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西羽咲 花月

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「どうして愛子を助けたの」
病院から出た時、夢は不服そうな顔でそう聞いてきた。
「言ったでしょ。見ていて助けなかったらあたしたちは犯罪者になる」
嘘ではなかった。
愛子が苦しみながら死んでいったって、あたしには関係ないと思っている。
「そうだけど」
夢はまだ唇を尖らせている。
目の前で愛子が苦しみながら死んでいく様を見たかったのかもしれない。
それからあたしたちはいつものファミレスに移動してきた。
ファミレスは軽いボヤで済んだようで、当日から通常通りの営業が行われていた。
夢はすっかりお気に入りになったパンケーキを注文して、あたしはドリンクバーを頼んだ。
「お腹空いてないの?」
サイダーを飲んでいるあたしを見て夢は不思議しそうな顔で聞いてきた。
外はオレンジ色に染まっていて、そろそろお腹が減ってくる時間帯だ。
「家に帰ったとき晩ご飯が食べられなくなるからだよ」
あたしは適当な嘘をついた。
本当はこれから始まる損失について考えていたのだ。
ついに死人が出てしまったから、そのことが頭の中にわだかまりとして残っているのだ。

損失については割り切ったつもりだけれど、はやり不安と恐怖は毎回襲いかかってくる。
あたしは必死にそれを悟られないように演技をしていた。
その時、ウエイトレスがコーヒーカップをトレイに乗せてやってきた。
「ご注文のコーヒーです」
そう言ってあたしの前に置こうとする。
「え? 注文してないですよ」
声をかけた瞬間、慌てたウエイトレスがコーヒーカップをテーブルの上に落してしまっていた。
それほど高い位置から落としたわけでもないのに、コーヒーカップは熱いお湯をまき散らしながら砕け散っていた。
「も、申し訳ありません!」
ウエイトレスは即座に謝罪して、慌ててタオルを持ってきた。
「指、大丈夫?」
呆然としていたところで夢に言われて、自分の指を確認すると、かすかに血が流れ出していた。
割れたカップで切れたみたいだ。
「これくらい平気」
しっかり確認してみても、破片が刺さっているようには見えない。
ただかすって怪我をしただけみたいだ。

「本当に、申し訳ございませんでした」
奥から店長らしき男性が出てきて、あたしへ向けて頭を下げてきた。
「大丈夫ですよ、心配しないでください」
慌ててそう言ったが、結局あたしの注文したドリンクバー代が無料になることになった。
傷口はキチンと消毒され、絆創膏も貼られた。
ここまでしてもらっては逆になんだか申し訳ない気分になってしまう。
早くファミレスから出た方がいいかと思い、サイダーを喉に流しこんだ。
と、その時だった。
一気に飲んだのが悪かったのか、サイダーが気管に入ってむせ込んだ。
炭酸が強かったのも悪かったのか、喉の刺激のせいで余計に息が苦しくなった。
それは地上でおぼれているような感覚だった。
「これ飲んで」
夢が差し出してくれた水を一口飲んで、ようやく大きく息を吸い込むことができた。
「ありがとう」
短く礼を言い、席を立つ。
夢と一緒に外へ出るとちょうどそのタイミングで通行人がぶつかってきて、その場に倒れてしまった。
「もう、なんなの」
文句を言いながら立ち上がると、夢が警戒した様子で周囲を確認している。
「今ので3つめだよね」
「え?」
首をかしげて聞き返す。
「損失だよ」
言われて「あっ」と呟いた。

1つめはカップが割れる。
2つめはジュースを喉に詰まらせる。
3つめは通行人にぶつかられてこける。
「あと1つ……」
そう呟いた時、前方から紙飛行機を持った小学生が走ってくるのが見えた。
咄嗟に夢の後ろに隠れる。
夢はあたしを守るように両手を広げていた。
小学生が勢いよく紙飛行機を投げるのを見た。
それはふらふらと、今にも落ちてしまいそうな起動を描き、夢の横をすり抜けてあたしの胸にぶつかり、落下した。
あたしはそれを手にとり、小学生に手渡す。
「ありがとうございます!」
小学生は元気に礼を言って、また駆け出して行ってしまった。
それを見送ったあと、あたしは自分の胸を見下ろした。
愛子は胸が苦しくなっていたっけ。
「これで損失は終わり」
夢が呟いた瞬間、ポケットの中でスマホが震えた。
2人で確認してみると、そこには『損失を与えました』の文字が表示されていたのだった。

☆☆☆

どうってことのない損失が終わり、次の登校日が訪れていた。
すでに連絡網で靖の死は伝えられていたけれど、D組に流れている雰囲気はとても軽いものだった。
「自業自得だったんだよ」
「薬物やってたんだろ?」
「あんな狂ったヤツがいなくなって、ほんとよかったよなぁ」
笑い声すら聞こえてくる教室内。
靖が死んだことを悲しんでいる生徒は誰1人としていなかった。
陸に美紀に愛子も学校には来ていなくて、とても平和は時間が流れていく。
みんな入院中だと思うと、いい気味だった。
「今日は誰も学校に来てないから、何が起こるか見届けられないね」
休憩時間になると夢がつまらなさそうに言った。
「そうだね」
あたしは頷く。
愛子のときみたいに病院へ行ってみればいいけれど、せっかくの平和な時間を無駄にするのも嫌だった。
4人がいないことでクラスメートたちはしょっちゅうあたしたちに声をかけてくれるようになった。
友達同士でお菓子を配り合ったり、ドラマの内容を話したりする時間は、あたしと夢にとってとても久しぶりのものだったのだ。
「今日くらいはいっか」
夢はのんびりとした声でそう言ったのだった。

夢はまた、絵を描いているみたいだ。
それがどんな絵なのかあたしはまだ見ていないけれど、休憩時間になると熱心にノートへ向かっていたりする。
もしかしたら、少しずつ昔の自分の絵を取り戻してきているのかもしれない。
4人がいなくなったことで、やっと止まっていた時間が動き出したように感じられる。
昼休憩になるとあたしと夢と田淵さんと和田さんの4人でお弁当囲んだ。
そんな幸せな時間を満喫しているときだった。
1人の男子生徒が慌てた様子で教室へ戻ってきたのだ。
「大変だ!」
その声にクラスメートたちの視線が男子生徒へ集まる。
あたしも、玉子焼きを持っていた箸を止めて男子生徒へ視線を向けた。
「陸が死んだって!」
その言葉に一瞬教室内は静まりかえった。
誰もが言葉の意味を理解できていなかったと思う。

「死んだって……?」
どこからか聞こえてきた声。
「病院で、いきなり血を吐いて死んだんだって! 今、先生から聞いた!」
話しながら男子生徒は興奮したように顔が赤くなっていく。
「それ、本当に?」
聞いたのは夢だった。
夢の声は落ち着いている。
「あぁ。本当だ」
肯定する男子生徒。
あたしは夢を見た。
「どうする?」
「行ってみよう」
夢に言われ、あたしは頷いて席を立ったのだった。

☆☆☆

陸が入院している病院はあの総合病院だった。
小さな病院でどうにもならなければ、たいていの患者がここに運ばれてくるからだ。
受付で陸の名前を出し、病室へ向かう。
まだ霊安室に移動されていないということは、それほど時間も経過していないのだろう。
言われた病室まで行くと、廊下に呆然とした表情でたたずんでいる女性がいた。
まだ若く、大学生くらいに見える。
その顔は陸にそっくりだった。
あたしは一旦夢と目を見かわせて、そっとその人に近づいた。
「あの」
声をかけると、女性はビクリと反応して、まるで機械じかけのオモチャのようにカタカタとこちらへ視線を向けた。
「あたしたち、陸と同じD組の生徒なんですが……」
自己紹介をした瞬間、女性はプツリと糸が途切れたようにその場に座り込んでしまった。
そして両手で顔を覆う。
「陸のお姉さんですか?」
夢の質問にも答えず、肩を震わせて泣き始めた。
これではなにを質問しても答えられなさそうだ。

あたしはそっと目の前の病室のドアを開けた。
そこは個室になっていて、2人の看護師がベッドに横たわっている患者の世話をしている。
ベッドの上で眠っているのは陸で間違いなさそうだ。
その顔色は悪く、生気がないことがすぐに理解できた。
ベッドの横にはエンジゼルセットが置かれているのがわかった。
死んだ人にケアを行うための道具だ。
本当に、死んだんだ……。
そう思うと同時に強いメマイを感じて、慌てて病室から出た。
そのままナースステーションの横に設置されている長椅子に座る。
「大丈夫?」
夢の問いかけにあたしは何度も頷いた。
死体を見るのは初めてだった。
しかも、同級生の死体だ。
心臓がドクドクと嫌な音を立てて脈打っている。
冷汗が背中を流れていく感覚もあった。
「これ飲んで」
夢が近くの自販機で水を買って持ってきてくれた。
あたしは水のペットボトルを受け取ると、一気に半分ほど飲みほした。

急激なストレス反応による貧血が、ゆっくりと治まっていくのを感じる。
「ついに2人目だね」
夢があたしの隣に座っていった。
「そうだね……」
今水を飲んだところなのに、あたしの声はガラガラに乾いていた。
「他の2人も死ぬのかな」
夢の楽しげな声にあたしは唖然としてしまった。
もう2人も死んでしまった。
それでも夢はまだ、この状況を楽しんでいるのだ。
「まだ損失が怖い?」
夢は的外れな質問をしてくる。
「そんなんじゃない。でも、もう2人も死んだんだよ?」
「だから、どうしたの?」
夢は首をかしげている。
「4人全員死んだらどうするの?」
「どうするってなにが? 別にいいじゃん」

夢にあたしの言葉は届かない。
夢は本当に4人とも全員死ねばいいと思っているのだ。
「あたしはもう嫌だ」
思わず、本音が漏れた。
4人はさんざんあたしたちをイジメてきた。
復讐されて当然だと思う。
でも、実際にこの目で死体を見たら、そんな気持ちは吹き飛んでしまった。
これ以上、あのアプリのせいで誰かが死ぬことは耐えられそうにない。
現実は、物語よりもずっとずっと悲惨で残酷なのだ。
人の死ぬは復讐心すら燃えつくしてしまう。
そのことがよく理解できた。
「あたし、もう行くね」
「どこに行くの」
後ろから夢が声をかけてきても振り返らず、あたしはそのまま病院を出たのだった。

☆☆☆

1人で病院を出たあたしはその足でケータイショップに来ていた。
中に入るとオレンジ色のユニフォームを着た女性店員が愛想のいい笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いします」
カウンター越しにそう言われ、あたしはポケットからスマホを取り出した。
「このスマホを解約したいんです」
「解約ですか。少しお待ちください」
女性店員はそう言うと1度店内の奥へと引っ込んだ。
アプリを止めることができないのなら、スマホごと交換してしまうしかない。
そう考えたのだ。
しばらくすると女性店員が戻ってきたので、次に使いたい機種を伝えた。
「申し訳ございません。お客様は未成年のため、保護者様の同意書が必要となります」
そう言い、書類を手渡された。
そこには保護者の同意を必要とするサイン欄がある。
「どうしても今機種変更したいんです!」
でないと次の被害がでてしまう。
順番で言えば美紀だ。
「しかし……」
「お願いします!」
あたしは女性店員の言葉を遮り、頭を下げた。
額がカウンターにつくほど下げて懇願する。

「……わかりました。それでは同意書は後日持ってきてください」
あたしの反応に戸惑ったように女性店員は言った。
勢いよく顔をあげ「ありがとうございます!」と、礼を言う。
両親への説明はなんとでもなる。
とにかく一秒でも早く変えたかった。
無理を通してひとりで機種変更を終わらせ、店を出る。
その時にはあたしの体はとても軽くて、まるで付き物が取れたような感覚だった。
新しいスマホにあのアプリは入っていない。
これですべて解決したんだ。
そう思うと、自然と笑顔が浮かんでいたのだった。

☆☆☆

気分が軽くなったこの日はグッスリと眠ることができた。
自分でも気がつかないうちに、想像以上に自分の心に負担がかかっていたのだとわかった。
とても心地いい夢を見ていて、そのまま気持ちのいい朝を迎えるはずだった。
それなのに……。
夢をつんざくようなバイブ音が聞こえてきて、あたしは強制的に現実の世界へと引きずりだされていた。
目を開けると暗闇が広がっている。
窓の外は真っ暗で、サイドテーブルの時計を確認すると夜中の2時だとわかった。
同じサイドテーブルに置いてあった、真新しいスマホが光っている。
こんな時間になに……?
眠い目をこすってスマホに手を伸ばす。
画面を確認したとき、一体なにが表示されているのかすぐには理解できなかった。
『恐怖アプリ』
赤文字のタイトルを見た瞬間、一瞬にして眠気は吹き飛んだ。
スマホを握り締めてベッドに上半身を起こす。
「なんで……?」
何度も目をこすり、まばたきを繰り返してみても、その文字は消えない。
次第に呼吸が荒くなっていくのを感じ始めた。
スマホを持つ手にじっとりと汗がにじんでくる。
このスマホにアプリが入っているわけがない。
あのアプリは普通にはダウンロードされないはずなんだから!
それなのに、画面上には確かに『恐怖アプリ』の文字が出ているのだ。

あたしは震える指先でそのアイコンをタップした。
すると、前回『おまかせ』を選んだままの状態になっている。
ちゃんと情報が引き継がれているのだ。
4人の写真もアプリ内に取り込まれたままだ。
「なんで……!? こんなの、ありえないじゃん!」
必死になってアプリを消そうとする。
しかし、今までと同じでそれは消えることがなかったのだった……。

それから朝まで、あたしは一睡もできなかった。
スマホを片手に持ったまま、呆然として座りこんでいたのだ。
「靖子、夢ちゃんが迎えに来たわよ」
一階からお母さんの声が聞こえてハッと我に返った。
夢が迎えに?
そんな約束していただろうか?
混乱しながら立ち上がると、まだパジャマ姿のままでいたことに気がついた。
「靖子、起きてるの?」
ノックもなくドアが開けられて、お母さんが呆れた顔をのぞかせる。
「ちょっと、まだ着替えもできてないの? 夢ちゃんと約束してたなら、早くしなさい」
「わかってる」
あたしは早口で返事をして、すぐに着替えを始めたのだった。

「ごめんね、昨日のことが気になって勝手に来ちゃったの」
外へ出ると夢が申し訳なさそうに言った。
「ううん、大丈夫」
やっぱり約束はしていなかった。
そのことに安堵しながら、2人で並んで歩く。
「昨日はちょっとひどいこと言いすぎたよね、ごめんね」
見ると、夢は本当に申し訳なさそうな表情をしている。
みんな死ねばいいと言ってしまったことを、後悔しているみたいだ。
「あたしこそごめんね。夢だってあの4人に沢山傷つけられたのに、理解してあげられなくて」
なんだかんだ言っても夢とあたしは一番の親友だ。
ちょっとしたことでこの関係が壊れることはない。
「あのさ、ちょっと気になることがあって」
学校に到着する前にあたしはスマホを取り出した。
それを見て夢が「スマホを変えたの!?」と、驚いている。
「うん。でも見てこれ」
『恐怖アプリ』のアイコンを見せると夢は安堵したように息を吐きだした。
「なんだ、ちゃんとあるじゃん……」
「でも、ダウンロードし直したわけじゃないんだよ? そもそもこのアプリはどこを探しても存在してないものなんだから」
「だからさ、靖子は選ばれたんだってば。そのアプリはどうやっても消えない。スマホを変えてもついてくる。だって、靖子と一心同体だから」
一心同体……。
そんな風に言われるとは思っていなくて、あたしは黙り込んだ。

「でも、昨日は途中でスマホを変えたせいで、止まったよね」
夢があたしをとがめるような口調になった。
顔を見ると、睨まれているのがわかった。
「と、止まったならよかったじゃん」
美紀と愛子の2人は無事でいるということだ。
「余計なことはしない方がいいと思うけど?」
「余計なこと……?」
「そうだよ。そのアプリは人を2人も殺してるんだよ? そんなアプリを無理に消そうとしたり、止めたりしたら靖子が危ないかもしれない」
「そんな! 損失は大したことないよね!?」
「損失についてはね? だけど、スマホを変えたことはまた別問題じゃない?」
夢はしれっとそんなことを言う。
あたしの中で恐怖心が急速に育っていくのを感じた。
夢の言うとおり、あたしは勝手にスマホを機種変更した。
そのせいでアプリの効果は強制的に一旦停止してしまったことになる。
それについての制裁がなにもないとは言い切れない。
「そんなに怖いなら、もう二度とバカな真似はしないことだよ?」
夢はそう言うと。またあの気味の悪い笑顔を浮かべたのだった。

☆☆☆

重たい雰囲気のままD組の教室へ入ると、美紀が大股で教室に入ってきた。
大きなマスクを付けて、手や足に包帯を巻いた状態でだ。
あまりに悲惨な有様にあたしは息を飲んだ。
夢は楽しそうに笑い声を上げている。
美紀はクラスメートたちからの注目を集めながら、真っすぐにあたしと夢の前にやってきた。
「なによ」
夢が腕組みをして美紀を睨みつける。
「あんたたちでしょ」
それは唐突な言葉だった。
あたしは一瞬、美紀から視線をそらせてしまう。
しかし夢はそさなかった。
真っすぐに美紀を睨み返している。
「なんのこと?」
「とぼけないでよ! なんであたしたち4人にばかり変なことが起こってるのか、薄情しろ!」
美紀が怪我をした両手で夢に掴みかかる。
夢は美紀の手を簡単に払いのけた。
怪我をしている分、美紀の動きは鈍いし力も弱くなっているからだ。

「何言ってるのか意味がわからないんだけど?」
「もしかして靖たちのことを言ってる? 確か靖は危ない薬をしてたんじゃなかったっけ?」
夢はそう言ってスマホで動画を流し始めた。
それは靖が教室内で踊り狂っていたときのものだった。
死んだ友人を侮辱された美紀は一気に顔が真っ赤になっていく。
その姿はまるで赤鬼だ。
「ふざけんな!」
美紀が再び夢に手を伸ばす。
夢に両手を払いのけられて美紀は膝をついた。
かなり無理をして学校へ来たようで、それだけで苦痛に顔を歪めている。
「もうやめなよ美紀」
夢は憐れむような声でそう言い、美紀の後ろを指差した。
そこには数人のクラスメートが立っていて、美紀を見下ろしているのだ。
それを見た瞬間美紀の顔は青ざめる。
また前と同じように集団で暴力を振るわれると持ったのだろう。
壁に手を付いてどうにか立ち上がると、無理やり足を動かして教室の外へと逃げ出した。
「次は美紀の番だったよね」
逃げる美紀の後ろ姿を見て、夢が言った。
「そうだね」
「ついて行ってみようか」
あたしはこくりと頷いた。
美紀は今日、死ぬのだろうか。
そんなことを考えていた。

☆☆☆

「なんでついてくんだよ!」
美紀はあたしたちへ向けて怒鳴った。
校舎から出た美紀はヨロヨロとした足取りで逃げていく。
「別に、ただ早退しただけ」
夢がそっけなく答える。
だけど美紀は信用していない。
愛子もそうだったけれど、あたしたちが関与していると気がついているのだ。
ただ、決定的な証拠がなにもないだけ。
どうやって4人を追い詰めているのかわからないだけ。
だから余計にあたしたち2人が怖いのだろう。
「美紀、どこにいくつもり?」
声をかけるたびに美紀の顔色は悪くなる。
「どこだって関係ないだろ! 来るなよ!」
「ははっ! まるであたしたちが厄病神みたいだね」
夢は楽しげにそう言った。
実際、美紀たちからすれば厄病神だし、死神でもあった。
美紀は振り返りながらも逃げていく。
やがて信号機に差し掛かった。
青信号が点滅している中、美紀は横断歩道を歩きだした。

「美紀、危ないから戻ってきなよ!」
思わず声をかけた。
普段なら走って渡り切ることができるだろうが、今の美紀は大けがをしているのだ。
歩くことで精いっぱいな状態で、ここを渡り切るのは難しい。
しかし、美紀はあたしの声を無視して歩きつづける。
そして横断歩道の真ん中あたりでついに信号は赤になってしまった。
が、幸いにも行きかう車はない。
これなら大丈夫かな。
そう思った時だった。
小石に躓いた美紀がその場で体のバランスを崩した。
怪我をしている足で体制を立て直すことは難しいらしく、そこままこけてしまう。
1度こけてしまうとなかなか立ち上がることができない。
その場でグズグズしている間に、大きなトラックが走ってくるのが見えた。
「美紀!!」
大声を上げると美紀がこちらへ振り向いた。
同時に視界にトラックが見えたのだろう、大きく口を開けて動きを止めたのだ。
「逃げて!!」

あたしが言い終わる前に、トラックは美紀の体を跳ね飛ばしていた。
座りこんでいた美紀のことが視界に入らなかったのか、トラックは少しも減速しなかった。
美紀の体はトラックの下に巻き込まれて、ビチビチと肉が引き裂かれていく不快な音が周囲に響き渡った。
トラックはしばらく美紀を引きずって走ったあと、ようやく停止したのだった。

☆☆☆

美紀が引きずられた痕はアルファルトにしっかりと残っていた。
血の筋として。
事故が起きたことで周囲は騒がしくなり、救急車とパトカーが近付いてきた。
あたしと夢の2人はそれらが到着する前にその場を後にしていた。
警察に捕まると、事情説明で時間を取られてしまうからだ。
「死んだね」
歩きながら夢が呟く。
トラックが止まったとき、美紀の首は完全に逆方向を向いていた。
あれで生きていたら奇跡だ。
そんなこと、怒るわけがない。
あたしは胸が悪くなるのをどうにか押し込めて大きく深呼吸をした。
これで3人が死んだ。
残りは愛子1人だけだ。
「愛子の病院へ行ってみよう」
あたしが言うより先に夢が言ったのだった。

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