史上最強の料理人(物理)~役立たずと言われパーティを追放されましたが、元帝国最強騎士なのは内緒です~

枯井戸

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懐かしのヴィルヘルム

見習い料理人と殿下

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 ──夜。
 陽も落ち、空に星がくっきりと見えるようになった時間帯。
 ガレイトたちは馬車に揺られながら、すでに帝都の近くまでやって来ていた。
 予定よりもだいぶ早い到着である。


「と、いうわけで……」


 イルザードが、アクアを中指で指さしながら口を開く。
 アクアは馬車の扉の下。
 そこにあるすこし出っ張った場所に足を乗せ、窓枠に手をかけている。


「こいつのことは、女と自分語りが大好きな変態、と覚えておけばいい」

「は、はぁ……」


 サキガケが遠慮がちにうなずき、馬車の外を見る。


「どもー」


 アクアはサキガケの視線に気が付くと、ひらひらとにこやかに手を振ってみせた。
 そして、その顔──
 ガレイトに殴られて出来た顔の腫れは、ほとんど引いていた。


「ああ、見えてきましたよ。ヴィルヘルムの帝都〝ニーベルンブルク〟その正面玄関です」


 アクアが馬車の進行方向を見ながら言う。

 帝国首都ニーベルンブルク。
 ヴィルヘルム帝国領の中心にあり、国の要。
 領地を守護するように、ぐるりと周辺を取り囲む外壁。
 領内は中心へ向かうほど標高が高くなっており、その中心には国王の居城──
 真紅のヘルロット城が聳え立っている。
 そして、領内への進入は東西南北にある、四つの門からのみ可能となっていた。
 ガレイトたちは現在、その南門の近くまでやって来ている。
 

「──御者さん、ここらへんで止まってください」


 アクアが声をあげると、御者は手綱を操り、馬車を止めた。


「……おい、なぜ止めた」


 イルザードが不満げに尋ねる。
 アクアはぴょんと馬車の縁から地面へ降りると、もう一度、馬車のほう見た。


「いや、ほら……もう時間も時間ですし」

「どういうことだ。説明しろ」

「イルザードさんは……まぁ、いいとして、ガレイトさんが帰って来たと知られれば、たちまち騒ぎなってしまうでしょう?」

「おい、どういう意味だ」

「……昼間なら構いませんが、明日は定例会もありますし、ここは静かに、何事もなく侵入したほうがいい……そうでしょう? ガレイトさん?」

「まぁ……そうだな。また馬車を呼ばれても……」


 ガレイトはなにかを思い出したのか、途端に苦い顔を浮かべる。


「じゃあ頼めるか、アクア」

「はい。もともとそのつもりでしたので……」

「助かる」

「では、すこし待っていてくださいね……」


 アクアはそれだけ言い残すと、小走りで南門へと向かって行った。


 ◇


 ぶんぶん。
 遠くのほう──
 帝都ニーベルンブルク南門前。
 灯りに照らされたアクアが、馬車に向かって手を振っている。
 ちらり。
 ガレイトは向かいの座席──
 静かに寝息をたてているブリギットとカミールを見た。


「では御者さん、お願いします……」


 ガレイトは寝ている二人が起きないほどの声量で、御者に指示を出した。
 御者もそれを受け、静かに馬を走らせる。
 ゴロゴロゴロ……。
 かぽっかぽっ。
 再び車輪が回り出し、小気味いいリズムで馬車内も揺れる。
 やがて南門に差し掛かった頃──
 ガレイトは窓際のカーテンを閉じ、門兵から見えないよう頭を内へ引っ込めた。
 ガラガラガラ……。
 鋼鉄の鎖が巻き取られ、門の扉がせり上がっていく。
 やがて──
 ガチャン。
 門が完全に開いたのか、ガチャンという音が鳴る。


「うわ……」


 馬車の外。
 アクアがそのような声をあげる。
 ガレイトは首を傾げたが、そのまま馬車の中で息を殺す。
 しかし、馬車が動く気配はない。


「──出ておいで」


 突然、大声……ではなく、よくとおる男性の声が響く。
 その声が聞こえた途端、ガレイトとイルザードが顔を見合わせた。


「な、なにが起きてるでござる……?」


 サキガケが小声で二人に尋ねるが、二人とも何も答えない。


「怒らないから」


 ガレイトはおそるおそるカーテンを開けると、窓からちらりと顔を覗かせた。
 そこには──


「やあ、久しぶりだね。ガレイト」

「あ、あなたは……!」


 キリリと吊り上がった眉と口角。
 短めに切り揃えられた、金のウルフカット。
 その前髪が風に揺れる。
 黒く、ツヤのあるダブルボタンのジャケットに、赤い毛皮のマント。
 そんな格好の青年とガレイトの目が合う。


「えと……どちら様でござる?」


 サキガケがひょっこりと顔を出して、その青年に名を尋ねる。
 ガチャ。
 ガレイトは静かに、馬車からでると──


「お久しぶりです。王よ」


 その青年の足元に跪いた。


「え? オウ? オウ……って、王様?」

「いや、そこまで畏まる必要はないよ、ガレイト」

「ですが……」

「君はもう騎士じゃない。だから気楽にしてくれ。呼び方も、いつもどおり・・・・・・でいい」

「は、はい。失礼します……」


 ガレイトはそう言うと、静かに立ち上がる。


「……というか、さっきのは、君に向けての言葉じゃないしね」

「あの、えっと……じゃあ拙者……?」

「ああ、こんばんは。貴女は波浪輪悪ハローワークの職員さんですね」


 青年がニコリと笑い、サキガケに挨拶をする。


「あ、ハイ。そうでござるが……」

「定例会は明日からですので、今日はゆっくりお休みください」

「あ、ありがとう……ござ──」

「おーい、聞こえているのだろう? イルザード?」


 青年がすこしだけ、声のトーンをあげる。
 そして馬車の中。
 イルザードは腕組みをすると、座席の背もたれに体重をかけ、目を閉じた。


「ぐー、ぐー、がー、がー」

「いやいや……」


 サキガケが軽く手を横に振る。


「ふむ、なるほど。返事はしない気か」


 青年はすこし驚いたような顔で、口に手をあてた。


「……なら、私から行こう」

「え?」


 ガレイトとイルザードが声をあげる。
 青年はそんなことは意にも介さず、馬車の中へ入っていった。


「う……」

「……なんだ。起きているじゃないか、イルザード」

「……ドモ」


 イルザードが居心地悪そうに首を上下させる。


「……それにしても、なぜ水着なんだい?」

「暑かったので」

「そうか。今度私も、水着で公務をやってみるかな……」

殿下でんか、それはおやめください……」


 ガレイトが馬車の外から静かにツッコむ。


「それで……イルザード。私が言いたいこと、わかるかい?」

「まあ、はい。なんとなくは……」

「一隊の長でもある君が、突然いなくなったこと。なんの届け出もなく外国へ行ったこと。私宛の手紙を勝手に盗み見ていたこと──」


 青年はそう言いながら、指折り数えていく。


「……まあ、まだまだ色々あるんだけどさ、とりあえず……」


 青年はそう言うと、手を振り上げ──
 イルザードめがけ、勢いよく振り下ろした。


「め」


 責めるように、咎めるように、青年は人差し指でイルザードを指さす。


「……はい?」


 イルザードは怪訝そうな顔で訊き返す。


「これからはないように。いいね。〝め〟だからね」

「……は、はあ」


 毒気を抜かれてしまったのか、イルザードは困惑した顔で青年を見る。
 それは同じ馬車内にいるサキガケも同じだった。


「おや、どうかしましたか? 波浪輪悪のお方……?」

「いえ、なんというか、その……すこし失礼なんでござるが……王様、びるへるむの統治者の方って、もっとお年を召されている方かと……」


 サキガケの問いにガレイトは眉を吊り上げ、イルザードは口をへの字に曲げる。


「ああ、なるほど……」

「あの、サキガケさん、国王・・というのは、この国では──」

「いや、いいんだガレイト」


 青年が手をあげて、ガレイトを制する。


「たしかに。何も知らずに、こんなの・・・・が出てきたらびっくりするよね」

「い、いや……そんなことは……!」

「うん、とりあえず自己紹介をさせてもらうね。……私の名はフリードリヒ。フリードリヒ・フォン・ヴィルヘルム。この国の国王……ではあるけれど、最高指導者ではないんだ」
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