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幽霊鬼ごっこ Day5
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図書館を出た私達は榎本さんと別れてふたりで自転車をこいでいた。
榎本さんのおかげで森慎吾が死んだ原因はわかった。
そしてその根底にはイジメがあっただろうということも、信憑性が強くなってきた。
「今日は鬼ごっこもしなくていいよね?」
不安そうな由紀の声が聞こえてきて私は自転車をこぐスピードを緩めた。
「今日は学校が休みの日だから、きっと大丈夫だよ」
学校がない日に学校に集められることはない。
そう思っていたのだけれど、不意に目の前の光景が変化して、私と由紀はその場に立っていた。
今まで乗っていた自転車もどこかへ消えている。
「ここ……グラウンド?」
広い砂浜かと思ったけれど、奥に見える遊具や灰色の校舎には見覚えが会って、キズナ小学校の校舎だということがわかった。
瞬きしている間に直人も姿を見せた。
「はぁ!? 今日は学校休みだろ!?」
突然グラウンドへ集められた事で眉間にシワを寄せ、砂を蹴散らしている。
「休みの日とか関係なかったのかな」
そう呟いた時、森慎吾と緑鬼が姿を見せた。
昨日のことがあったから森慎吾は怒っているかもしれないと警戒したが、その顔には笑みが浮かんでいた。
「やぁみんな。休みの日にまで会えて嬉しいよ」
「うるせぇ! こっちはちっとも嬉しくねぇんだよ!」
直人が森慎吾に掴みかかろうとするので、由紀と私で慌てて止めた。
幽霊に寄り添わないといけないと、ついさっき榎本さんに教えてもらったばかりだ。
「本当なら鬼ごっこもお休みなんだけどね。昨日君たちミッションクリアしなかったから、特別ご招待だよ」
ミッション……4人全員で3枚の写真を撮ることだ。
昨日は2枚しか撮れなかったから、確かに失敗している。
「で、でもそれは信一がカメラを壊しちゃったから!」
由紀が不満を声に出す。
すると森慎吾が顔からスッと笑顔を消した。
「緑鬼が暴走するきっかけを作ったのは誰のせい?」
と質問されて直人がグッと言葉に詰まる。
直人が挑発しなければ、緑鬼が大暴れをしてカメラを壊すこともなかったと言いたいんだ。
「でも今日は特別だよ。休日にみんなを呼び出しちゃったし、普通の鬼ごっこをしようと思うんだ」
「普通の鬼ごっこ?」
聞き返すと森慎吾が「うん!」と、元気に頷いた。
「プールの中でもなく、ドリブルしながらでもなく、普通に走って逃げるだけ。ね? 今回は簡単でしょう?」
だから今回はグランドになったのだとわかった。
グラウンドなら体育館より広いから思う存分走り回ることができる。
でも、時間内ずっと走り続けることは絶対にできない。
「普通とか言うくせに鬼に食われたら鬼になるんだろ!」
「直人、乱暴なことは言わないで!」
イラついている直人に榎本さんが教えてくれたことを説明する。
「あいつに寄り添えってか? そんなのできるわけねぇだろ」
「できなくても、やるしかないんだってば」
「あいつに寄り添って本当に解決するのか?」
「それは……わからないけど」
でも、できることはやったほうがいい。
森慎吾に寄り添うことでなにかが変わるのなら。
「チッ。わかったよ」
直人は軽く舌打ちするとそう言って森慎吾へ近づいていく。
「おいお前。昨日はひどいこと言って悪かったよ。俺もさ、こんなわけわかんねぇ鬼ごっこに参加させらて、イライラしてたんだ。本当にごめん」
上半身を折り曲げて謝る直人の姿に私と由紀は唖然としてしまった。
直人がこんなに素直に謝るとは思っていなかった。
「わ、私からも謝るよ。友達が、本当にごめんね」
「ご、ごめんなさい!」
私と由紀も頭を下げる。
すると森慎吾は目を丸くしてそれを見ていた。
「……別に、いいよ……僕と一緒に遊んでくれるんだったら」
森慎吾の声が震える。
その目からポロリと涙がこぼれたのを見て私はポカンと口を開く。
「な、なんで泣いてるの?」
「え?」
森慎吾は自分が泣いていることに今気がついたようで、頬に流れる涙を指先で拭った。
「僕は……僕は寂しかったんだ」
次の瞬間脳内に映像が流れ込んできた。
☆☆☆
僕の名前は森慎吾。
キズナ小学校の5年生だ。
学校が終わると同時にカバンを持って、大急ぎで教室を出る。
誰よりも早く昇降口について靴を履き替えるのももどかしいくらいだ。
だって、少しでも約束時間に遅れたら、またあいつらに殴られる。
3日前は先生のホームルームが遅くなって約束時間を過ぎてしまったから、3人から一回づつ蹴られてしまった。
3人は別の小学校に通っていて、あまり学校へ行っていないから僕の予定なんておかまいなしなんだ。
「はぁ……はぁ……」
息を切らして約束場所の河川敷へ向かう。
橋の上から見るともう3人はやってきていた。
まずい、このままだとまた殴られる。
大急ぎで階段を駆け下りて河川敷へと向かった。
僕が階段を駆け下りているときに3人は僕に気がついて、近づいてきた。
「よぉ慎吾。今日も遅かったなぁ」
一番大柄な子が言う。
「ご、ごめんね。遅れちゃって」
息を切らしながら謝ると、笑顔を浮かべてくれた。
よかった、怒ってないみたい。
ホッとして笑いかけた瞬間右頬に痛みが走って、僕は倒れこんでいた。
殴られたのだと気がついたのは3人の笑い声が聞こえてきてからだった。
右頬にジンジンと熱を帯びた痛みを感じる。
「俺たちのこと待たせた罰な」
僕が立ち上がる前にまた拳が飛んできた。
パチンッと頬を打たれて衝撃が走る。
それが3人分だ。
終わったときには右頬がかなり熱を持っていて、感覚がなくなっていた。
「ほ、本当にごめん」
フラフラと立ち上がり、それでも謝ることしかできない。
僕がこの3人に出会ったのはひと月前、本屋さんでだった。
僕はその時漫画の新刊を買うために本屋に行ったのだけれど、その時偶然3人が漫画を大量に万引しているのを目撃したんだ。
人気マンガを大量に万引して、それをネットで売るんだって、後から聞いた。
だけどその時の僕は怖くてなにも見なかったふりをして本屋から逃げ出したんだ。
でも、店を出たところで捕まってしまった。
3人が僕に目をつけたのは、たぶん弱そうだったから。
3人は僕を万引の仲間にしようとしたけれど、僕はそれを断ったんだ。
万引はダメなことだし、絶対にやっちゃいけないことだから。
そうしたら今度は呼び出されるようになって、約束時間を過ぎていたら殴られたり蹴られたりするようになった。
なんでなのか、理由はわからないけど、やっぱり僕が弱いからなんだと思う。
「いい子ちゃんな慎吾は今日も万引に参加しねぇんだよな? だったらなにか面白いことして見せろよ」
「お、面白いこと……?」
急に言われてもなにも浮かんでこない。
学校の先生のモノマネなら少しはできるけれど、学校が違う3人にはわからないネタだ。
「なんだよ、なにもできねぇのか?」
肩を押されて後方によろける。
僕の後には川があって、昨日雨が降ったせいでその水は茶色く濁っていて、量も多かった。
「え、えっと。じゃあ、僕の学校の先生のモノマネ」
できることはそれしかないから、やけになってやろうと思ったんだけど。
「なんだよお前。俺たちが真面目に学校行ってないこと非難してるわけ?」
1人がそんなことをいい出した。
僕は慌てて左右に首をふる。
「そ、そんなことないよ! ただ、それくらいしかできないから」
言い訳をしても通用しなかった。
3人はジリジリと僕と距離を縮めてくる。
僕の真後ろには川があって、これ以上逃げることはできなかった。
1人が僕の肩を押す。
僕の体がグラリと揺れて、どうにか体制を立て直した。
それが面白かったのか、3人は交互に僕の体を押して川に落とそうとした。
「はははっ、まるでやじろべえみたいだな」
1人が大きな声で笑うと他の2人も笑いだす。
一通り僕をからかって遊んで満足したのか、3人は別の遊びを考え始めた。
僕はホッと息を吐き出してその場から少し離れる。
「ぼ、僕はもう帰らなきゃ。今日は早く変えるってお母さんに約束してるんだ」
「へ~え、さすが真面目な慎吾くんだな。お母さんのいうことちゃんと守ってさ」
1人が僕の行く手を遮るように立つ。
気がつけばいつの間にか3人に囲まれていた。
「俺たちみたいな不良とはもう付き合えねぇってか?」
「そ、そんなんじゃ……」
「じゃあ、もう少し遊ぼうぜ!」
そう言われた瞬間、後からカバンを掴まれていた
大きなカバンごと引っ張られて転けそうになる。
僕はとっさにカバンを肩から外して逃げていた。
「あ、逃げたぞ!」
「カバンはこっちにあるんだ大丈夫」
そんな会話が聞こえてきた通り、僕は河川敷の途中で立ち止まっていた。
カバンの中には教科書や文房具がすべて入っている。
あれがないと困るのは僕だ。
「これ捨てればもう学校に行けねぇから、お前も俺たちの仲間になれるな!」
カバンを持っていた1人がそう言い、川へ向けて僕のカバンを投げ捨てた。
「あぁ!!」
思わず声を上げて川にかけよる。
濁った水の中に僕の黒いカバンが吸い込まれていく。
「ははっ! じゃあまた明日。今日と同じ時間に集合な」
「カバンもなくなったし、遅刻すんなよ」
3人分の足音が遠ざかっていっても、僕はそこから離れることはできなかった。
カバンは濁流に揉まれて姿を見せたり沈んだりを繰り返して流れていく。
「僕のカバン……」
あいつらの仲間になるなんて絶対に嫌だ。
万引する不良なんて、大嫌いだ!
僕は川へ一歩踏み出したんだ……。
☆☆☆
冷たい。
怖い。
真っ暗だ。
あちこち痛い。
僕の大切なカバンはどこ……?
ハッと目を覚ました感覚があって、グラウンドが視界に広がった。
「あ……今のは?」
声を発してから自分が泣いていることに気がついた。
頬には幾筋もの涙が伝っている。
「今のがお前が経験したことか」
その言葉に視線を向けると直人も泣いているのが見えた。
最後に感じた川の冷たさ。
苦しさ、怖さは森慎吾が経験したことをそのまま追体験したみたいだ。
「事故じゃなかったんだね」
由紀がしゃくりあげて泣きながら言う。
川に入ったのは森慎吾自身だとしても、あれを事故で終わらせるのは卑怯だ。
「逆らえなかったんだな」
直人が言う。
約束場所に必死になって走っていた記憶。
嫌なら行かなければいいのにと思っても、心に根強く植え付けられた恐怖のせいで相手に抗えなくなっていたんだ。
誰にも相談できず、ずっと1人で抱え込んできたんだろう。
無言の森慎吾から友達がほしい。
仲良くしたい。
遊びたい。
という感情が入り込んでくる。
これが森慎吾が本当に感じていることなんだろう。
「それならどうして素直にそう言わねぇんんだよ」
直人が怒ったように聞くと森慎吾はうつむいた。
「僕を見たらみんな逃げていく。怖い。おばけって言って」
あ……。
森慎吾は死んでからも友達ができず、ひとりぼっちだったんだ。
こういうやり方でしか、遊んでくれる人を見つけることができなかったんだ。
「それなら、私達と一緒に遊ぼうよ。普通の鬼ごっこをしよう?」
私の提案に森慎吾が目を見開く。
「私達もう何回も会ってるから慎吾くんのこと怖いなんて思ってないよ? この通り、逃げたりもしてないでしょう?」
森慎吾の顔から険しさが徐々に消えていく。
そして笑顔が浮かんでいた。
「僕も一緒に遊んでいいの?」
「当たり前だろ。そもそもこの鬼ごっこを提案したのは、お前なんだからな」
直人がぶっきらぼうながらに森慎吾を受け入れる。
由紀も、さっきからコクコクと頷き返している。
「でもその前に。私の友達を返してほしいの」
私は緑鬼を見て言った。
友達との鬼ごっこに、本物の鬼はいらない。
「でも、これは……」
森慎吾がとまどった表情になる。
今まで鬼がいたからみんなが一緒に遊んでくれた。
鬼がいなくなったら、また逃げられる。
そう思っているみたいだ。
「大丈夫だよ。この鬼がいなくても私達は逃げないから」
森慎吾に近づいてその両手を包み込むようにして握りしめる。
触れることができなかったから、フリをしただけだけど、森慎吾の目に涙が浮かんだ。
「本当に? 僕と遊んでくれるの?」
「そうだよ」
「僕から逃げたりしない?」
「もちろん。だって私達もう友達でしょう?」
「友達……」
「そうだよ。俺たち友達だ」
「わ、私も友達だと思ってる」
直人と由紀も近づいてきて、みんなで森慎吾の手を握りしめた。
なにもないはずのそこに、温かい体温があるような気がする。
「みんな……ありがとう」
森慎吾がそう呟いた瞬間、緑鬼がシュンッと小さくなって信一が立っていた。
「信一!!」
突然人形に戻った信一に駆け寄る。
「え? 僕、どうしてグラウンドに?」
キョトンとして周囲を見回しているけれど、元気そうだ。
「よかった信一。もとに戻って本当によかった!」
勢いで信一に抱きついてしまい、信一の頬がほんのりと赤くそまる。
「よし、それじゃあみんなで鬼ごっこしようぜ!」
直人の言葉を合図に、私たちは森新吾から逃げ出した。
森慎吾はみんな追いかける。
由紀が最初にタッチされたけれど、今度は鬼にはならなかった。
5人で遊ぶ時間はとても楽しくて、あっという間に日が暮れてしまう。
オレンジ色に包まれたグラウンドの中央に5人は集まっていた。
「鬼ごっこ、終了だよ」
走り回って息を切らした森慎吾が言う。
私の心には満足感が広がっていた。
みんなでやる鬼ごっこは最高に楽しくて、まだまだ遊んでいたい気分だった。
「終わるのはなんだか寂しいね」
思わず、本心がこぼれ落ちる。
「それなら明日も明後日も鬼ごっこをすればいい。こうやって、またみんなで集まってさ」
信一の意見に森慎吾がほほえみ、そして左右に首を振った。
「ううん。君たちとする鬼ごっこはもう終わり」
「もう、出てこないの?」
由紀の質問に森慎吾は頷いた。
「僕の一つの願いは叶えられたから。君たちの前にはもう現れないよ」
そういう森慎吾の体全体が透けていて、オレンジ色になっていることに気がついた。
急に切なさが胸にこみ上げてくる。
森慎吾にはもう二度と会うことができなくなるんだ。
最初は怖い噂話で、だけど調べていく内にそれは違うとわかった。
怖いのは幽霊になった森慎吾じゃなくて、今も問題になっていないイジメ事件のほうだった。
森慎吾を追いつめた3人組のことを調べてみても、情報はなにも出てこなかった。
今どこでなにをしているのか、わからない。
「だけど僕にはまだ願いがある」
森慎吾の体はどんどん透き通っていき、後の景色の方がよく見えるようになった。
「その、願いは……」
最後まで言葉をつなげる前に、森慎吾の姿は完全に消えてしまっていたのだった。
榎本さんのおかげで森慎吾が死んだ原因はわかった。
そしてその根底にはイジメがあっただろうということも、信憑性が強くなってきた。
「今日は鬼ごっこもしなくていいよね?」
不安そうな由紀の声が聞こえてきて私は自転車をこぐスピードを緩めた。
「今日は学校が休みの日だから、きっと大丈夫だよ」
学校がない日に学校に集められることはない。
そう思っていたのだけれど、不意に目の前の光景が変化して、私と由紀はその場に立っていた。
今まで乗っていた自転車もどこかへ消えている。
「ここ……グラウンド?」
広い砂浜かと思ったけれど、奥に見える遊具や灰色の校舎には見覚えが会って、キズナ小学校の校舎だということがわかった。
瞬きしている間に直人も姿を見せた。
「はぁ!? 今日は学校休みだろ!?」
突然グラウンドへ集められた事で眉間にシワを寄せ、砂を蹴散らしている。
「休みの日とか関係なかったのかな」
そう呟いた時、森慎吾と緑鬼が姿を見せた。
昨日のことがあったから森慎吾は怒っているかもしれないと警戒したが、その顔には笑みが浮かんでいた。
「やぁみんな。休みの日にまで会えて嬉しいよ」
「うるせぇ! こっちはちっとも嬉しくねぇんだよ!」
直人が森慎吾に掴みかかろうとするので、由紀と私で慌てて止めた。
幽霊に寄り添わないといけないと、ついさっき榎本さんに教えてもらったばかりだ。
「本当なら鬼ごっこもお休みなんだけどね。昨日君たちミッションクリアしなかったから、特別ご招待だよ」
ミッション……4人全員で3枚の写真を撮ることだ。
昨日は2枚しか撮れなかったから、確かに失敗している。
「で、でもそれは信一がカメラを壊しちゃったから!」
由紀が不満を声に出す。
すると森慎吾が顔からスッと笑顔を消した。
「緑鬼が暴走するきっかけを作ったのは誰のせい?」
と質問されて直人がグッと言葉に詰まる。
直人が挑発しなければ、緑鬼が大暴れをしてカメラを壊すこともなかったと言いたいんだ。
「でも今日は特別だよ。休日にみんなを呼び出しちゃったし、普通の鬼ごっこをしようと思うんだ」
「普通の鬼ごっこ?」
聞き返すと森慎吾が「うん!」と、元気に頷いた。
「プールの中でもなく、ドリブルしながらでもなく、普通に走って逃げるだけ。ね? 今回は簡単でしょう?」
だから今回はグランドになったのだとわかった。
グラウンドなら体育館より広いから思う存分走り回ることができる。
でも、時間内ずっと走り続けることは絶対にできない。
「普通とか言うくせに鬼に食われたら鬼になるんだろ!」
「直人、乱暴なことは言わないで!」
イラついている直人に榎本さんが教えてくれたことを説明する。
「あいつに寄り添えってか? そんなのできるわけねぇだろ」
「できなくても、やるしかないんだってば」
「あいつに寄り添って本当に解決するのか?」
「それは……わからないけど」
でも、できることはやったほうがいい。
森慎吾に寄り添うことでなにかが変わるのなら。
「チッ。わかったよ」
直人は軽く舌打ちするとそう言って森慎吾へ近づいていく。
「おいお前。昨日はひどいこと言って悪かったよ。俺もさ、こんなわけわかんねぇ鬼ごっこに参加させらて、イライラしてたんだ。本当にごめん」
上半身を折り曲げて謝る直人の姿に私と由紀は唖然としてしまった。
直人がこんなに素直に謝るとは思っていなかった。
「わ、私からも謝るよ。友達が、本当にごめんね」
「ご、ごめんなさい!」
私と由紀も頭を下げる。
すると森慎吾は目を丸くしてそれを見ていた。
「……別に、いいよ……僕と一緒に遊んでくれるんだったら」
森慎吾の声が震える。
その目からポロリと涙がこぼれたのを見て私はポカンと口を開く。
「な、なんで泣いてるの?」
「え?」
森慎吾は自分が泣いていることに今気がついたようで、頬に流れる涙を指先で拭った。
「僕は……僕は寂しかったんだ」
次の瞬間脳内に映像が流れ込んできた。
☆☆☆
僕の名前は森慎吾。
キズナ小学校の5年生だ。
学校が終わると同時にカバンを持って、大急ぎで教室を出る。
誰よりも早く昇降口について靴を履き替えるのももどかしいくらいだ。
だって、少しでも約束時間に遅れたら、またあいつらに殴られる。
3日前は先生のホームルームが遅くなって約束時間を過ぎてしまったから、3人から一回づつ蹴られてしまった。
3人は別の小学校に通っていて、あまり学校へ行っていないから僕の予定なんておかまいなしなんだ。
「はぁ……はぁ……」
息を切らして約束場所の河川敷へ向かう。
橋の上から見るともう3人はやってきていた。
まずい、このままだとまた殴られる。
大急ぎで階段を駆け下りて河川敷へと向かった。
僕が階段を駆け下りているときに3人は僕に気がついて、近づいてきた。
「よぉ慎吾。今日も遅かったなぁ」
一番大柄な子が言う。
「ご、ごめんね。遅れちゃって」
息を切らしながら謝ると、笑顔を浮かべてくれた。
よかった、怒ってないみたい。
ホッとして笑いかけた瞬間右頬に痛みが走って、僕は倒れこんでいた。
殴られたのだと気がついたのは3人の笑い声が聞こえてきてからだった。
右頬にジンジンと熱を帯びた痛みを感じる。
「俺たちのこと待たせた罰な」
僕が立ち上がる前にまた拳が飛んできた。
パチンッと頬を打たれて衝撃が走る。
それが3人分だ。
終わったときには右頬がかなり熱を持っていて、感覚がなくなっていた。
「ほ、本当にごめん」
フラフラと立ち上がり、それでも謝ることしかできない。
僕がこの3人に出会ったのはひと月前、本屋さんでだった。
僕はその時漫画の新刊を買うために本屋に行ったのだけれど、その時偶然3人が漫画を大量に万引しているのを目撃したんだ。
人気マンガを大量に万引して、それをネットで売るんだって、後から聞いた。
だけどその時の僕は怖くてなにも見なかったふりをして本屋から逃げ出したんだ。
でも、店を出たところで捕まってしまった。
3人が僕に目をつけたのは、たぶん弱そうだったから。
3人は僕を万引の仲間にしようとしたけれど、僕はそれを断ったんだ。
万引はダメなことだし、絶対にやっちゃいけないことだから。
そうしたら今度は呼び出されるようになって、約束時間を過ぎていたら殴られたり蹴られたりするようになった。
なんでなのか、理由はわからないけど、やっぱり僕が弱いからなんだと思う。
「いい子ちゃんな慎吾は今日も万引に参加しねぇんだよな? だったらなにか面白いことして見せろよ」
「お、面白いこと……?」
急に言われてもなにも浮かんでこない。
学校の先生のモノマネなら少しはできるけれど、学校が違う3人にはわからないネタだ。
「なんだよ、なにもできねぇのか?」
肩を押されて後方によろける。
僕の後には川があって、昨日雨が降ったせいでその水は茶色く濁っていて、量も多かった。
「え、えっと。じゃあ、僕の学校の先生のモノマネ」
できることはそれしかないから、やけになってやろうと思ったんだけど。
「なんだよお前。俺たちが真面目に学校行ってないこと非難してるわけ?」
1人がそんなことをいい出した。
僕は慌てて左右に首をふる。
「そ、そんなことないよ! ただ、それくらいしかできないから」
言い訳をしても通用しなかった。
3人はジリジリと僕と距離を縮めてくる。
僕の真後ろには川があって、これ以上逃げることはできなかった。
1人が僕の肩を押す。
僕の体がグラリと揺れて、どうにか体制を立て直した。
それが面白かったのか、3人は交互に僕の体を押して川に落とそうとした。
「はははっ、まるでやじろべえみたいだな」
1人が大きな声で笑うと他の2人も笑いだす。
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「へ~え、さすが真面目な慎吾くんだな。お母さんのいうことちゃんと守ってさ」
1人が僕の行く手を遮るように立つ。
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「俺たちみたいな不良とはもう付き合えねぇってか?」
「そ、そんなんじゃ……」
「じゃあ、もう少し遊ぼうぜ!」
そう言われた瞬間、後からカバンを掴まれていた
大きなカバンごと引っ張られて転けそうになる。
僕はとっさにカバンを肩から外して逃げていた。
「あ、逃げたぞ!」
「カバンはこっちにあるんだ大丈夫」
そんな会話が聞こえてきた通り、僕は河川敷の途中で立ち止まっていた。
カバンの中には教科書や文房具がすべて入っている。
あれがないと困るのは僕だ。
「これ捨てればもう学校に行けねぇから、お前も俺たちの仲間になれるな!」
カバンを持っていた1人がそう言い、川へ向けて僕のカバンを投げ捨てた。
「あぁ!!」
思わず声を上げて川にかけよる。
濁った水の中に僕の黒いカバンが吸い込まれていく。
「ははっ! じゃあまた明日。今日と同じ時間に集合な」
「カバンもなくなったし、遅刻すんなよ」
3人分の足音が遠ざかっていっても、僕はそこから離れることはできなかった。
カバンは濁流に揉まれて姿を見せたり沈んだりを繰り返して流れていく。
「僕のカバン……」
あいつらの仲間になるなんて絶対に嫌だ。
万引する不良なんて、大嫌いだ!
僕は川へ一歩踏み出したんだ……。
☆☆☆
冷たい。
怖い。
真っ暗だ。
あちこち痛い。
僕の大切なカバンはどこ……?
ハッと目を覚ました感覚があって、グラウンドが視界に広がった。
「あ……今のは?」
声を発してから自分が泣いていることに気がついた。
頬には幾筋もの涙が伝っている。
「今のがお前が経験したことか」
その言葉に視線を向けると直人も泣いているのが見えた。
最後に感じた川の冷たさ。
苦しさ、怖さは森慎吾が経験したことをそのまま追体験したみたいだ。
「事故じゃなかったんだね」
由紀がしゃくりあげて泣きながら言う。
川に入ったのは森慎吾自身だとしても、あれを事故で終わらせるのは卑怯だ。
「逆らえなかったんだな」
直人が言う。
約束場所に必死になって走っていた記憶。
嫌なら行かなければいいのにと思っても、心に根強く植え付けられた恐怖のせいで相手に抗えなくなっていたんだ。
誰にも相談できず、ずっと1人で抱え込んできたんだろう。
無言の森慎吾から友達がほしい。
仲良くしたい。
遊びたい。
という感情が入り込んでくる。
これが森慎吾が本当に感じていることなんだろう。
「それならどうして素直にそう言わねぇんんだよ」
直人が怒ったように聞くと森慎吾はうつむいた。
「僕を見たらみんな逃げていく。怖い。おばけって言って」
あ……。
森慎吾は死んでからも友達ができず、ひとりぼっちだったんだ。
こういうやり方でしか、遊んでくれる人を見つけることができなかったんだ。
「それなら、私達と一緒に遊ぼうよ。普通の鬼ごっこをしよう?」
私の提案に森慎吾が目を見開く。
「私達もう何回も会ってるから慎吾くんのこと怖いなんて思ってないよ? この通り、逃げたりもしてないでしょう?」
森慎吾の顔から険しさが徐々に消えていく。
そして笑顔が浮かんでいた。
「僕も一緒に遊んでいいの?」
「当たり前だろ。そもそもこの鬼ごっこを提案したのは、お前なんだからな」
直人がぶっきらぼうながらに森慎吾を受け入れる。
由紀も、さっきからコクコクと頷き返している。
「でもその前に。私の友達を返してほしいの」
私は緑鬼を見て言った。
友達との鬼ごっこに、本物の鬼はいらない。
「でも、これは……」
森慎吾がとまどった表情になる。
今まで鬼がいたからみんなが一緒に遊んでくれた。
鬼がいなくなったら、また逃げられる。
そう思っているみたいだ。
「大丈夫だよ。この鬼がいなくても私達は逃げないから」
森慎吾に近づいてその両手を包み込むようにして握りしめる。
触れることができなかったから、フリをしただけだけど、森慎吾の目に涙が浮かんだ。
「本当に? 僕と遊んでくれるの?」
「そうだよ」
「僕から逃げたりしない?」
「もちろん。だって私達もう友達でしょう?」
「友達……」
「そうだよ。俺たち友達だ」
「わ、私も友達だと思ってる」
直人と由紀も近づいてきて、みんなで森慎吾の手を握りしめた。
なにもないはずのそこに、温かい体温があるような気がする。
「みんな……ありがとう」
森慎吾がそう呟いた瞬間、緑鬼がシュンッと小さくなって信一が立っていた。
「信一!!」
突然人形に戻った信一に駆け寄る。
「え? 僕、どうしてグラウンドに?」
キョトンとして周囲を見回しているけれど、元気そうだ。
「よかった信一。もとに戻って本当によかった!」
勢いで信一に抱きついてしまい、信一の頬がほんのりと赤くそまる。
「よし、それじゃあみんなで鬼ごっこしようぜ!」
直人の言葉を合図に、私たちは森新吾から逃げ出した。
森慎吾はみんな追いかける。
由紀が最初にタッチされたけれど、今度は鬼にはならなかった。
5人で遊ぶ時間はとても楽しくて、あっという間に日が暮れてしまう。
オレンジ色に包まれたグラウンドの中央に5人は集まっていた。
「鬼ごっこ、終了だよ」
走り回って息を切らした森慎吾が言う。
私の心には満足感が広がっていた。
みんなでやる鬼ごっこは最高に楽しくて、まだまだ遊んでいたい気分だった。
「終わるのはなんだか寂しいね」
思わず、本心がこぼれ落ちる。
「それなら明日も明後日も鬼ごっこをすればいい。こうやって、またみんなで集まってさ」
信一の意見に森慎吾がほほえみ、そして左右に首を振った。
「ううん。君たちとする鬼ごっこはもう終わり」
「もう、出てこないの?」
由紀の質問に森慎吾は頷いた。
「僕の一つの願いは叶えられたから。君たちの前にはもう現れないよ」
そういう森慎吾の体全体が透けていて、オレンジ色になっていることに気がついた。
急に切なさが胸にこみ上げてくる。
森慎吾にはもう二度と会うことができなくなるんだ。
最初は怖い噂話で、だけど調べていく内にそれは違うとわかった。
怖いのは幽霊になった森慎吾じゃなくて、今も問題になっていないイジメ事件のほうだった。
森慎吾を追いつめた3人組のことを調べてみても、情報はなにも出てこなかった。
今どこでなにをしているのか、わからない。
「だけど僕にはまだ願いがある」
森慎吾の体はどんどん透き通っていき、後の景色の方がよく見えるようになった。
「その、願いは……」
最後まで言葉をつなげる前に、森慎吾の姿は完全に消えてしまっていたのだった。
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平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。
それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。
恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題──
彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。
未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。
誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。
夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。
この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。
感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。
読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。
アリアさんの幽閉教室
柚月しずく
児童書・童話
この学校には、ある噂が広まっていた。
「黒い手紙が届いたら、それはアリアさんからの招待状」
招かれた人は、夜の学校に閉じ込められて「恐怖の時間」を過ごすことになる……と。
招待状を受け取った人は、アリアさんから絶対に逃れられないらしい。
『恋の以心伝心ゲーム』
私たちならこんなの楽勝!
夜の学校に閉じ込められた杏樹と星七くん。
アリアさんによって開催されたのは以心伝心ゲーム。
心が通じ合っていれば簡単なはずなのに、なぜかうまくいかなくて……??
『呪いの人形』
この人形、何度捨てても戻ってくる
体調が悪くなった陽菜は、原因が突然現れた人形のせいではないかと疑いはじめる。
人形の存在が恐ろしくなって捨てることにするが、ソレはまた家に現れた。
陽菜にずっと付き纏う理由とは――。
『恐怖の鬼ごっこ』
アリアさんに招待されたのは、美亜、梨々花、優斗。小さい頃から一緒にいる幼馴染の3人。
突如アリアさんに捕まってはいけない鬼ごっこがはじまるが、美亜が置いて行かれてしまう。
仲良し3人組の幼馴染に一体何があったのか。生き残るのは一体誰――?
『招かれざる人』
新聞部の七緒は、アリアさんの記事を書こうと自ら夜の学校に忍び込む。
アリアさんが見つからず意気消沈する中、代わりに現れたのは同じ新聞部の萌香だった。
強がっていたが、夜の学校に一人でいるのが怖かった七緒はホッと安心する。
しかしそこで待ち受けていたのは、予想しない出来事だった――。
ゾクッと怖くて、ハラハラドキドキ。
最後には、ゾッとするどんでん返しがあなたを待っている。
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
トウシューズにはキャラメルひとつぶ
白妙スイ@1/9新刊発売
児童書・童話
白鳥 莉瀬(しらとり りぜ)はバレエが大好きな中学一年生。
小学四年生からバレエを習いはじめたのでほかの子よりずいぶん遅いスタートであったが、持ち前の前向きさと努力で同い年の子たちより下のクラスであるものの、着実に実力をつけていっている。
あるとき、ひょんなことからバレエ教室の先生である、乙津(おつ)先生の息子で中学二年生の乙津 隼斗(おつ はやと)と知り合いになる。
隼斗は陸上部に所属しており、一位を取ることより自分の実力を磨くことのほうが好きな性格。
莉瀬は自分と似ている部分を見いだして、隼斗と仲良くなると共に、だんだん惹かれていく。
バレエと陸上、打ちこむことは違っても、頑張る姿が好きだから。
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
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