がんじがらめの契約と狂愛〜聖女になれなかった異邦者の唯一〜

く〜いっ

文字の大きさ
18 / 71

17 順応の義

しおりを挟む
 『順応の義』の準備は、前日からはじまった。髪にも、顔にも、体にも……香油を塗りたくられたあと、ぐるぐると熱いタオルを巻かれ蒸され――自分は蒸し料理の具材だったのかも知れない――と、錯覚するほど、じっくりとメイドたちに手をかけられた。
 熱いお風呂、冷たいお風呂、マッサージ、軽食、お昼寝……徹底的に管理され、疲れきった私は、彼女たちのなすがまま着せ替え人形状態になっている。

 儀式にかける熱量が、半端ではないキャティの指揮で用意されたドレスは白。裾に向かってほどこされた金糸の刺繍が華やかな、後ろ側が少し長いエンパイアラインで、小柄な私にもよくにあっていた。
 包帯はとれたものの、長期間使えなかった手の筋肉は落ち、みょうに細くなってしまっている。そのため、手の甲まで覆うボレロも用意されていた。
 アップにまとめた髪には白いリボンが複雑に編みこまれ、薄く化粧をほどこされた自分を姿見で見たとき、別人か? ……と、詐欺レベルのメイドの腕前に驚いた。自分でいうのもなんですけれど、美人に見えます。

「どう……でしょうか?」
「…………」
「アラン様?」
「メイド長! これはダメだ! 頭から全身を覆えるものはないのか!」

 え? ダメだし……にあってないですか? 美人に化けれたと思っていたんだけどな……しゅんと、落ちこんでいる横で、アラン様とキャティがなにやら言い争いをしている。

「美しい聖女様を広くお披露目したいのに! 顔をかくすなんて……」

 ぶつぶつ文句を言いながら、キャティは私に薄いベールをかけた。しばし考えこみ、ベールの位置を調整しながら「あら? これはありかも」と、ニンマリ笑う。

「演出と思えば、最高です! 大司教猊下の前で、ロズベルト様が聖女様のベールをあげてくださいね」
「……わかっ「ええー! ベールをあげる?」」

 突然、叫んでしまった私を、アラン様とキャティが驚いたように見つめる。

「なにか問題でもあるのか?」
「――ええっと……あの……その……だって、神殿で神様と司祭様の前で、女性のベールを男性があげるのって……私の世界でもある……と、とある儀式のひとつで……」
「見慣れた儀式なら緊張することもないだろう」
「いや、あの……アラン様、ちょっとしゃがんで! お耳を貸して」

 しどろもどろになっている私にアラン様がしゃがみこみ、顔をよせる。両手の甲でベールをそっと押しあげ、口に手をそえながらアラン様の耳にひっそり囁いた。キャティに聞こえると恥ずかしいからね――内緒話です。

「……皆の前で接吻し将来を誓う、婚姻のときの儀式なの」

 ビシリッとアラン様が、かたまった。

「見慣れた儀式だからこそ、頭から離れないわ。よけい意識しちゃう――アラン様? アラン様ったら? もぅ~」

 アラン様って、ときどき思考停止するんだから~きっと頭脳派タイプじゃないのね。ぷりぷり怒りながらキャティに甘えてみる。

「キャティ~、ベールはやめない?」
「やめません! 異世界にある儀式だと聞いては、やめられるわけありません! 聖女様の世界とファリアーナ神の世界の融合! なんて感動的な演出なんでしょう!」

 ノリノリのキャティをとめるすべはありませんでした……





 大聖堂のなかは、おごそかな空気につつまれていた。離宮にあるファリアーナ神よりも大きな女神の彫像が祀られ、壁面にぐるりと歴代の聖者、聖女の降臨のようすが描かれている。天井画は彩雲からファリアーナ神が、世界を見守っている天界のようすが描かれているようだった。
 大聖堂のファリアーナ神像は、手に丸い水晶を持っていた。神像の手前に大司教猊下が立ち、左右の壁際に国王陛下、王妃陛下、王太子殿下をはじめシャルナ王国の貴族が整列している。そのなかにラキア領主ガラナミア伯爵と奥様の姿も見えた。
 シシーリア聖皇国の皇子殿下とジリオ様もいらっしゃる。伴侶を決めていないから、『順応の義』のあと、少しうるさくなりそうな予感……

 白い軍服を着たアラン様のエスコートで、しずしずと大司教猊下のもとに進み、アラン様と向きあう。膝を折り曲げるまえに、ふわぁ~っと、ベールをあげられた。
 ――ベールアップ……直立不動のままで、やられるとは思わなかった。
 ふせていた顔をあげ、アラン様を見つめると、アラン様は眩しいものを見るように眉をよせ、目を細めていた。私に一礼して後ろに控える動きも、なにか油の切れた甲冑を着ているような……ギギギッとした、ぎこちない動きだった。
 ――アラン様も緊張することあるんだ。なんか、反対にリラックスできたかも。

「唯一神ファリアーナ様の御名により、ここに来訪者様の『順応の義』をとりおこなう」

 大司教猊下の高らかな宣言。猊下の指示でふたりの司祭様が、ファリアーナ神像の手にある水晶を、金の台座に移動させる。

「シャルナ王国にファリアーナ神の愛し子をあたえたまえ。聖女来臨! さあ聖女様、水晶に両手を置いてファリアーナ神の御名をお呼びください」

 あっ、やっぱり少し緊張しているかも……ドキドキしながら、水晶の近くまで歩き――そっと両手を置いた。

「唯一神ファリアーナ様、わたくし佐藤理緒リオをお導きください」

 目を閉じ、宣言する。

 ――――――――――――――。ええーと、いつまでこうしていればいいのかな?

 まわりのようすを、そっとうかがう。大司教猊下が青い顔をして、私を見下ろしていた。不安になって、後ろを振り向く。
 大聖堂のなかは、呆然とした人びとの顔であふれていた――え? なに?
 アラン様が、ガッっと私の肩を抱き、厚い胸に私の頭を押しつけた。

「聖女様のお体はまだ癒えていない! 日を改めるよう進言する!」

 ジリオ様の声が静かな大聖堂に響きわたる。――どうやら私は『順応の義』を失敗してしまったらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...