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第二部
違和感の正体と繋がっていく糸 ~ドミニクSide~
フェンデルバーグ公爵とヤヌシュ。
彼らは母上を貶め、ティナに近づき、私たちに大変不快な影を落としていった。
ヤヌシュが去って行った扉をじっと見つめるティナ――――やはり幼馴染の事は気になるのだろうか。
君を散々傷つけ、貶めた男など放っておけばいいのに。
やはり年の近い男の方がいいのだろうかという考えが、たまに頭をかすめていく。
兄上にも物怖じする事なく進言し、危険な王宮にまだ滞在したいと願い出るティナを見て、私の手の届くところに閉じ込めてしまえたら……なんて馬鹿な考えが浮かんでくる。
自分が情けなくなり、ティナが書斎を去っていく姿を直視する事が出来ずに目を背けるしかなかった。
兄上には散々からかわれてしまったが、私のティナへの気持ちが重いという事は私自身がよく分かっている。
自分の煩悩を振り払うかのように名簿を注視していく。
「薬湯に関しては私が侍医や侍女長に話を聞いてみます」
「うむ、そうしてくれ。古参の者はドミニクと話しやすいだろうしな」
私が王宮勤めではないので、その方が話しやすいという事もあるのだろうな。
兄上の書斎を後にし、さっそく侍医と侍女長2人を探していると、私が幼少期の頃から王宮勤めをしている者も残っていて、皆懐かしそうに声をかけてくれる。
母上が目覚めたからか、王宮内の雰囲気が少し緊張感が解けた感じがするな。
母上を診ていた王宮医師として長年勤めている侍医は、もうお爺さんのような見た目でも腕は全く衰えておらず、母上の薬湯なども彼が全て指示を出していた。
ヴァッセル夫人の薬湯に関しても彼が監修し、太鼓判を押した事で母上に与える事ができたのだ。
正直侍医が薬湯の調合を間違えるとは思えない……しかし実際に良くないものが与えられていたというのだから聞いてみなければならないだろう。
私は侍医と侍女長を見つけ、2人を別室に連れて行き、詳しく話を聞く事にしたのだった。
「お久しゅうございます、ドミニク坊ちゃん」
すっかり忘れていた……ノエル以外にも私を坊ちゃんと呼ぶ人がいる事を。
侍医のロベルトはまさにその一人だ。
幼い頃に熱を出すと必ずロベルトがやってきて、たっぷりと蓄えた白ヒゲをふさふささせながらニコニコし、苦い薬湯を飲まされた事を思い出す。
見た目は本当に人が良さそうだが、薬を飲めないと言うと「飲まないと良くはなりませぬぞ」と厳しい目つきに変わるのが子供心に怖かった記憶がある。
私が年を重ねたからか、ロベルトが年老いたからか、随分小さく見えるものだな。
再会を懐かしんでいると、横から侍女長のイリスも声をかけてきた。
彼女はノエルが侍女長の時に入ってきた侍女で、ノエルが私の邸に来る時に侍女長を引き継ぎ、今も同職を続けているベテランだ。
「殿下……じゃなくて閣下、お久しぶりですわ。お元気そうで何よりです!ご婚約者様とらぶらぶなんですって?」
「なっ……そんな事、は、なくもないが……」
私の反応を見て2人に大笑いをされてしまう……ここで否定するのも違う気がして認めたが、酷く気恥ずかしいな。
「ゴホンッ。とにかく今日2人に来てもらったのは、母上の薬湯の調合についてだ。どうやら少し調合の仕方が間違っているかもしれないという話が上がっていて、確認しなければならなくなった」
「調合の仕方が?」
ロベルトが驚き、そんなはずはないと言った表情を見せる。
「ロベルト殿の仰る通りに侍女たちが調合していますが……」
「どのように調合しておる?」
ロベルトの問いにイリスが丁寧に説明していくと、ロベルトが突然声を荒げたのだった。
「熱を通していないじゃと?!ゴジョの葉は熱を通さねば毒味が抜けず、体に害を及ぼすのじゃ!副侍女長のドリスに何度も教えたはずじゃぞ!」
「ドリス?あー……ドリスではなくリドリスですわ、ロベルト殿」
「む?本人がドリスと言うておったのじゃぞ?」
2人の会話がだんだんと嚙み合わなくなっていく。
そのドリスと名乗る副侍女長が間違った調合の仕方を指示したという事か?
ロベルトの様子を見ていると、彼が指示を間違えるとは思えないな……副侍女長は本当はリドリスという名だが、呼びにくいという事でドリスというあだ名で皆が呼んでいるという話だった。
そんな話はどうでもいいのだが。
ともかく、どうして間違った情報が行き渡ってしまったのかが重要だ。
「そのリドリスという副侍女長に確認を取ってくれ。どこで調合の仕方が間違ったのかが重要だ。母上はずっとその間違った調合をした薬湯を飲まされていたという事になるのだから」
「は、はい!申し訳ございません!」
「いや、その事自体が病の原因ではなかったようだし……イリス、母上の身の回りの世話をしていた侍女たちの名前を知りたい、すぐにリストアップしてくれ」
「はい!」
イリスはすぐに返事をしてバタバタと去っていった。
おそらく母上の身の回りの世話をしていた侍女は限られているはずだ、すぐに纏めてくるだろう。
「ロベルトもわざわざ呼び出してすまなかったな。この事はロベルトの責任だとは思っていないよ」
「ドミニク坊ちゃん、しかし私めが全ての調合を見ておればこんな事には……」
「それこそ無理な話だろう。何年も床に臥せっている者の薬湯を毎日……それに母上の病はもっと他のところから人為的にきているから」
「なんですと……?人為的?……まさか」
ロベルトが私の言葉で全て察したようで、顔色が真っ青になっていく。
そうだろうな、長い間母上の容体を診てきて、なんとか回復させようと尽力してきたのに、実は毒でしたというのは衝撃だろうと思う。
ティナも言っていたが、薬湯はほんの一部。
大元の毒物は、もしかしたらこの国の物ではないかもしれないと私は考えている。
父上はあっという間に亡くなったにも関わらず、検死では毒物の反応が出てこなかったわけだし、特殊なものが使われている可能性が高い。
その入手経路なども探っていかなくてはならない。
フェンデルバーグ公爵のあの反応を見る限り、ヤツが関わっていると考える方が無難だ。
情報通のロイドならそういったものの取引について何か知っているだろうか。
公爵の息がかかった侍女を見つける事と、毒物との関連性、入手経路、これらが結びつく手がかりを探さなくては。
私は落ち込んでいるロベルトに声をかけ、もう一度兄上の書斎に戻り、違和感の残る名簿に目を通してみる事にしたのだった。
書斎には兄上はおらず、大臣たちとの会議をしているに違いないと考え、黙々と目を通していく……何度も確認したが、フェンデルバーグ公爵が推薦人をしている人物は一人だけだった。
このシーデイルという侍女一人…………この侍女は父上がご逝去された1年後に王宮侍女を辞めている。
今は王宮にはいない者が母上の件に関わっているとは思えないな。
もし父上にも手を掛けたというのなら、古参の者になるが、古株など沢山残っているものでもないので、すぐに特定出来てしまう。
どういう事だ?
私はますます真相が遠退いてしまったと思い、途方に暮れた。
まさか複数犯だというのか――――そこまで考えた時に先ほど名前が挙がったリドリスが浮かんでくる。
”変な愛称を使っている侍女”
名簿でリドリスを調べるとすぐに見つる。
身元……推薦人は隣国の伯爵家だった。
この伯爵家の名前はどこかで聞いた事がある……思い出そうとする時に限ってなかなか思い出せないもので、室内をうろうろしながら必死に記憶を辿っていった。
どこで聞いたのか…………最近ではない気がする。
もっと前――――すると、私がテレージアと結婚していた頃の会話が頭に浮かんできて、彼女との会話が映像のようによみがえってきたのだった。
『……私の祖母は東の国の出身で、隣国の――伯爵家に嫁いできたのよ』
『東から?文化も違うし大変だったんじゃないの?』
『祖母とあまり会話した事はなかったから分からないけれど、母に東の国の事を話してる時は嬉しそうだったな……東の大陸の更に東端の果てにエデンっていう楽園があるという噂もあるんですって!行ってみたい~~!』
…………そうだ、あの時の会話で出てきた家だ。
何気ない会話過ぎて思い出せずにいたが、テレージアの祖母の嫁ぎ先が推薦人……私はこの酷い違和感がなんなのかはっきりさせる為に、もう一人の幼馴染のロイドの元へと急いだのだった。
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