いぢわる王子様

西羽咲 花月

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いつもの日常

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私の頬に流れる涙は、誠先輩の手によって、止められた。


すぐるじゃ……ない。


それでも、目の下の腫れは翌日には治まっていて、誠先輩からの《家の前で待ってるから、一緒に学校行こう》というメールで外に出る気になれた。


「碧、もう大丈夫なの?」


仕事に出かける準備をしながら、お母さんが聞いてくる。


「うん。大丈夫だよ」


自分が思っていたよりも、もっとずっと元気な声が出た。


鏡を見ると、沈んでいる気持ちと対照的にいつもの笑顔の自分がいた。


その笑顔に、ホッと安堵のため息が漏れて、同時にチクリと心が痛んだ。


すぐるがいなくても、こんな笑顔が作れるという事実が胸に刺さったのだ。


玄関を出ると、メールの通り誠先輩が待っていてくれた。


「碧ちゃん!」


私を見つけて、すぐに駆け寄ってくる誠先輩。


「おはようございます」


なんだか照れくさくて、俯いたまま挨拶をした。


誠先輩は私の右手を握り「行こうか」と、歩き出した……。


「誠先輩って……」


「うん?」


「手、自然に握りますよね」


「そう?」


アハ。と笑い、「そんな事言われたの初めてかも」と言った。


「思えば私――」


「なに?」


「異性と手をつないで歩いたの、誠先輩が始めてです」


「え? 本当に?」


驚いたようにそう言い、私の顔を覗き込む。


「碧ちゃん、こんなに可愛いのに」


誠先輩はそう言い、私の頬をつついてきた。


なんだか子供扱いされているようでくすぐったくて、自然と頬を膨らませ、眉間にシワをよせ、抵抗した。


「アハ。なんかいいねこういうの」


「え?」


「カップルっぽいっていうのかな? そんな感じしない?」


カップルっぽい……。


そういえば、カップルって手をつないで歩いたり、ちょっとした事で笑いあったりするものだよね。


「そうですね。……いきなりキスなんて、普通しないですよね……」


すぐるの顔が、瞬きするたびにパッパッとフラッシュのようによみがえる。


「……あいつとは、手つながなかったの?」


誠先輩の言葉に、私は一つ頷いた。


「すみません、一緒にいるのにこんな話しちゃって」


「あ、いいよ気にしなくても」


「でも……」


「そんなにすぐに吹っ切れるもんじゃないと思うからさ。ただ……」


私は誠先輩を見上げた。


学校の近くの大通りは、通学途中の生徒が多い。


その道に出る、手前のことだった。


先輩は立ち止まり、私の額に自分の額をコツンと当てる。


「誠……先輩?」



中腰になった誠先輩はそのまま目をつむり、「今は、俺を利用していいよ」と言った。


「え?」


「あいつを忘れるために、付き合ってくれていいよ」


……え?


「ただし」


誠先輩が目を開き、私の頬を両手で包み込んだ。


大きくて、すごく暖かい。


「いつか必ず、俺を好きになって」


そう言う誠先輩は、すごく辛そうな顔をしていて、思わず私は先輩の大きな背中に手を回した。


誠先輩の優しさが、痛い。


「私……好きですよ」


痛い気持ちを我慢して、必死で言葉を探る。


「誠先輩のこと、今も、すごく好きですよ。利用なんて、しないです」


それが本心からなのか、ただの同情からなのか、自分でもわからなくなっていた。


ただ、辛そうな先輩を見ていたくなくて、精一杯の言葉を投げかけるしかできなかった。


「ありがとう」


誠先輩はそう言い、私を強く抱きしめた……。

☆☆☆

教室に入ると、真っ先に律が駆け寄ってきた。


いつもと変わらない、一日のスタートだ。


「碧!! もう大丈夫なの? メールしても返事ないから心配したんだからねっ!!」


少し痛いほどに私の肩をつかみ、揺らす律。


「ごめんね、メール返せないくらい元気なかったんだけど、もうこのとおりだから」


そう言い、私は力コブを作るしぐさをして見せた。


律はホッとしたように微笑み、それから、真剣な表情に変わった。


「碧、S王子のことなんだけど」


ズキン。


胸が、飛び上がるほどに痛む。


呼吸が苦しくて、まっすぐ律を見ることができない。


「もう、終わったことだから」


律が続きを言う前に、私はそう言っていた。


「え?」


「すぐる、私が休んでる間も何の連絡もしてこなかったの。

付き合ってたら、普通心配くらいするはずじゃない? でも、メールも電話も、なかったの」


カバンを机の横に引っ掛けて、意味もなくその中をゴソゴソと探りながら言う。


律の顔、見れないから……。


「碧……」


「だからさ、それってさ、付き合ってない。って事だと思うんだよね」


「いいの? それで」


きっと、律は今すごく真剣な顔をしてると思う。


私は、無意味にメモ帳を開き、落書きをはじめた。


「律……」


「ん?」


「私ね……」


ペンが、コロンと机の上に転がる。


私は自分が書いたへたくそなドラえもんから視線を離し、律を見た。


やっぱり、すごく険しい、真剣な顔をしてる。


「私……誠先輩と付き合うことにした」


「へ?」


一瞬目を見開き、それから視線を空中へ泳がせる律。
突然過ぎることで同様を隠し切れないようだ。


「律――」


「碧!!」


私の言葉を、律がさえぎった。


「謝ったりするのはナシだよ? 碧は何も悪いことしてないんだから」


そう言って、いつもと変わらない笑顔を見せる。


律……。


本当は、痛いハズだ。


私みたいに、胸の奥が、心の奥が壊れてしまうほどに痛いハズだ。


けれど、律はそんな表情ひとつも見せず、微笑んだ。


「そっか。だからS王子のことはもういいんだね」


「……うん」


これは本心? 嘘?


もう、わからない。


「碧、おめでとう」


私と対照的に、裏のない律の言葉。


胸が、また締め付けられる。


自分の気持ちが自分でわからないなんて、こんな事今までなかった。


すぐるに会うまで、こんな自分知らなかった。


「……ありがとう」


「じゃぁ、また平凡な毎日に逆戻りだねぇ」


「え?」


「だって、最近の碧バタバタしてたでしょ? 誠先輩が相手なら、きっと大丈夫だよ」


「大丈夫……」


律の言葉を繰り返す。


もう、いやがらせを受けることもない。


契約も、強引なキスも。


すぐるに振り回されることは、もう、ない――。





ここから、私の平凡な毎日が始まる……。
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