テスター

西羽咲 花月

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あたしがテスター

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久典とあたしは付き合いが長いから大丈夫。


だって、谷津先生の事件を一緒に乗り越えたんだから。


久典は見た目であたしと付き合っていたわけじゃないから。


どれだけ自分に言い聞かせても、浮かんでくるのは転校生の飯田さんの顔ばかり。


飯田さんは今日一日久典におんぶに抱っこで、教科書を見せてもらうだけにとどまらず、校内案内までされていた。


そんなものクラス委員の仕事なのに、飯田さんが自分から久典にお願いしたらしい。


帰宅してからも胸のモヤモヤが晴れることはなく、あたしは自室の鏡の前に座って
いた。


どれだけ笑顔を作っても、どれだけメークをしてみても、前の自分の顔には戻らない。


智恵理と栞と3人で撮ったプリクラを見て、それを片手で握りつぶした。


「どうして元の顔に戻らないの。どうして?」


ぶつぶつと呟いてメークを何度もやり直す。


あたしは綺麗だったはずだ。


あたしは可愛かったはずだ。


あれだけみんなにちやほやされて、生きていくのが楽しくてしかなかったんだから。


少しまぶたが形を変えただけなのに、どうしてこうも変化してしまうんだろう。


何度もメークをやり直しているうちに、涙が滲んできた。


こんな顔じゃない。


これも違う。


あたしの顔はもっともっともっともっと、可愛かったはずなのに!


泣き顔でメークをしても、すぐにドロドロに解けて崩れてしまう。


鏡の中に写っているのはどれだけ頑張っても可愛くなれない怪物の姿だった。


☆☆☆

「久典、おはよう」


翌日、教室に入るとすでに久典が登校してきていたのであたしは声をかけた。


「あぁ。おはよう」


「今日はいつもより早いんだね。校門で会わなかったじゃん」


「ちょっと用事があってさ」


そう言って久典は視線を外した。


疑問に感じて首をかしげていると、「久典君、おまたせ!」と言う声が聞こえてきて振り向いた。


その先にいたのはこちらへ走ってくる飯田さんの姿があった。


飯田さんは胸まである髪の毛をポニーテールに束ねている。


それがまた似合っていて、とても眩しく見えた。


「いや、大丈夫だよ」


「久典、なにか予定があるの?」


「今日も学校案内を頼まれてるんだ。それで、少し早く来た」


そう言う久典はあたしと視線を合わせようとしない。


その不振な動きにあたしは久典と飯田さんを交互に見つめた。


「それなら、あたしも一緒に行くよ」


警戒心をあらわにして言うと、飯田さんが小首をかしげてあたしを見つめる。


「えっと……」


「あたし、小川千紗。久典の彼女だから」


思いっきり牽制するつもりで言うと、飯田さんは一瞬目を見開き、それから口元に笑みを浮かべた。


「小川さん。よろしくね」


そう言って手を差し出してくる。


その態度にこちらがたじろいでしまった。


あたしが牽制していることに気がついていないんだろうか。


疑問を感じながら手を握る。


その瞬間痛いくらいに強く握り返された。


驚いて飯田さんを見るが、さっきまでと変わらず笑顔を浮かべている。


この子……。


嫌な予感が胸に渦巻く。


このタイプの子は好きになった男にとことん迫っていくタイプだ。


しかも、周りの生徒たちに気がつかれないよう、最新の注意を払いつつ。


ようやく手が離されて、あたしはその手をさすった。


少し赤くなってしまった。


「小川さんってその……特徴的な顔をしてるね」


飯田さんが笑いをかみ殺すように言った。


え……?


あたしは唖然として飯田さんを見つめる。


「ほら、その目とか」


指差して笑われて、頭の中が真っ白になってしまう。


飯田さんは事情を知らないにしても、それはあまりにも失礼な言葉だった。


「あ、ごめんなさい。あたしの周りって結構可愛い子が多かったんだよね。この学校はそでもなさそうだけど」


それはあたしにだけ聞こえるように言われた言葉だった。


ぞわりの体の毛が逆立つのを感じ、不安になって久典へ視線を向けた。


久典は飯田さんのほうを見ていてあたしの変化に気がつかない。


そしてその視線は、普段はあたしに向けられているものと同じであることに気がついてしまった。




瞬間胸がざわついた。


どうして?


なんでそんな目を飯田さんに向けているの?


質問したいのに、喉に言葉がひっかかってしまったように出てこない。


そうこうしている間に2人はあたしを残して教室から出て行ってしまったのだった。


2人がいなくなった後も、あたしはその場から動くことができなかった。


飯田さんは危険だ。


だけど今まであれほどの敵意を向けられた経験がないから、どう対応していいかわからない。


なにより……。


あたしは自分の足元に視線を落とした。


あたしは今自分に自信がないのだ。


谷津先生が言っていた通り、あたしは自分の魅力の上に胡坐をかいていきてきた。


その魅力が失われた今、堂々とした態度をとることができなくなってしまった。


「千紗、ぼーっとしてどうしたの?」


そう声をかけられてようやく我に返った。


「郁乃……」


「さっき廊下で久典君と飯田さんを見かけたけど、大丈夫なの? あの2人、腕を組んで歩いてたよ?」


そう聞かされて胸の置くがズキリと音を立てる。


自信だ。


飯田さんにある大きな自信がそういう行動に繋がっているんだと思う。


「千紗、しっかりしなよ! 久典君の彼女は千紗なんだから」


「そ、そうだね」


あたしは大きくうなづいて、慌てて廊下へ飛び出したのだった。


☆☆☆

2人の姿を見つけるのは安易だった。


飯田さんと久典が2人で歩いていると目立つから、すぐにわかる。


郁乃が言っていた通り、飯田さんは久典にべったりとくっついて歩いている。


そして久典もそれを拒絶していない。


2人の姿にはらわたが煮えくりかえりそうになりながらも近づいた。


「ねぇ、さっき言ったと思うけど久典はあたしの彼氏なの」


目の前で立ち止まり、飯田さんを睨みつける。


すると飯田さんは戸惑ったように視線を泳がせ、そして久典へ助けを求めるように視線を向けたのだ。


「違うんだよ千紗。さっき飯田さんは足をひねったんだ。だから支えて歩いてるんだよ」


久典は頬を赤く染めて言う。


足をひねった?


こんな短時間で、都合よく?


絶対に嘘に決まっている。


あたしは飯田さんをにらみつけ「それならあたしが保健室に送って言ってあげる」と、提案した。


途端に飯田さんは久典から身を離し「少し痛いだけだから大丈夫だよ」と、言い出したのだ。


明らかに嘘だ。


しかし、久典はまだ心配そうな表情を浮かべている。


「大丈夫? 千紗のせいで無理してるんじゃない? 気にしなくていいよ?」


矢継ぎ早にそう言い、あたしは愕然として久典を見つめた。


今『千紗のせい』って言った……?


それじゃまるであたしが2人の邪魔をしているみたいだ。


あたしと久典の邪魔をしているのは飯田さんなのに!


「ちょっと久典、飯田さんは大丈夫だって言ってるんだから、もういいでしょ!?」


「どうしたんだよ千紗。なんで怒ってるんだ?」


久典は困ったように眉を下げる。


本当になにもわかっていないんだろうか。


その瞬間、飯田さんが勝ち誇った表情をあたしへ向けた。


あたしはそれを見逃さない。


「わざとそういうことするのやめてよ!」


つい、カッとなってしまった。


人前でばかり言い顔をして、久典を自分のものにしようとしているのがバレバレだったから。


あたしは両手で飯田さんの体を押していたのだ。


「キャア!」


飯田さんの悲鳴が廊下に響き渡り、みんなの注目が集まる。


次の瞬間飯田さんは廊下に倒れこんでいた。


「飯田さん!」


久典がすぐにしゃがみこみ、飯田さんに声をかけた。


「今の見た?」


「千紗が飯田さんのことこかしたんだ」


「もしかして、久典君を取られると思って?」


「でも飯田さんは足をひねったから支えてもらってただけだよね?」


「え? じゃあ……千紗って最低じゃん」


『千紗って最低じゃん』


その言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。


違う。


そんなことない。


だって、この子が……!


「おい千紗、謝れよ!」


久典に怒鳴られて、ビクリと体を震わせる。


そして強く左右に首を振った。


こんなのおかしい。


絶対におかしいよ!


「あ、あたしはなにも悪くない!」


あたしはそう叫び、その場から逃げ出したのだった。


☆☆☆

1時間目の授業が始まる前にB組の教室へ戻ると、途端に教室内が静まり返った。


退院して登校してきた日とは違う、敵意を感じる視線にあたしの体が硬直してしまった。


「千紗って飯田さんのこと突き飛ばしたんでしょう?」


「そのまま逃げたんだって」


「飯田さん、なにもしてないんでしょう?」


「最低じゃん」


こそこそと聞こえてくる声に背中に汗が流れていく。


みんなの視線から逃れるように久典へ顔を向けると、久典は飯田さんと楽しげに会話をしていた。


途端に胸に痛みが走り、すぐに視線をそらした。


見るんじゃなかった……。


うなだれて自分の席に座ると、すぐに先生が入ってきてホッと胸をなでおろした。


授業が始まれば無駄な会話を聞かなくてすむ。


そう思っていたけれど……。


コツンッ。


授業が始まって10分ほど経過したとき、背中にかすかな衝撃を感じて振り向いた。


しかし、特に何もない。


気のせいだったのかな?


そう思って黒板へ視線を向ける。


するとまたコツンッと衝撃があり、今度はクスクスと笑い声が聞こえてきた。


振り向くと、笑い声は止まる。


椅子の下を確認してみると消しゴムのカスが落ちているのがわかった。


まさか……。


嫌な予感が胸をよぎる。


まさか、そんなことあるはずない。


あたしはクラスで人気もあったし、ちょっとしたことなら許されてきた。


そんなあたしがイジリのターゲットになるなんてこと……。


「小川。前を向きなさい」


先生に注意されて体の向きを直す。


その途端に聞こえてくる笑い声に体の奥がカッと熱くなるのを感じた。


心臓は早鐘を打ち始めて、真っ直ぐに前をみることもできなくて教科書に視線を落とした。


それからも授業が終わるまでずっと、背中にかすかな衝撃を感じ続けていたのだった。


☆☆☆

「許さない」


落下した消しゴムのカスを捨てていると、郁乃がそう言った。


見ると郁乃は本気で怒っているようだ。


最初に久典に相談しようと思ったのだけれど、休憩時間に入ると同時に飯田さんと一緒にまた教室を出て行ってしまった。


声をかける暇もなかった。


「あたしは久典君の彼女が千紗だったから、嫉妬してたの」


「郁乃……」


「だけど今回は違う。飯田さんは千紗から久典君を奪い取ったんだ」


郁乃に言われてあたしは拳を握り締めた。


今はまだ、あたしと久典の関係は大丈夫かもしれない。


だけど飯田さんがいれば必ず悪化していくであろうと言うことは、安易に想像がついた。


「久典君も久典君だよ。千紗があんな目に遭ったのに、飯田さんなんかになびくなんて許せない」


「でも、あたしにはもうどうしようもないよ」


あたしは小さな声でそう言ってかすかに笑った。


見た目を失ってしまったあたしに取りえなんてなにもない。


郁乃みたいに勉強だってできないし、友達も失ってしまった。


「そんなことない。あたしたち、この目で見てきたじゃん」


「え?」


「美しい者がいるせいで、人生を狂わされた人を」


谷津先生のことだ。


「郁乃、何を考えてるの?」


聞くと、郁乃はニヤリと口角をあげて笑った。


「千紗。まだ終わってないよ。まだ、テスターの都市伝説は続いていくんだよ」


郁乃の言葉に背筋がゾクリと、寒くなった……。
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☆☆☆

あたしは美しくなりたい。


そのために他人の顔をいただくなんてこと、しない。


そんなことをしても、美しくならないことはすでに谷津先生が証明してくれたから。


谷津先生のつぎはぎだらけの顔は本当に醜かった。


だけど、全部が全部失敗だったとは思わない。


「いけない。教室に忘れ物しちゃった」


放課後の校舎、1人で教室へ戻る飯田さんの姿があった。


あたしと郁乃は顔に包帯を巻いて、その後ろを追いかける。


動きやすいようにジャージに着替えて、そのポケットの中には黒く光るスタンガンが入っている。


一ヶ月前、あたしたちはテスターを退治した。


そして一ヵ月後の今日、テスターはまたよみがえる。


「あった」


机からスマホを取り出す飯田さん。


音もなく近づくあたしたち。


そして飯田さんが顔を上げたその瞬間、あたしはスタンガンを押し当てた。

バチバチバチッ! と激しい音が教室内に響き渡り、飯田さんは悲鳴も上げずに倒れこむ。


廊下を見張っていた郁乃がうなづき、ロッカーに隠しておいた麻袋に飯田さんの体を詰め込んだ。


そして2人で階段を上がっていく。


谷津先生が使っていた倉庫はあのあとすぐに取り壊された。


だけどこの学校にはまだまだ生徒たちが足を踏み入れない場所があった。


3階の空き教室までやってきたあたしたちは、ドアに鍵をかけて麻袋から飯田さんを引きずりだした。


その口にガムテープを張り、椅子に座らせてロープで体を固定した。


大声を出されたらすぐにバレてしまうから、谷津先生のときのように口を自由にすることはない。


それからあたしはバケツに水を汲んできて、気絶している飯田さんに頭からかぶせた。


冷たい水に驚いて目を開く飯田さん。


自分の状況を把握して一瞬で青ざめた。


必死で手足を動かそうとしているけれど、びくともしない。


あたしと郁乃はそれそれにナイフを取り出した。


最大級の恐怖を味わわせるために、少しずつ、少しずつ飯田さんの綺麗な顔を切り取っていくのだ。


切り取ったパーツはそのまま捨てる。


とても使い物にはならないからだ。


「長い睫毛ね」


あたしはそう呟いて、飯田さんのまぶたを指先で引っ張りナイフで切り裂いたのだ
った……。

☆☆☆

「またテスターが出たって本当?」


それは飯田さんが行方不明になって3日後のことだった。


妙な噂が教室で流れ始めていた。


「テスターって谷津先生だったんだよね? 捕まったじゃん」


「第2のテスターってことじゃない?」


そんな噂が流れ始めた原因は、綺麗で可愛い顔を失った飯田さんが、街をふらふらとさまよっているという目撃証言があったかららしい。


どうしてそれが飯田さんだとわかったかと言うと、制服につけられているネームを見たからだと言う。


そうじゃなければ、誰もあれが飯田さんだとは気がつかないくらい、変な顔になっていたと言う。


案外、本当に目撃したのかもしれない。


あたしと郁乃がテスターになったあの日、飯田さんの拘束を解いても逃げ出そうと
しなかった。


ただ狂ったように笑い声を上げ、痛みにのたうちまわるばかり。


とにかくあたしたちの目的は達成したし、それ以上に興味はなかったから、飯田さんのことは放置して帰宅した。


その後、学校にも家にも飯田さんの姿はなくなってしまったのだ。


「おはよう千紗」


少し気まずそうに声をかけてきたのは久典だった。


「おはよう」


あたしはいつもどおり挨拶を交わす。


「あの……ごめんな。俺、なんかちょっと変だったみたいだ」


頭をかいてそう言う久典にあたしは優しい気持ちになれた。


今でも飯田さんが学校に来ていれば、きっとこんなことは言わなかっただろう。


命がけであたしを守ってくれた久典だけど、女に関しては優柔不断で不真面目だと気がつくことができた。


「ううん。大丈夫だよ」


あたしは包み込むような笑顔で返事をする。


久典はホッとしたように笑顔を見せる。


今はまだこれでいい。


これから先もずっと久典と付き合っていくかどうかはわからないけれど、命の恩人であることは間違いないのだから。


だからこそ、久典に近づく悪いムシはあたしがとことん退治するつもりだった。


第2のテスターとして。


☆☆☆

「A組のあの子、最近可愛くなったよね」


「昨日も男子に告白されてたよ」


そんな噂が聞こえてきて、あたしと郁乃は視線を絡ませた。


可愛い子は楽に生きている。


それは間違いだ。


あたしたちが正してあげないといけない。


放課後になるのを待って、あたしと郁乃は誰もいないトイレに向かった。


今日は噂のA組の子が一人で部室に残っていることが、もうわかっていた。


スマホで。学校中に取り付けた監視カメラ映像を確認しながら、顔に包帯を巻いていく。


ジャージに着替えて、袋につめた道具を持てば準備は完璧だ。


鏡の映っているのは2人のテスター。


美しい者を成敗する、正義のヒーローだ。


「さぁ、テスターの時間だよ」


あたしはそう言い、トイレから出たのだった。




END
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