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第六章

逸る気持ち ~王太子Side~

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 オリビアが街で暴動に巻き込まれた後から、私の周りでは色々な事が変化していった。

 一番は母上の事だ。


 あれだけ私の事を疎んじていて、命をも狙われていると思っていた事がそうではなかった、という事実を私はなかなか受け入れられずにいた。

 すっかり教会に心酔し、王家を裏切っているものとばかり思っていたのに…………まだまだ私は子供だったという事か。

 
 議会での話が民に洩れていたり、問題は山積みだが、父上が母上と話し合った後から父上の動きが変わっていった。

 議会に母上を出禁にしたのには驚いたが、その後も議会での発言も強気になり、教会へも厳しい処分を下してくださった。


 そして建国祭が始まり、ドレス姿のオリビアをエスコートして祝賀パーティーに参加する事が出来た。

 私が贈ったドレスを着たオリビアは天女の如き美しさで、パーティーに連れて行きたくなかった…………案の定レジェクとかいうドルレアン国の王太子殿下に言い寄られてしまい、そいつに傷跡まで付けられてしまう。
 
 オリビアは本当に美しい。

 見た目はもちろんだが、中身から溢れ出る美しさは比にならない。


 私はその美しさにいつも見惚れてしまうのだが、そんな彼女に害虫が寄り付かないようにより一層気を付けなければ、とその日に硬く決意したのだった。

 お祭りでも同行し、花火は王宮で見ようと提案する。


 これで安全だ。

 
 アンティークの置物をプレゼントした時も本当に可愛かったな…………嬉しそうに蓋を開け閉めしている姿が微笑ましくて、思わず額にキスをしてしまう。

 耳まで真っ赤にしている姿を見ると、まだ私にも少しは望みがあるのかと期待してしまったのだった。


 しかし、建国祭が終わった翌日、突如聖女が降臨する。

 これには王宮も大騒ぎで、父上も母上も驚きを隠せずにいた。


 皆で協議の結果、聖女は王家で預かり、身の回りの世話も住居も王宮になる事に決定した。何より聖女がなかなか元気で、皆タジタジになったしまったのだ。


 「あのーー、ここってどこなんですか?どうして私はここに連れて来られたのでしょうか。今すぐ元の世界に帰してくれません?!」

 「…………あなたは異世界から我が国に召喚されたのです。ここで暮らし、この国の為に力の使い方を勉強して、貢献しなくてはならないのですよ」


 大司教がそう告げると、怒り心頭で言い返していた。


 「え、どうして私がこの国の為に貢献しなくてはならないの?私はこの国に何の思い入れもないし、そちらが勝手に召喚したのでしょう?!筋が通ってません!」

 
 聖女の言い分はもっともだった。勝手に召喚し、勝手に国の為に貢献しろだなんて普通なら承諾出来ないだろう。

 断られるという頭が教会の連中にはない。


 「…………分かった。ひとまず状況を整理する必要があるから、私が世話をしましょう。ここ王宮には若い侍女も沢山いる。少しは気も和らぐでしょうから」
 

 私がそう提案すると、その場にいた皆が了承してくれたのだった。

 これでオリビアのところに行けるのが、いつになるか分からなくなったな…………心の中で溜息をつく。


 せっかく彼女の気持ちが、少しは私の方に向いてきたかなと思っていたのに。



 聖女は還してほしいと言っていたが、恐らくそれは無理だろう……召喚するだけでも多大な時間がかかっているのだから。それをどうやって納得してもらうか、ゆくゆく考えていかねばならない。


 今は少しでも早く聖女にはここでの生活に慣れてもらって、自立出来るように支援するしかない。

 

 ~・~・~・~



 そして世話をする事20日間ほど経過した後――――――



 「ねぇー……力の使い方を学びに行ってるだけなのに、なんであちこち回らなきゃならないの?」

 「…………………………それが聖女の務めだからだ」

 「務め?」
 
 「仕事という事だ」

 「はぁ…………私まだ高校生なのに……」
 

 聖女はこうやって毎日同じような愚痴をこぼしに執務室にやってくる。私は気にしている時間はないので、愚痴をこぼす聖女をしり目に仕事を進めるのだが、なかなか気が散って仕事が進まない事が最近の悩みだった。

 それによってニコライはとてつもなくイライラしているのを感じるし、執務室の居心地が悪すぎる。

 
 「君は高校生?というやつらしいが、君と同じ年ごろの私の婚約者は、もっと幼い頃から自分の務めをきちんとこなしていたぞ」

 「あーーオリビア様ね?私と同じくらいの年齢だよね。そんなに小さい頃から頑張るなんて無理!私も受験前は勉強頑張ったけど……その子、よくグレなかったわね」

 「グレる?」
 
 「不良……じゃなくて、悪い人間になっていくって事!小さい頃からやらなきゃいけない事ばっかりやらされてたら、息が詰まって生きるのしんどくなっちゃう~」


 私は聖女の話を無言で聞いていた。

 
 悪い人間…………オリビアには全くそんな感じはないな。


 抑圧された生活をしてきたから、自由に生きたくなったのか…………私との関係も良くないものだったと考えると…………私が自問自答しながら沈んでいると、聖女はお構いなしに話し続けていた。


 「まぁでも、それを続けてこられたって事は、よほど好きだったのかもしれないし、分からないよね」

 「…………………………もう1回言ってくれ」

 「?よほど好きだったんじゃないかなって言ったんだよ」

 「………………………………」


 好き…………好き、か。いい響きだな。私はオリビアの気持ちを勝手にいい方向に解釈して、納得する事にしたのだった。


 「もう、何ニヤニヤしてるのよ!」

 
 「…………いいから手を動かしてください!聖女様は教会へ!」



 執務室にはニコライの怒声が響き渡る。最近はこのパターンが多いな……いつになったら世話係から解放されるのやら。そんな事を考えながら、机の上にあるオリビアからもらった置物を眺め、ユニコーンを撫でる。

 これを渡してくれたオリビアを思い出すと、自然とやる気が出てきた。私の原動力はいつだって彼女だ。


 聖女が出て行ったのを確認し、ニコライがまた怒り出す前に仕事に集中し始めたのだった。


 
 ~・~・~・~


 
 その日は街中で奉仕活動をしてくれと教会からの指示で、聖女と私と護衛達は王都の街中を回っていた。

 ちょうど中心部を回っていた時に爆発騒ぎが起こる。


 あまりにもタイミングが良すぎるので、教会の仕業なのだろうなとは思ったが、とにかく市街地を火の海にするわけにはいかないので、急いで聖女と向かった――――

 しかしそこにはオリビアとリチャードがいて、民と協力して火消しをしていたのだった。


 煤と煙で肌や衣服には黒い汚れが沢山ついているのに、どうしてこんなにも彼女は美しいのだろうか。一瞬見惚れてしまう。

 結局その小火はオリビア達や民や聖女の力も使って、皆で消火出来たのだった。


 聖女もあまり近くで力を使っているところを見ていなかったが、教会で力の使い方を学んでいたからかしっかりと火消しを出来た事は評価出来るな。


 「さすがだな」

 「もう!ヴィルが引き止めていなかったら、もっと早く着いていたのに……」


 褒めたのに文句を言われるとは不本意だったが、街の被害が最小限に済んだので感謝はしておかねばならない。しかし次の瞬間、何もかも吹っ飛ぶようなオリビアの声が聞こえてくる。

 
 「リチャード!馬はどこ?もう遅くなったから伯爵邸に帰りましょう」

 「あ、ここに!」
 

 リチャード?いつの間に名前を呼び捨てるほどそんなにリチャードと距離が縮まっていたのか…………リチャードもオリビアに仕えているようではないか。

 2人の距離がこんなに近づいている事に私が驚いて固まっていると、馬に跨ったオリビアが近づいてくる。

 
 
 「それでは、王太子殿下。ごきげんよう」


 そう言って馬を駆って去って行ってしまったのだった。

 
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