあがる?」
「いえ、今日が最終日ですし、最後までいさせていただきます」
「そう……でも心配だね。どんな人なの? 友達? 恋人?」
「ああ、いえ、関係だけでいうなら知り合いなのですが──」
バン!
その二人の様子を見ていた、青年が、上気した顔で立ち上がると、持っていたジョッキを高く掲げた。
「ガレイトさんも戸惑ってるみたいだし、改めてここで自己紹介を! ……俺の名前はリカルド。もう聞いてるかもしれないけど、ここの従業員だった。今はここを解雇され、違うところでアルバイトをしている」
リカルドが簡単に自己紹介を済ませると、黒髪の女性が「イヤな言い方すんなー!」とヤジを飛ばした。次に、その横に座っていたディエゴが立ち上がると、ガレイトに軽く会釈をした。
「僕は……初日、ガレイトさんと店の外で会いましたよね? 改めて、ディエゴです。リカルドと同じくここの元従業員で、今は親の雑貨屋継いでます。何かご入用の際は是非、うちをよろしくお願いします」
ディエゴが自己紹介を済ませると、麦酒を豪快に呷っていた女性がダン、と勢いよくジョッキをテーブルに置いて、手をひらひらさせながら口を開いた。
「ちっすー。うちはレイチェルっす。主に料理の盛り付けや、簡単な調理を担当してました。よろしくー……つっても、臨時だから明日からはいなくなるけどねー」
レイチェルの自己紹介で、その場にいたリカルドとディエゴが苦笑いを浮かべる。そして、三人の自己紹介が終わると、今度はガレイトが立ち上がって挨拶をした。
「はじめまして。この度、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカで働かせていただく事になりました、ガレイトと申します。元傭兵です。よろしくお願いします」
元傭兵という肩書が珍しかったのか、三人はガレイトの自己紹介を聞くと、感嘆の声を上げた。ガレイトは気恥ずかしそうに着席すると、隣にいた黒髪の女性を見た。
女性はガレイトの視線に気が付くと、目を丸くして、その場にいた全員を見渡す。
「え? なに? もしかしてあたしも自己紹介しなきゃいけない感じなの?」
「いやいや、たしかに僕たちよりもガレイトさんとは付き合いは長いですけど、ほら、改めてですし、ガレイトさんも詳しくは知らないんでしょ? 彼女のこと?」
ディエゴに言われ、ガレイトは遠慮がちに「はい」と答えた。それを聞いた女性はテーブルに肘をつくと、その場にいた全員を見た。
「いやいや、あたしなんかより、ガレイトさんの〝元傭兵〟ってのが気になるでしょ。まずはそっちを質問しなって」
「まあ、たしかにすごく気になりますけど、これも礼儀ですよ、モニカさん」
「……え?」
ディエゴの口から出た名前に、即座に反応するガレイト。
ガレイトは今度は穴が開くほど、モニカと呼ばれた女性の顔を見た。女性はその視線に耐え切れなくなったのか、すこし頬を赤らめて口をへの字に曲げると、「はいはい……」と軽く吐き捨てながら、ゆっくりと立ち上がった。
「あー……まあ、なんていうか、そういえばきっちり自己紹介してなかった気がするから、一応……こほん。モニカです。その、改めて、これからよろしくね。ガレイトさん」
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