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幽霊鬼ごっこ Day3
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中庭から廊下へ戻ったとき、不意に世界が変化して私と信一は体育館の中にいた。
普段部活動をしているはずの生徒たちの姿は1人もいない。
代わりに学校を休んでいた由紀の姿があった。
「由紀、大丈夫?」
駆け寄ると由紀が怯えた表情を浮かべた。
「私、家にいたのになんで……」
「今日学校に来たら説明しようと思ってたんだけど、来なかったから説明できなかったの」
そう前置きをして、放課後の幽霊鬼ごっこ時間になれば強制的に参加させられることを説明した。
由紀は見る間に青ざめて行く。
そして信一に視線を向ける「怪我は?」と、質問した。
信一は由紀を安心させるように微笑んで「大丈夫。今日になったらもうすっかり消えてたんだ」と、答える。
それで由紀もようやく安心したみたいだ。
だけど今日の幽霊鬼ごっこが始まるのは今からだ。
油断していてはいけない。
体育館内に冷気が漂いはじめたとき、中央に幽霊が出現したのだ。
由紀が小さな悲鳴を上げて私の後に身を隠す。
「今日もみんなで鬼ごっこしようよ」
男の子が笑いながら言う。
その声は体育館内にも脳内にも反響して聞こえてきた。
思わず両耳を塞ぐけれど、声は聞こえ続けていた。
「青鬼さん出ておいで」
男の子が合図すると同時に二本の角が生えた青鬼が姿を表す。
それは直人のはずなのに、直人としての面影は残っていなかった。
「昨日の鬼が……!」
由紀が私の二の腕を強く掴む。
「大丈夫だよ由紀。絶対に逃げ切ろうね」
そう約束をして、そっと由紀の手を離した。
ふたりくっついたままじゃ逃げることは難しい。
由紀には自分で勇気を出してもらうしかなかった。
「うん……」
由紀はゆっくりと私から距離を開ける。
私は由紀を安心させるように微笑んで頷いた。
だけど内心は心臓が飛び出してしまいそうなくらい緊張していた。
今度こそ、自分が食べられる番かもしれない。
鬼になって、仲間を攻撃してしまうかもしれない。
不安は胸の中にグルグルと渦巻いて、体がずっしりと重たくなる。
「無駄なことは考えちゃダメ。今は逃げることだけ考えなきゃ」
自分自身にそう言い聞かす。
怖いけど、逃げたいけど、今は立ち向かう時間だ。
その時だった。
ガガガッと音が響いて誰もいないはずの体育館倉庫の扉が左右に開いた。
そして中から4つのバスケットボールが転がり出てきて、幽霊の前で停まったのだ。
体育館倉庫の扉はいつの間にか閉まっている。
「今日はこれを使いながら鬼ごっこをしようよ」
幽霊がボールをひとつ手に取って言った。
「どういう意味だ?」
信一が聞き返す。
「ドリブルをしながら追いかけて、ドリブルをしながら逃げるんだ。ボールが手から離れたら、失格」
「そんな! 逃げながらドリブルするなんて無理だろ!」
「鬼だってドリブルしながら追いかけるんだから、平等だよ」
薄ら笑いを浮かべた男の子に寒気が走った。
幽霊鬼ごっこの難易度がグングン上がってきている。
ドリブルすることに夢中になれば逃げ切ることは難しくなる。
かと言って逃げることばかり考えていたら、今度はボールが手から離れてしまうかもしれない。
ボールが手から離れたら失格。
つまり、地獄行き。
男の子はそれを心から楽しんでいるみたいだ。
「ほら」
男の子が鬼にボールを手渡す。
青鬼はそれを手のひらの中で転がして、珍しそうに眺めている。
「じゃあ、鬼ごっこスタート!」
男の子の掛け声と同時に青鬼がドリブルを開始した。
大きな手ではドリブルできないだろうと思っていたけれど、その動きは俊敏だった。
軽快にドリブルをしながらもこちらの様子を伺っている。
右手でドリブルをしながらこちらも鬼の動向を伺う。
どっちへ向けて逃げるかで運命が決まる。
「あっ、わっ」
ドリブルを開始した由紀だけどボールが安定しなくてあっちに行ったりこっちに行ったりしている。
このままじゃ鬼に捕まる前にボールが手から離れて失格になってしまいそうだ。
「落ち着いて由紀! 腰を落として重心を低くして! それからできるだけ顔を上げてドリブルして!」
私の助言に反応して由紀が体制を立て直す。
視線は鬼へと向いている。
うん。
大丈夫そうだ。
「止まってる間は両手を使って交互にドリブルすれば安定するから」
「わかった。ありがとう」
落ち着いてきたのか、さっきまでの焦りは消えている。
その時青鬼が一歩前に踏み出した。
ドスンッと大きな音がして地面が揺れる。
揺れに耐えながらドリブルを続けるのはなかなか難しい。
鬼が止まっている間に一気に横をすり抜けて逃げるしかない。
「おい鬼! こっちに来てみろよ!」
信一の挑発するような声に視線を向けると、ドリブルを繰り返しながら走っている。
鬼がちょこまかと動く信一に目を奪われた。
「由紀、行くよ!」
信一を捉えるために体の向きを変え始めた鬼の後を走り抜ける。
ダンダンとボールが床を打つ音があちこちで聞こえてきて、鬼が混乱した様子で立ち止まる。
由紀のときもそうだったけれど、鬼の姿になったときは混乱しやすくなるみたいだ。
「こっちだ! こっち!」
ドリブルが得意な信一が鬼の足元で左右に走り回り、挑発する。
「ウガアアア!」
鬼は自分がからかわれていると理解したのか、天井を向いて1度大きく咆哮を上げた。
そして開いている左手で信一を捕まえようと、ブンブン振り回し始めたのだ。
「闇雲に捕まえようったってそうはいかないよ」
信一は鬼の大きな体のスキをついて後方へと回り込む。
鬼はターゲットを見失ってキョロキョロと当たりを見回している。
「これなら時間一杯逃げ切れるかもね」
ステージの下まで移動してきた私はホッと息を吐き出した。
信一と鬼との攻防戦は続いているけれど、信一に危なっかしい場面は見られない。
由紀もドリブルに慣れてきたみたいで、両手でボールを操っている。
だけど安心したのもつかの間のことだった。
信一をターゲットにしていた青鬼が突如こちらへ視線を向けたのだ。
信一は安易に捕まえることができないと判断したのかもしれない。
大きな一歩を踏み出して来た。
「キャア!」
地面が揺れて由紀のボールがあらぬ方向へ飛ぶ。
「由紀!?」
由紀が慌ててボールを追いかけて、ギリギリの所で再び自分の元へと戻すことができた。
その感にも鬼はもう一歩踏み出してもうすぐ目の前まで迫ってきている。
迷っている暇はなかった。
「こっちだよ!」
私はさっきまで信一がしていたように声をかけて鬼を引き寄せた。
そしてドリブルしながら全力で走る。
ダンダンダンッ!
と、ボールが力強く床に打ち付けられる音を聞きながら、鬼の横をすり抜けた。
その瞬間背中にブンッと風を切る音が聞こえてきてゾクリとした。
鬼が私を捕まえようと手を振り回したのだ。
だけど振り返らなかった。
走って走って、体育館の後方へと向かう。
体育館倉庫があるそこには数個のバスケットボールが転がっていた。
さっき、謝って一緒に出てきてしまったんだろう。
「ウガガガァ!」
鬼が再び咆哮を上げる。
振り向くともう手が届きそうなところまで来ていた。
私はとっさに右手でドリブルを繰り返しながら身を屈め、左手で転がっていたボールを掴むと、鬼めがけて投げつけていた。
ドンッと硬い音がして鬼が目を見開く。
本当は鬼が持っているボールに当てたかったのだけれど、そうすればきっと直人が失格になってしまう。
だからできなかった。
鬼が怯んだスキに逃げ出すと、その先に信一が待ってくれていた。
「裕美、大丈夫か?」
「私は大丈夫。今ボールをぶつけたら怯んだから、使えるかもしれない!」
私が投げたボールはコロコロと床を転がっている。
「それはいいんだけど……」
信一の視線が上を向く。
振り向くと青鬼が顔を真っ赤にそめてこちらを睨みつけている。
「わ、私怒らせちゃったみたい?」
「だな」
信一が頷いたと同時に長い爪の手が伸びてくる。
ふたり同時に駆け出してステージ方面へと逃げる。
そこには由紀がいて、恐怖で固まってしまっている。
鬼は大きな一歩であっという間に距離を詰めてくる。
このままじゃ誰かが掴まっちゃう!
そのときだった。
「森!」
信一が叫んでいた。
「森慎吾だろ!! お前の名前!」
今までステージ上で笑いながら鬼ごっこを見ていた男の子が目を見開いた。
「どうしてそれを……」
戸惑い、後退りをしている。
振り向くと男の子の動揺と連動するように鬼の動きが止まっていた。
ドリブルは続けているけれど、私達を捉えるために伸ばして手は空中にある。
「信一、鬼の動きが止まってる!」
「思った通りだ。鬼はあいつに操られてるんだ!」
つまり、本当の敵は鬼じゃなくて男の子だ。
男の子を説得することができれば、この鬼ごっこをやめることができるかもしれない。
「どうしてこんなことをするんだ! 僕たちがなにをしたって言うんだ!」
信一の言葉に男の子は表情を変えない。
名前を呼ばれたことに驚いただけで、他のことに関心はなさそうだ。
「お願いだからもうやめて! 私達を元の世界にかえして!」
由紀も必死で声をかける。
けれど男の子は数回まばたきをすると、また笑顔になった。
「びっくりした。だけどもう大丈夫。これくらいのことどうってことない」
まるで自分に言い聞かせるように言った次の瞬間、再び鬼が動き始めたのだ。
大きく振りかざされた手がこちらへ伸びてくる。
真っ直ぐに、私の方へと。
「イァァァ!」
逃げ道もなくその場に座り込んでしまいそうになったときだった。
突然信一が私の前に立ちはだかった。
鬼の大きな手が信一の体を掴み上げる。
「信一!!」
「大丈夫……だ」
信一がこちらへ笑顔を見せる。
「やめて! やめてよ!!」
鬼の体にすがりついて叫ぶが聞いてくれる間じゃない。
鬼は口を開けると、信一の体を人飲みしてしまったのだった。
☆☆☆
「鬼交代だね。今の間はドリブルやめていいよ」
男の子の声が遠くに聞こえてくるようだった。
私の足元に信一がドリブルしていたボールがころころと転がってきて止まった。
私は呆然としてそれを見つめていた。
「た……食べた。信一を、食べた!」
後で由紀が甲高い悲鳴を上げているけれど、気にすることもできなかった。
青鬼は足先から徐々に緑色へと変化していく。
そして最後に口から直人を吐き出した。
直人はなにが起きたのかわからない様子で床に座り込んで周囲を見回している。
「俺、なんで体育館に?」
「直人……」
すぐに駆け寄りたかったけれど、動けなかった。
緑色になった鬼を見上げると、鬼はおとなしくそこに立っているだけだった。
まだ司令が出ていないんだろう。
「お、俺が鬼になってたんだよな? 今度は……信一か?」
残っている私と由紀を見てから、直人が緑鬼へ視線を向けた。
「私のせいなの」
気がつくとボロボロと涙がこぼれていた。
視界がグニャリと歪んでその場にうずくまってしまう。
「私が鬼に捕まりそうになって、そしたら信一が……!」
両手で顔を覆って声を上げて泣く。
本当は私が鬼になるはずだった。
それを信一が助けてくれたんだ。
「わかった。それなら最後まで逃げ切らないとな」
直人が私にボールを手渡してくる。
今日の鬼ごっこはまだ続くんだろうか。
男の子を見ると「残り10分だよ」と、言った。
「誰かが鬼になってから残り10分。前のときもそうだった」
私は両手で涙を拭ってどうにか立ち上がった。
まだ幽霊鬼ごっこは終わっていない。
泣いている暇はない。
緑鬼を見上げると鬼は穏やかな表情でこちらを見ていた。
「今回のルールはボールをドリブルしながら逃げるんだ」
男の子が直人に説明する。
直人もボールを持って、準備はできた。
「じゃあ、鬼ごっこ再開!」
普段部活動をしているはずの生徒たちの姿は1人もいない。
代わりに学校を休んでいた由紀の姿があった。
「由紀、大丈夫?」
駆け寄ると由紀が怯えた表情を浮かべた。
「私、家にいたのになんで……」
「今日学校に来たら説明しようと思ってたんだけど、来なかったから説明できなかったの」
そう前置きをして、放課後の幽霊鬼ごっこ時間になれば強制的に参加させられることを説明した。
由紀は見る間に青ざめて行く。
そして信一に視線を向ける「怪我は?」と、質問した。
信一は由紀を安心させるように微笑んで「大丈夫。今日になったらもうすっかり消えてたんだ」と、答える。
それで由紀もようやく安心したみたいだ。
だけど今日の幽霊鬼ごっこが始まるのは今からだ。
油断していてはいけない。
体育館内に冷気が漂いはじめたとき、中央に幽霊が出現したのだ。
由紀が小さな悲鳴を上げて私の後に身を隠す。
「今日もみんなで鬼ごっこしようよ」
男の子が笑いながら言う。
その声は体育館内にも脳内にも反響して聞こえてきた。
思わず両耳を塞ぐけれど、声は聞こえ続けていた。
「青鬼さん出ておいで」
男の子が合図すると同時に二本の角が生えた青鬼が姿を表す。
それは直人のはずなのに、直人としての面影は残っていなかった。
「昨日の鬼が……!」
由紀が私の二の腕を強く掴む。
「大丈夫だよ由紀。絶対に逃げ切ろうね」
そう約束をして、そっと由紀の手を離した。
ふたりくっついたままじゃ逃げることは難しい。
由紀には自分で勇気を出してもらうしかなかった。
「うん……」
由紀はゆっくりと私から距離を開ける。
私は由紀を安心させるように微笑んで頷いた。
だけど内心は心臓が飛び出してしまいそうなくらい緊張していた。
今度こそ、自分が食べられる番かもしれない。
鬼になって、仲間を攻撃してしまうかもしれない。
不安は胸の中にグルグルと渦巻いて、体がずっしりと重たくなる。
「無駄なことは考えちゃダメ。今は逃げることだけ考えなきゃ」
自分自身にそう言い聞かす。
怖いけど、逃げたいけど、今は立ち向かう時間だ。
その時だった。
ガガガッと音が響いて誰もいないはずの体育館倉庫の扉が左右に開いた。
そして中から4つのバスケットボールが転がり出てきて、幽霊の前で停まったのだ。
体育館倉庫の扉はいつの間にか閉まっている。
「今日はこれを使いながら鬼ごっこをしようよ」
幽霊がボールをひとつ手に取って言った。
「どういう意味だ?」
信一が聞き返す。
「ドリブルをしながら追いかけて、ドリブルをしながら逃げるんだ。ボールが手から離れたら、失格」
「そんな! 逃げながらドリブルするなんて無理だろ!」
「鬼だってドリブルしながら追いかけるんだから、平等だよ」
薄ら笑いを浮かべた男の子に寒気が走った。
幽霊鬼ごっこの難易度がグングン上がってきている。
ドリブルすることに夢中になれば逃げ切ることは難しくなる。
かと言って逃げることばかり考えていたら、今度はボールが手から離れてしまうかもしれない。
ボールが手から離れたら失格。
つまり、地獄行き。
男の子はそれを心から楽しんでいるみたいだ。
「ほら」
男の子が鬼にボールを手渡す。
青鬼はそれを手のひらの中で転がして、珍しそうに眺めている。
「じゃあ、鬼ごっこスタート!」
男の子の掛け声と同時に青鬼がドリブルを開始した。
大きな手ではドリブルできないだろうと思っていたけれど、その動きは俊敏だった。
軽快にドリブルをしながらもこちらの様子を伺っている。
右手でドリブルをしながらこちらも鬼の動向を伺う。
どっちへ向けて逃げるかで運命が決まる。
「あっ、わっ」
ドリブルを開始した由紀だけどボールが安定しなくてあっちに行ったりこっちに行ったりしている。
このままじゃ鬼に捕まる前にボールが手から離れて失格になってしまいそうだ。
「落ち着いて由紀! 腰を落として重心を低くして! それからできるだけ顔を上げてドリブルして!」
私の助言に反応して由紀が体制を立て直す。
視線は鬼へと向いている。
うん。
大丈夫そうだ。
「止まってる間は両手を使って交互にドリブルすれば安定するから」
「わかった。ありがとう」
落ち着いてきたのか、さっきまでの焦りは消えている。
その時青鬼が一歩前に踏み出した。
ドスンッと大きな音がして地面が揺れる。
揺れに耐えながらドリブルを続けるのはなかなか難しい。
鬼が止まっている間に一気に横をすり抜けて逃げるしかない。
「おい鬼! こっちに来てみろよ!」
信一の挑発するような声に視線を向けると、ドリブルを繰り返しながら走っている。
鬼がちょこまかと動く信一に目を奪われた。
「由紀、行くよ!」
信一を捉えるために体の向きを変え始めた鬼の後を走り抜ける。
ダンダンとボールが床を打つ音があちこちで聞こえてきて、鬼が混乱した様子で立ち止まる。
由紀のときもそうだったけれど、鬼の姿になったときは混乱しやすくなるみたいだ。
「こっちだ! こっち!」
ドリブルが得意な信一が鬼の足元で左右に走り回り、挑発する。
「ウガアアア!」
鬼は自分がからかわれていると理解したのか、天井を向いて1度大きく咆哮を上げた。
そして開いている左手で信一を捕まえようと、ブンブン振り回し始めたのだ。
「闇雲に捕まえようったってそうはいかないよ」
信一は鬼の大きな体のスキをついて後方へと回り込む。
鬼はターゲットを見失ってキョロキョロと当たりを見回している。
「これなら時間一杯逃げ切れるかもね」
ステージの下まで移動してきた私はホッと息を吐き出した。
信一と鬼との攻防戦は続いているけれど、信一に危なっかしい場面は見られない。
由紀もドリブルに慣れてきたみたいで、両手でボールを操っている。
だけど安心したのもつかの間のことだった。
信一をターゲットにしていた青鬼が突如こちらへ視線を向けたのだ。
信一は安易に捕まえることができないと判断したのかもしれない。
大きな一歩を踏み出して来た。
「キャア!」
地面が揺れて由紀のボールがあらぬ方向へ飛ぶ。
「由紀!?」
由紀が慌ててボールを追いかけて、ギリギリの所で再び自分の元へと戻すことができた。
その感にも鬼はもう一歩踏み出してもうすぐ目の前まで迫ってきている。
迷っている暇はなかった。
「こっちだよ!」
私はさっきまで信一がしていたように声をかけて鬼を引き寄せた。
そしてドリブルしながら全力で走る。
ダンダンダンッ!
と、ボールが力強く床に打ち付けられる音を聞きながら、鬼の横をすり抜けた。
その瞬間背中にブンッと風を切る音が聞こえてきてゾクリとした。
鬼が私を捕まえようと手を振り回したのだ。
だけど振り返らなかった。
走って走って、体育館の後方へと向かう。
体育館倉庫があるそこには数個のバスケットボールが転がっていた。
さっき、謝って一緒に出てきてしまったんだろう。
「ウガガガァ!」
鬼が再び咆哮を上げる。
振り向くともう手が届きそうなところまで来ていた。
私はとっさに右手でドリブルを繰り返しながら身を屈め、左手で転がっていたボールを掴むと、鬼めがけて投げつけていた。
ドンッと硬い音がして鬼が目を見開く。
本当は鬼が持っているボールに当てたかったのだけれど、そうすればきっと直人が失格になってしまう。
だからできなかった。
鬼が怯んだスキに逃げ出すと、その先に信一が待ってくれていた。
「裕美、大丈夫か?」
「私は大丈夫。今ボールをぶつけたら怯んだから、使えるかもしれない!」
私が投げたボールはコロコロと床を転がっている。
「それはいいんだけど……」
信一の視線が上を向く。
振り向くと青鬼が顔を真っ赤にそめてこちらを睨みつけている。
「わ、私怒らせちゃったみたい?」
「だな」
信一が頷いたと同時に長い爪の手が伸びてくる。
ふたり同時に駆け出してステージ方面へと逃げる。
そこには由紀がいて、恐怖で固まってしまっている。
鬼は大きな一歩であっという間に距離を詰めてくる。
このままじゃ誰かが掴まっちゃう!
そのときだった。
「森!」
信一が叫んでいた。
「森慎吾だろ!! お前の名前!」
今までステージ上で笑いながら鬼ごっこを見ていた男の子が目を見開いた。
「どうしてそれを……」
戸惑い、後退りをしている。
振り向くと男の子の動揺と連動するように鬼の動きが止まっていた。
ドリブルは続けているけれど、私達を捉えるために伸ばして手は空中にある。
「信一、鬼の動きが止まってる!」
「思った通りだ。鬼はあいつに操られてるんだ!」
つまり、本当の敵は鬼じゃなくて男の子だ。
男の子を説得することができれば、この鬼ごっこをやめることができるかもしれない。
「どうしてこんなことをするんだ! 僕たちがなにをしたって言うんだ!」
信一の言葉に男の子は表情を変えない。
名前を呼ばれたことに驚いただけで、他のことに関心はなさそうだ。
「お願いだからもうやめて! 私達を元の世界にかえして!」
由紀も必死で声をかける。
けれど男の子は数回まばたきをすると、また笑顔になった。
「びっくりした。だけどもう大丈夫。これくらいのことどうってことない」
まるで自分に言い聞かせるように言った次の瞬間、再び鬼が動き始めたのだ。
大きく振りかざされた手がこちらへ伸びてくる。
真っ直ぐに、私の方へと。
「イァァァ!」
逃げ道もなくその場に座り込んでしまいそうになったときだった。
突然信一が私の前に立ちはだかった。
鬼の大きな手が信一の体を掴み上げる。
「信一!!」
「大丈夫……だ」
信一がこちらへ笑顔を見せる。
「やめて! やめてよ!!」
鬼の体にすがりついて叫ぶが聞いてくれる間じゃない。
鬼は口を開けると、信一の体を人飲みしてしまったのだった。
☆☆☆
「鬼交代だね。今の間はドリブルやめていいよ」
男の子の声が遠くに聞こえてくるようだった。
私の足元に信一がドリブルしていたボールがころころと転がってきて止まった。
私は呆然としてそれを見つめていた。
「た……食べた。信一を、食べた!」
後で由紀が甲高い悲鳴を上げているけれど、気にすることもできなかった。
青鬼は足先から徐々に緑色へと変化していく。
そして最後に口から直人を吐き出した。
直人はなにが起きたのかわからない様子で床に座り込んで周囲を見回している。
「俺、なんで体育館に?」
「直人……」
すぐに駆け寄りたかったけれど、動けなかった。
緑色になった鬼を見上げると、鬼はおとなしくそこに立っているだけだった。
まだ司令が出ていないんだろう。
「お、俺が鬼になってたんだよな? 今度は……信一か?」
残っている私と由紀を見てから、直人が緑鬼へ視線を向けた。
「私のせいなの」
気がつくとボロボロと涙がこぼれていた。
視界がグニャリと歪んでその場にうずくまってしまう。
「私が鬼に捕まりそうになって、そしたら信一が……!」
両手で顔を覆って声を上げて泣く。
本当は私が鬼になるはずだった。
それを信一が助けてくれたんだ。
「わかった。それなら最後まで逃げ切らないとな」
直人が私にボールを手渡してくる。
今日の鬼ごっこはまだ続くんだろうか。
男の子を見ると「残り10分だよ」と、言った。
「誰かが鬼になってから残り10分。前のときもそうだった」
私は両手で涙を拭ってどうにか立ち上がった。
まだ幽霊鬼ごっこは終わっていない。
泣いている暇はない。
緑鬼を見上げると鬼は穏やかな表情でこちらを見ていた。
「今回のルールはボールをドリブルしながら逃げるんだ」
男の子が直人に説明する。
直人もボールを持って、準備はできた。
「じゃあ、鬼ごっこ再開!」
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