悪と正義と悪意と。

パティル

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正義のト。

01

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 午前五時。むくりと起き上がった男は大きな体をグッとひと伸びさせた。寝起き一番のストレッチに、鍛えられた筋肉がビリリリリッ、といつ弾けてもおかしくない異様な音を奏でた。
 一糸纏わぬ美しい筋肉は朝早くからその存在を猛アピールしていた。

 上がった肩甲骨が徐々に降りていき、布団に両手がついたと同時に脚で毛布を跳ね除けた。
 まるで鞍馬あんばでもやっているかのようなフォームから足を体に引き寄せると、その場からムクリと立ち上がってみせた。

 休みの日も、平日も、いつだって彼、五臺 務ごだいつとむは必ずこの時間に起床する。

  今日だって、非番にも関わらず日常ルーティンを開始するのだろう。

 顔も洗わずに、部屋の隅に直に置かれた炊飯器までまっしぐらに移動すると、彼は一糸纏わぬ姿のままその蓋を開けた。

 ふわっ、と男臭いだけの部屋の中に米の匂いが混ざり合い、摩訶不思議な空間がここに成立する。

 男くさい、ましてや住み慣れた部屋の匂いなど既に当たり前なのだ、摩訶不思議臭となった米の匂いだろうと、その匂いを嗅いだ瞬間彼の表情はだらしなく緩む。

 地面から漂う湯気を全身にたっぷり(五分ほど)浴び終えると、近くに置いてあるシャモジを手に取りしゃがみ込むと軽く中身をかき混ぜ、今更の如く米を蒸す為に炊飯器の蓋を閉める行動をとる。

 地面に炊飯器を置くような彼である。食器も最低限しか持ち合わせていない事をここで説明しよう。
 食器棚に無く、茶碗とガラスコップ、後は丼をそれぞれ1個ずつしか持ち合わせていない。それらの全ては敷布団から一メートルほど離れた部屋の隅に直置きされている。炊飯器とシャモジもしかりである。

 職場では誰もが憧れる素敵な男性ヒトと、黄色い声が上がる程に人気者なのだが、誰も彼の私生活を知らない。
 人付き合いが苦手で、飲み会にも参加しない、友人を部屋に連れ込む事も無い。
 給料はかなり貰っているのに、その半分以上を両親へ仕送りしている。

 男臭い質素な部屋でも、彼は構わないのだ。無頓着という言葉がお似合いだけど、その本質は仕事に恋する仕事馬鹿だと言えよう。だからこそ、彼のプライベートは誰も知らない、知る由も無い。

 白米に味噌を直に乗せ頬張ると、いつのまにか冷蔵庫から取り出していたトマト(丼の中に収まっている)にかぶりつき、ペロリとそれらを完食してみせた。

 仕事柄、早食いしてしまうのはいつもの事である。

 日曜日に非番という、彼にしては珍しく休日の日の休みだ。そんな休日などの概念はもはや彼には無く、私服に着替えると(休暇中に制服を着ていた事が上司にバレ、怒られて以来私服になった)巡回パトロールを開始した。

 住宅街。徒歩三十分圏内にある店と言えばコンビニとレンタルショップの2件だけ。
 駅から離れれば離れる程、家の数もまばらとなる。
 バスも通って無く、この近辺での行動はもっぱら電動自転車が主流の地域である。

 彼、五臺 務ごだいつとむに関して言えばそんな自転車移動の常識は一切適用されないが。

 真っ白なブリーフに真っ白な加圧シャツを下着ベースを着ると、深い紺色の無印製ソフトデニム\2800円(税込み)と同社、赤色無地のシャツ\500円(税込み)、その上に袖なしチョッキ\820,000(税込み)を着た状態で、下駄ゲタを履いている。

 チョッキに関してはオーダーメイド品で、はたから見るとほんの少しだけ高そうなチョッキにしか見えない。が、その実は防弾仕様でハンドガンはおろか、ライフルやショットガン、刃物なども防ぐ高級防弾チョッキである。下駄を履いているのは、誰にも説明出来なかったので割愛する。



 そんな彼、五臺 務ごだいつとむは自転車を持っておらず(練習していたが、ある日を境に断念していた)、街中の巡回と称してカランコロンと足音を立てながら歩き出す。

 この音が新聞配達のバイクより先に聞こえてくれば、一日良い事があるという都市伝説を作り出していたり。

 そんな存在が居るとは露知らず、都会の悪は逃げ場所にこの地域を選択してしまった。

 あーあ、彼にとも知らずに、な人たち。
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