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初デート
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本当に脱処女が近いんじゃない?
そんな麻子の茶化しを聞き流した翌日のことだった。
「足は大丈夫?」
出勤してきた美加のところにわざわざ大翔がやってきて声をかけてくれたので、デザイン部はざわついた。
「だ、大丈夫です」
嬉しさと恥ずかしさで声を上ずらせて答える美加にみんなからの視線が集まっている。
だけどその中に妬みとか嫉みといった嫌な感情のものはなく、ただ好奇心だけを感じることができた。
いつの間にとか、どうやって仲良くなったんだろうとか、そんな疑問がみんなの中にうずいまいているようだ。
「よかった。メッセージを送ろうかとも思ったんだけど、迷惑になったら嫌だから、出勤してからの方がいいかなと思って」
「そんな! 迷惑なんかじゃないです!」
むしろ、大翔からの連絡がないか毎日期待して待っている。
せっかく連絡先を交換したのに、自分からはメッセージを送る勇気がなかったのだ。
「わかった。じゃあ、今日は送ることにするよ」
大翔はそれだけ言うとデザイン部を後にしたのだった。
その後みんなからの質問攻めにあったことは言うまでもない。
☆☆☆
《大翔:次の休日はなにか予定ある?》
大翔からメッセージが届いたかと思うとそんな内容で、お風呂上がりだった美加はスマホを握りしめたままフリーズしてしまった。
これってどういう意味での質問なんだろう?
まるでデートに誘う前の文言みたいだけど。
いやでも、単純に聞いただけかもしれないし。
グルグルと頭の中で考えて、でも全く答えはでない。
学生時代の自分だったら自信満々『あ、これデートの誘いだなぁ。めんどくさいから家族で出かけるって答えとこー』なんてことをができたけれど、今の美加はまるで別人だ。
気になっている異性からのメッセージに体温は急上昇していく。
「と、とにかく返事出さなきゃ!」
既読がついた状態でいつまでも待たせるわけにはいかない。
既読スルーだと思われるのも嫌だった。
《美加:特にないですよ!》
他にもっと書き込むことが無いかと考えたけれど、なにも思いつかなくてそのまま送信する。
するとすぐに返事がきた。
ずっとスマホを手に持って美加からの返事を待っているかのような速さで驚く。
《大翔:羽川さんさえよければ、映画でも行かない?》
デートの定番である映画という単語が出てきて美加はその場で飛び上がっていた。
これは間違いなくデートの誘いだ。
胸がドキドキと早くなっていくのを感じる。
「ど、どうしよう稲尾さんと映画だなんて……」
想像しただけで今から緊張状態になってしまうが、映画なら周囲は暗いし気兼ねなく楽しく事ができるかもしれない。
大翔も、それを見越して映画に誘ってくれているのかも。
そう思うと幾分か、緊張が解けてきた。
その場で深呼吸をしてふるえる指で《美加;もちろんです!》と、送信したのだった。
☆☆☆
次の休日まではあまり日もなかったため、ろくに麻子に相談することもできずに当日を迎えることになってしまった。
午前10時に大翔が美加のアパートに迎えに来てくれる予定になっているけれど、美加が目を覚ましたのは午前6時頃だった。
普段出勤するときと同じ時間に目が覚めてしまい、スマホで時間を確認してため息を吐く。
休日は10時くらいまで寝ていることが多いけれど、さすがに早起きしてしまった。
二度寝する気にもなれなくてベッドから抜け出すと冷たい水で顔を洗う。
鏡の中の自分の顔を四方から確認してみて「よしっ」とつぶやく。
目の下のクマとか、目の充血とかはなさそうだ。
いつもよりも華やかななメークをして、派手すぎないワンピースに袖を通す。
歩き回るようなデートではないから、足元はいつもより少し高いヒールをはいてみた。
と、そこで「いたっ」と、美加は顔をしかめていた。
この前ひねった足首がまだ完治していなくて、バランスの悪い靴をはくと痛みが走るのだ。
「ヒールは無理かぁ……」
だとしたら背の低い、背の低いニュールサンダルにするか。
これもどんな服にでも合わせやすいアイテムだと喜んで買ったけれど、考えていたコーディネートにできなくて少しだけ残念な気持ちになる。
「ま、いっか。歩けなくなっても困るしね」
美加がすべての準備を終えた時間んはまだ8時過ぎだった。
☆☆☆
「恋愛映画でよかった?」
「はい。大好きです」
運転席に座る大翔に思わず見とれて返事をするのを忘れてしまいそうになった。
美加は迎えに来てくれた大翔の助手席に乗っている。
しかもこれから見るのは美加の大好きな恋愛映画らしい。
これで心が弾まないわがない。
「足首の調子はどう?」
「もうすっかり大丈夫です」
少しだけ嘘をついたけれど、これくらいの嘘なら許されるはずだ。
「そっか、よかった」
大翔は本当に安心したように微笑んだ。
「ひどくひねってたらどうしようかと思って、ずっと心配してたんだ」
そんなにずっと私のことを考えてくれていたんだろうか?
そう思って胸がときめいたけれど、黙っていた。
「心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
今日もストッキングの下に目立たないよう、肌色の湿布を貼り付けているけれど、それはバレていないみたいだ。
それからふたりで他愛のない会話をして車で10分ほど移動すると、目的の映画館に到着していた。
映画館のフロアには数人の人しかいなくて、今は上映時間中なのだとわかった。
ふたりが見る映画はあと30分ほどで上映が始まる。
「ポップコーン買う?」
大翔が売店へ向けて歩きながら聞いてきた。
「いいですね! 私キャラメル味が好きです」
映画館といえばポップコーンだ。
バケツサイズの巨大な入れ物に山盛りポップコーンを入れてもらって、ふたりで食べるなんて夢みたい。
「でも、なんで映画館で見る時ってポップコーンなんでしょうね」
昔からそうしていたからなんとなくそうしているだけで、深く考えることはなかった。
「食べたときに音が出にくいとか、匂いとか色々あるけど、結局はポップコーン業界の策略勝ちだったんじゃないかな」
「策略勝ち?」
そんなふうに考えたことがなくて美加がまばたきをする。
「バレンタインやハロウィンも今では日本で普通にやってるけど、昔はそうでもなかった。すべては流行によって特をする人たちが仕掛けたことだと、僕は思ってる」
大翔はそう言うと笑って見せた。
そう言われるとそうかもしれない。
バレンタインならcyコレート業界、ハロウィンからお菓子業界の売れ行きが伸びる。
それを使わない手はないと考えるのは普通だ。
「ポップコーンも?」
美加は両手で抱きかかえるくらいの大きなのあるポップコーンバケツを抱きしめて、視線を落とす。
「そう、ポップコーンも」
それじゃなんだか踊らされているような気になってきて微妙な気分。
「でも僕たちからすれば美味しければなんでもいいってこと」
大翔はそう言うとポップコーンをひとつつまんで口に入れたのだった。
☆☆☆
映画は人気俳優が出ていることでほぼ満席状態になっていた。
30分前まではフロアは空いていたのに、一体どこからみんな湧いてきたんだろうと思うくらいだ。
「さすがに面白かったですね」
純愛とコメディ要素を足した映画は、飽きさせる暇もなく進んでいった。
会場には時折大きな笑い声が響き、ワンシーンだけしっとりする場面もあった。
物語にわかりやすいメリハリがつけられていて、鑑賞後はスッキリとした気持ちになる。
「僕は普段恋愛映画ってあまり見ないんだけど、結構面白いんだなぁ」
自然とそう言った大翔に美加は「えっ」とつぶやく。
普段見ないということは、今回は私の好みを考えて選んでくれたんだろうか。
そんなふうに思うことは決しておこがましいことでなかったようで、映画の次に向かったレストランで事件が起きた。
「ここ、高いんじゃないんですか?」
大翔が予約してくれていたレストランは普段美加が絶対に入らないようなところだった。
正装はしなくていいものの、店の中に入った瞬間ピリッとした緊張感もある空気を肌で感じる。
席へ通されたときにはすでに緊張で少しだけ汗をかいていた。
「そうでもないから、大丈夫だよ」
向かい側に座る大翔はにこやかにそう言うけれど、どう見ても高そうだ。
ついキョロキョロと周囲を確認してしまう。
メニュー表を見ても値段は書かれていないし、なにを注文すればいいかわからない。
結局シェフのおまかせコースというものになってしまった。
かしこまったレストランに来ることは年に何度もないので、背筋が伸びる。
一方の大翔はこのお店に来慣れているようでリラックスした様子だ。
「ここ、高いんじゃないんですか?」
こそっと質問してみると「ここはまかせて」と、大翔がウインクしてきた。
映画代まで払ってもらったのに、食事代まで任せるわけにはいかない。
せめて自分の分だけでも払いたいと思っていたときに料理が運ばれてきた。
最初の方は緊張で料理の味もよくわからなかったけれど、大翔と会話を続けているとだんだん緊張も解けてきた。
大翔は遠くから見ていたときに感じていたよりもずっと気さくで、人懐っこいタイプの人らしい。
こうした食事の席では相手を飽きさせないように、自分の子供時代の話をずっとしていてくれる。
「稲尾さんって結構活発な男の子だったんですね?」
「そうなんだよ。いつも近所のガキ大将と喧嘩して勝ってたからねぇ」
線の細い体からは想像もつかない武勇伝だ。
「でもそれじゃ稲尾さんがガキ大将だったってことになりません?」
そう言うと大翔は大げさに驚いて「そう言われたらそうかも」と、真剣に家並み初めてしまった。
そんな会話をしているうちにあっという間にデザートが運ばれてきた。
チョコレートアイスといちごののったプリンだ。
チョコレートもいちごも大好物なので思わず「わぁ」と、子供みたいな声を上げてしまった。
「気に入ってくれたようでよかった」
大翔が穏やかな笑みを浮かべて言う。
デザートは気に入った。
料理もとてもおいしかった。
だけどこれを食べ終えたら今日はもう帰らないといけないのだと思うと、スプーンを持つてが止まってしまう。
明日になればまた会社で会えると自分に言い聞かせても、楽しい時間はどうしてこうもあっさり過ぎていくのだろうと思わずにはいられなかった。
「羽川さん」
美加が溶けていくアイスを見つめていると、不意に名前を呼ばれて顔を上げた。
そこには大翔の真剣な顔があって、なんとなく居住まいを正す。
「はい」
「よければ、僕と付き合ってくれない?」
え……?
突然の告白に美加はポカンと口を開けてフリーズしてしまった。
なにが起こったのか。
なんと言われたのかしっかり理解するまでに随分と時間がかかったように思う。
「羽川さん?」
固まってしまった美加にもう1度大翔が声をかけたことで、ようやく我に帰る。
「はいっ! よろしくお願いします!」
美加は嬉しさで目に涙をためて、答えたのだった。
そんな麻子の茶化しを聞き流した翌日のことだった。
「足は大丈夫?」
出勤してきた美加のところにわざわざ大翔がやってきて声をかけてくれたので、デザイン部はざわついた。
「だ、大丈夫です」
嬉しさと恥ずかしさで声を上ずらせて答える美加にみんなからの視線が集まっている。
だけどその中に妬みとか嫉みといった嫌な感情のものはなく、ただ好奇心だけを感じることができた。
いつの間にとか、どうやって仲良くなったんだろうとか、そんな疑問がみんなの中にうずいまいているようだ。
「よかった。メッセージを送ろうかとも思ったんだけど、迷惑になったら嫌だから、出勤してからの方がいいかなと思って」
「そんな! 迷惑なんかじゃないです!」
むしろ、大翔からの連絡がないか毎日期待して待っている。
せっかく連絡先を交換したのに、自分からはメッセージを送る勇気がなかったのだ。
「わかった。じゃあ、今日は送ることにするよ」
大翔はそれだけ言うとデザイン部を後にしたのだった。
その後みんなからの質問攻めにあったことは言うまでもない。
☆☆☆
《大翔:次の休日はなにか予定ある?》
大翔からメッセージが届いたかと思うとそんな内容で、お風呂上がりだった美加はスマホを握りしめたままフリーズしてしまった。
これってどういう意味での質問なんだろう?
まるでデートに誘う前の文言みたいだけど。
いやでも、単純に聞いただけかもしれないし。
グルグルと頭の中で考えて、でも全く答えはでない。
学生時代の自分だったら自信満々『あ、これデートの誘いだなぁ。めんどくさいから家族で出かけるって答えとこー』なんてことをができたけれど、今の美加はまるで別人だ。
気になっている異性からのメッセージに体温は急上昇していく。
「と、とにかく返事出さなきゃ!」
既読がついた状態でいつまでも待たせるわけにはいかない。
既読スルーだと思われるのも嫌だった。
《美加:特にないですよ!》
他にもっと書き込むことが無いかと考えたけれど、なにも思いつかなくてそのまま送信する。
するとすぐに返事がきた。
ずっとスマホを手に持って美加からの返事を待っているかのような速さで驚く。
《大翔:羽川さんさえよければ、映画でも行かない?》
デートの定番である映画という単語が出てきて美加はその場で飛び上がっていた。
これは間違いなくデートの誘いだ。
胸がドキドキと早くなっていくのを感じる。
「ど、どうしよう稲尾さんと映画だなんて……」
想像しただけで今から緊張状態になってしまうが、映画なら周囲は暗いし気兼ねなく楽しく事ができるかもしれない。
大翔も、それを見越して映画に誘ってくれているのかも。
そう思うと幾分か、緊張が解けてきた。
その場で深呼吸をしてふるえる指で《美加;もちろんです!》と、送信したのだった。
☆☆☆
次の休日まではあまり日もなかったため、ろくに麻子に相談することもできずに当日を迎えることになってしまった。
午前10時に大翔が美加のアパートに迎えに来てくれる予定になっているけれど、美加が目を覚ましたのは午前6時頃だった。
普段出勤するときと同じ時間に目が覚めてしまい、スマホで時間を確認してため息を吐く。
休日は10時くらいまで寝ていることが多いけれど、さすがに早起きしてしまった。
二度寝する気にもなれなくてベッドから抜け出すと冷たい水で顔を洗う。
鏡の中の自分の顔を四方から確認してみて「よしっ」とつぶやく。
目の下のクマとか、目の充血とかはなさそうだ。
いつもよりも華やかななメークをして、派手すぎないワンピースに袖を通す。
歩き回るようなデートではないから、足元はいつもより少し高いヒールをはいてみた。
と、そこで「いたっ」と、美加は顔をしかめていた。
この前ひねった足首がまだ完治していなくて、バランスの悪い靴をはくと痛みが走るのだ。
「ヒールは無理かぁ……」
だとしたら背の低い、背の低いニュールサンダルにするか。
これもどんな服にでも合わせやすいアイテムだと喜んで買ったけれど、考えていたコーディネートにできなくて少しだけ残念な気持ちになる。
「ま、いっか。歩けなくなっても困るしね」
美加がすべての準備を終えた時間んはまだ8時過ぎだった。
☆☆☆
「恋愛映画でよかった?」
「はい。大好きです」
運転席に座る大翔に思わず見とれて返事をするのを忘れてしまいそうになった。
美加は迎えに来てくれた大翔の助手席に乗っている。
しかもこれから見るのは美加の大好きな恋愛映画らしい。
これで心が弾まないわがない。
「足首の調子はどう?」
「もうすっかり大丈夫です」
少しだけ嘘をついたけれど、これくらいの嘘なら許されるはずだ。
「そっか、よかった」
大翔は本当に安心したように微笑んだ。
「ひどくひねってたらどうしようかと思って、ずっと心配してたんだ」
そんなにずっと私のことを考えてくれていたんだろうか?
そう思って胸がときめいたけれど、黙っていた。
「心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
今日もストッキングの下に目立たないよう、肌色の湿布を貼り付けているけれど、それはバレていないみたいだ。
それからふたりで他愛のない会話をして車で10分ほど移動すると、目的の映画館に到着していた。
映画館のフロアには数人の人しかいなくて、今は上映時間中なのだとわかった。
ふたりが見る映画はあと30分ほどで上映が始まる。
「ポップコーン買う?」
大翔が売店へ向けて歩きながら聞いてきた。
「いいですね! 私キャラメル味が好きです」
映画館といえばポップコーンだ。
バケツサイズの巨大な入れ物に山盛りポップコーンを入れてもらって、ふたりで食べるなんて夢みたい。
「でも、なんで映画館で見る時ってポップコーンなんでしょうね」
昔からそうしていたからなんとなくそうしているだけで、深く考えることはなかった。
「食べたときに音が出にくいとか、匂いとか色々あるけど、結局はポップコーン業界の策略勝ちだったんじゃないかな」
「策略勝ち?」
そんなふうに考えたことがなくて美加がまばたきをする。
「バレンタインやハロウィンも今では日本で普通にやってるけど、昔はそうでもなかった。すべては流行によって特をする人たちが仕掛けたことだと、僕は思ってる」
大翔はそう言うと笑って見せた。
そう言われるとそうかもしれない。
バレンタインならcyコレート業界、ハロウィンからお菓子業界の売れ行きが伸びる。
それを使わない手はないと考えるのは普通だ。
「ポップコーンも?」
美加は両手で抱きかかえるくらいの大きなのあるポップコーンバケツを抱きしめて、視線を落とす。
「そう、ポップコーンも」
それじゃなんだか踊らされているような気になってきて微妙な気分。
「でも僕たちからすれば美味しければなんでもいいってこと」
大翔はそう言うとポップコーンをひとつつまんで口に入れたのだった。
☆☆☆
映画は人気俳優が出ていることでほぼ満席状態になっていた。
30分前まではフロアは空いていたのに、一体どこからみんな湧いてきたんだろうと思うくらいだ。
「さすがに面白かったですね」
純愛とコメディ要素を足した映画は、飽きさせる暇もなく進んでいった。
会場には時折大きな笑い声が響き、ワンシーンだけしっとりする場面もあった。
物語にわかりやすいメリハリがつけられていて、鑑賞後はスッキリとした気持ちになる。
「僕は普段恋愛映画ってあまり見ないんだけど、結構面白いんだなぁ」
自然とそう言った大翔に美加は「えっ」とつぶやく。
普段見ないということは、今回は私の好みを考えて選んでくれたんだろうか。
そんなふうに思うことは決しておこがましいことでなかったようで、映画の次に向かったレストランで事件が起きた。
「ここ、高いんじゃないんですか?」
大翔が予約してくれていたレストランは普段美加が絶対に入らないようなところだった。
正装はしなくていいものの、店の中に入った瞬間ピリッとした緊張感もある空気を肌で感じる。
席へ通されたときにはすでに緊張で少しだけ汗をかいていた。
「そうでもないから、大丈夫だよ」
向かい側に座る大翔はにこやかにそう言うけれど、どう見ても高そうだ。
ついキョロキョロと周囲を確認してしまう。
メニュー表を見ても値段は書かれていないし、なにを注文すればいいかわからない。
結局シェフのおまかせコースというものになってしまった。
かしこまったレストランに来ることは年に何度もないので、背筋が伸びる。
一方の大翔はこのお店に来慣れているようでリラックスした様子だ。
「ここ、高いんじゃないんですか?」
こそっと質問してみると「ここはまかせて」と、大翔がウインクしてきた。
映画代まで払ってもらったのに、食事代まで任せるわけにはいかない。
せめて自分の分だけでも払いたいと思っていたときに料理が運ばれてきた。
最初の方は緊張で料理の味もよくわからなかったけれど、大翔と会話を続けているとだんだん緊張も解けてきた。
大翔は遠くから見ていたときに感じていたよりもずっと気さくで、人懐っこいタイプの人らしい。
こうした食事の席では相手を飽きさせないように、自分の子供時代の話をずっとしていてくれる。
「稲尾さんって結構活発な男の子だったんですね?」
「そうなんだよ。いつも近所のガキ大将と喧嘩して勝ってたからねぇ」
線の細い体からは想像もつかない武勇伝だ。
「でもそれじゃ稲尾さんがガキ大将だったってことになりません?」
そう言うと大翔は大げさに驚いて「そう言われたらそうかも」と、真剣に家並み初めてしまった。
そんな会話をしているうちにあっという間にデザートが運ばれてきた。
チョコレートアイスといちごののったプリンだ。
チョコレートもいちごも大好物なので思わず「わぁ」と、子供みたいな声を上げてしまった。
「気に入ってくれたようでよかった」
大翔が穏やかな笑みを浮かべて言う。
デザートは気に入った。
料理もとてもおいしかった。
だけどこれを食べ終えたら今日はもう帰らないといけないのだと思うと、スプーンを持つてが止まってしまう。
明日になればまた会社で会えると自分に言い聞かせても、楽しい時間はどうしてこうもあっさり過ぎていくのだろうと思わずにはいられなかった。
「羽川さん」
美加が溶けていくアイスを見つめていると、不意に名前を呼ばれて顔を上げた。
そこには大翔の真剣な顔があって、なんとなく居住まいを正す。
「はい」
「よければ、僕と付き合ってくれない?」
え……?
突然の告白に美加はポカンと口を開けてフリーズしてしまった。
なにが起こったのか。
なんと言われたのかしっかり理解するまでに随分と時間がかかったように思う。
「羽川さん?」
固まってしまった美加にもう1度大翔が声をかけたことで、ようやく我に帰る。
「はいっ! よろしくお願いします!」
美加は嬉しさで目に涙をためて、答えたのだった。
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