いぢわる王子様

西羽咲 花月

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長浜弥生

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すぐるが、私の頬をなでる。


最初は触れられるとくすぐったいだけだったけど、最近ではそれが心地よいと感じられるようになっていた。


「昨日のお昼休みね、机にイタズラされた」


「そう」


後ろから、声が聞こえる。


すぐるは今、ベッドの上で私を後ろから抱きしめている。


腹部にからめられた手は、時々私の体を撫でてくれる。


いやらしい意味ではなく、優しく、安心するように。


「カッターで、傷つけられたの」


すると、すぐるは軽く笑った。


「テストの時、書きにくくて仕方ないな」


その言葉に、私も思わず笑ってしまう。


「そうじゃなくて」


「うん。大丈夫だったか?」


「私は全然大丈夫。直に傷つけられるワケじゃないから」


「碧の体を傷つける奴がいたら、ぶん殴ってやるよ」


すぐるは、こぶしを作ってみせる。


私はそのこぶしを優しく包み込み、指を絡ませた。


「あのね、すぐる」


「うん?」


「『長浜弥生』って人、知ってる?」


私の質問にすぐに返事はなかった。


「すぐる?」


振り返ろうとする私を、すぐるが痛いほど抱きしめて阻止した。


「そうしたの?」


すぐるの顔が見えないままで、そう聞く。


すると、すぐるは軽く息を吐き出した。


「なぁ、碧」


「なに?」


「俺、最初は気を強いからってだけの理由で、碧を選んだ」


「……そうなんだ」


「けど、今は違う」


すぐるが、私の首筋に軽くキスをする。

「今は、本気で碧のことが好きだ。碧しか、いない」


「……うん」


『好きだ』ずっとほしかった、すぐるからのその言葉。


それだけで胸が一杯になって、少し苦しい。


涙が出そう。


「だから……」


なに?


「だから、碧にはちゃんと言おうと思う」


「え……?」


「弥生と、清子のこと……」


ズキン。


やっぱり、すぐるの口から他の女の人の名前が出ると、胸が痛む。


けど、聞かなきゃいけない。


これは、私の問題でもあるんだ。


逃げてちゃ、いけない。


私は、すぐるの手をそっと解き、体を反転させた。


ベッドの上で、互いに見詰め合う2人。


「すぐる……」


すぐるの体が、微かに震えている。


前に見たのと同じ、不安そうな顔。


いつものS王子の顔は、どこにもない。


「教えて? 私に」


小さく呟き、すぐるの頭をなでた。


すぐるが、子供のように私の胸に顔をうずめる。


「弥生は……俺たちと同い年なんだ」


「16?」


「そう。……いや、正式には14」


「え?」


言っていることの意味がわからなくて、私は首をかしげる。


すぐるの震えが、更に増した。


何か言おうとしている、けど、それを言うには力がいるのだ。


私は、すぐるの体を抱きしめた。


「大丈夫だよ。言って?」


「死んだんだ」


え……?


「弥生は、14の時に病気で死んだ」


すぐるの声が震えて、今にも消えてしまいそうにか細い。


「すぐる……それって、一体?」


机の上のイタズラ。


スカートに書かれたイタズラ。


その名前の人物が、死んでいた……?


どういうこと?


「俺は、弥生のことが好きだった」


う……そ。


見たことのない『長浜弥生』を思い浮かべる。


もう亡くなっているというのに、嫉妬している自分が情けない。



「弥生は元々体が弱くて、学校もほとんど行ってなかったんだ。

一日中ベッドの上にいて、すごくおとなしかった」


私は、すぐるの部屋で見つけた写真を思い出す。


みんな、おとなしそうな子たちだった。


あの本に挟まっていた写真の子も、色が白くておとなしそうな……。


あれ?


「すぐる、もしかしてあの写真の子……」


私の言葉に、すぐるは一つ頷いた。


あれが、長浜弥生……。


そうか。


だから、あれが一枚だけ本に挟まってたんだ。


「私あの写真捨てちゃったじゃん……」


「いいんだ。俺がちゃんとケジメをつけたくて碧に捨てさせたんだ」


『碧なら、捨てると思ってた』


あの言葉――!


そんな意味があったんだ……。


「碧、俺言ったよな」


「え?」


「イイナズケがいるって、事」


「あ……うん」


ギュッと胸が締め付けられる。


今度は、清子さんの話しだ。


そう思い、心の準備をする。


ところが……すぐるの口から出たのは、意外な一言だった。


「弥生は、俺のイイナズケだったんだ」


…………え?


頭の中が、真っ白になる。


「や……よいさん……が?」


唖然として、すぐるをまっすぐに見つめ返すことができない。


なんで?


清子さんじゃないの?


じゃぁ……なんで清子さんは、私にあんなイヤガラセを……?


すぐるのイイナズケは、もういないの――?
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